「ここに居る者も居ない者も、そして……大気に還った者も聞いて欲しい。皆が知っての通り、俺達は謀反を起こした。ここに居るのはその代表者だ。この中には俺達の事を良く思わない者も居るだろう。当然だ。石を投げたい程俺達を憎む者も居るだろう。それも当然だ。何せ俺達は今までの都の在り方に不満を訴え、そして実際に行動に移したのだから。そのせいで多くの者が巻き込まれた。これは全て俺達の責任だ。志半ばで亡くなった者たちもそうだ。新しい時代をきっと見たかったに違いないんだ。彼らが亡くなり俺達は生きている。だからこそ俺達はそれ相応の罰を受け、そして償わなければならない。全ての残された人たちの為に。俺はここに誓うよ。起こした事の責任は取る。これからの人生を都の為に、そして都に住む人たちの為に力を尽くすことを。前王は退陣し、王を引き継ぐ予定だった水龍の一人も死んだ。残るは千尋だけだが、彼には少し……その、なんて言ったらいいか、えっと、友人として言わせてもらうと、彼は王には向いていない。本当に残念な事だけれど……あの裁判に来ていた者達ならばきっと納得してくれるだろう。彼は、本当に王には向いていない。つまり、王を引き継ぐ水龍はもう居ないんだ。水龍が支配する時代は終わった。これからはどの属性の龍でも王に選ばれる時代がやってくる。流石に若すぎるのは困るが、年齢も属性も生い立ちも関係のない、王の資質がある者はどんな者でも王に立候補出来る時代が。王が退陣したらその後5年間の間に次の王を決めなければならない。その間に全都の半数以上の賛成を集めた者が王になる。そしてそれは今後、王の任期が終わる事に開かれる。世襲ではなく、属性でもない。皆の信頼を勝ち得た者が王になれるんだ。これからしばらくは復興の為に皆で力を尽くさなければならないが、頭の片隅にその事を置いておいてほしい。半年後、投票用紙を配る予定だ。その時までに良く考えておいてほしい。大気に戻った者たちが生まれ変わり、またいずれこの都に戻ってきたその時、この世界が美しく幸せと笑顔に溢れた場所になっている事を願うよ。以上! 解散!」
流星が話し終えて一拍して歓声とも怒声とも言えない声があちこちから上がった。色んな意見があるのは当然だ。
流星は疲れ果てたように振り向いて、少し離れた所から見ていた千尋達の元へ急いでやってくるなり、おもむろに千尋の肩を軽く殴りつけてくる。
「どうしてこんな離れてるんだよ! あと、この原稿書いたの誰!?」
「僕だけどいけなかったかな?」
「千尋くんの所はどう考えてもいらなかったでしょ!」
「あそこが一番重要でしょう、どう考えても」
「流星、本来の原稿には何と書いてあったのです?」
何故かあそこだけ言い淀んだ流星だったが、一体何て書いてあったのか気になって流星に詰め寄ると、流星は苦笑いを浮かべて後ずさる。
「え? いや、それは……ねぇ? ほら! 俺達も行こう! 早く復興に取り掛からないと!」
それだけ言って流星は下で待たせていた自分の軍を率いてさっさと城に戻っていった。
「羽鳥?」
「何もおかしな事は書いてないよ。ただ、千尋は今や水龍というよりも、妻を溺愛するただの龍だ。その愛は妻だけに向けられているようだから、王には向いてないって書いただけ」
「なるほど。本当の事ではないですか」
「本当の事しか書かないよ、僕は。でもまぁそのまま読んだんじゃ君に皆の嫌悪が向くと思ったんじゃないかな、彼は」
「これはこれは。お気遣いしてくれたのですね。後でお礼を言っておきましょう。それで息吹はこのまま城へ戻るのですよね?」
「おう! さっさと瓦礫やら何やらどかさないとな! 前もって色々準備しておいて良かったよ!」
「そうですね。では私も後で合流します」
「ん? 千尋は何するんだ?」
「全世界に宛てた手紙を書かなければ。謙信が襲ったのは何も日本だけでは無かったので、予め戦いが始まる前に手紙を出しておいたのですよ。その御礼です」
「なるほど。それは一番にしておいてもらわないとね。僕も手伝おうか」
「ええ、お願いします。それではこれで」
千尋はそれだけ言ってもう誰も居なくなった広場を通り過ぎ、屋敷に向かった。帰る途中に都を見下ろすと、あちこちの家が崩壊している。
「結構な被害が出ましたね」
「そうだね。うちの実家も酷いもんだったよ」
「皆さんご無事でしたか?」
「もちろん。どこも建物の被害は大きいけど、予めしておいた訓練のおかげで死者はさほど出ていないよ。ただ、次の高官にと思っていた人たちが数名犠牲になってしまった。皆、まだ若かったのに」
「そうですか……」
鈴に会いに行かずに真っ直ぐ都に戻っていれば彼らは生きていたのだろうか?
ついそんな事を考えそうになるが、もしも鈴に会わずに戻っていたら回復出来ないままであの規模の円環はもう出すことは出来なかったのだろう。
結果、下手をしたらもっと被害は広がっていたかもしれない。
「そんな顔しないでよ、千尋。彼らは勇敢だった。止めるのも聞かずに千眼に、水龍に立ち向かおうとしたんだ。だからさっき君が言ったみたいに慰霊碑を立てて未来永劫そこに名前を刻もう。いつか彼らはまた戻って来る。必ず。その時に今度こそ彼らが、僕たちが目指した都になっているよう尽力しよう」
「そうですね。それしか彼らに報いる事は出来ませんものね。さて、では急ぎましょう。ここからは時間との勝負です」
「……はいはい」
さっさと切り替えた千尋を見て羽鳥は呆れたように返事をするが、実際それしかないのだ。一度壊れた物を完璧に元に戻す事など出来ないけれど、より良い物を作る事なら出来るはずだ。
「これを機に江戸で止まってしまっている時代も一気に動かしてしまいましょうか」
「は? 今から? 嘘でしょ?」
「嘘ではありませんよ。資材は腐る程あるのですから、皆で力を合わせればすぐですよ。それに私はこんな事もあろうかと地上から設計図を沢山持ち帰ってきたのです」
「……ちゃっかりしてるなぁ、君は」
呆れる羽鳥を横目に、千尋は都を見下ろしてまだ見ぬ未来に思いを馳せた。
鈴との連絡を取ることは出来ないが、自分たちが見据えている未来は同じだ。その思いが千尋を突き動かす。
屋敷に戻ると千尋の屋敷も半壊していた。壊れた壁の向こうにはあの温室が見える。
「少し温室を見てきます」
「うん。僕はお茶の準備でもしてるよ。そろそろ栄も戻って来るでしょ」
すっかりここにも慣れた様子で羽鳥が炊事場に消えていくのを確認した千尋は、そのまま壁の穴から外に出て温室に向かった。温室も屋根がすっかり抜け落ちてボロボロだ。
けれど落ちた屋根は温室の柱に引っかかり、中の植物たちは倒れてはいるが皆無事だった。
そんな温室に、途切れ途切れに鈴の歌声が流れている事に気づいて千尋が目を見張ると、鈴蘭の側に置いてあった蓄音機が地面に転がり勝手に作動している。
「もしかして、あの時これが聞こえたのでしょうか……」
いつからこの状態だったのかは分からないが、確かに千尋は謙信との戦いの中で鈴の歌声を聞いた気がした。もしかしたらあれはこの蓄音機の音が風に乗って千尋を助けにきてくれたのかもしれない。もしくは、地上から鈴が泥だらけのまま声を張り上げて千尋の為に歌ってくれていたのかもしれない。
千尋は蓄音機を拾い上げて切れかけていたゼンマイを巻いた。すると、途切れ途切れだった鈴の歌声が今度ははっきりと聞こえてくる。
千尋は側に倒れていた椅子を起こして腰掛けると、その声に耳を澄ませて目を閉じた。
「いつまでも戻って来ないと思ったら! はい、どうぞ。お菓子も無事だったよ」
「わざわざ運んできてくれたのですか。ありがとうございます」
「構わないよ。少しぐらい休んだって罰は当たらないでしょ」
千尋がテーブルを起こすと、羽鳥はそこに持ってきていたお菓子とお茶を置いて自身も椅子に腰掛けた。
「純粋な思いを込めた歌は心に響くね」
「分かりますか?」
「分かるよ。僕だって腐っても龍だからね。この歌を歌った時、鈴さんはきっと君と息子くんの為だけに歌ったんだろうなって伝わってくる。そこにあるのが愛情だって事も。良い歌だよ、本当に」
「そうでしょう? 私の力が一瞬で回復するのも頷けるでしょう?」
「はは! そう言えば千尋、いつの間に全世界に通達なんて出してたの?」
「千隼が生まれた時ですよ。あの時に栄に預けた手紙がそうです。謙信や千眼がいつまで経っても見つからないのはきっと何かあると思ったので」
「なるほど。それで、都の外はどんな状況だったの?」
その言葉に千尋は一瞬宙を見上げて思い返し、起こった事の全てを羽鳥に伝えたのだが、最後まで聞いていた羽鳥の顔が完全に青ざめている。
「……え、外でも円環だして鈴さんに会いに降りて口づけして回復して? あの都の円環?」
「ええ。あ、でも鈴さんに会いに降りた事だけは黙っておいてもらえると助かります」
「そりゃ構わないけど、その前に君、全世界に円環を配置したの!?」
「当然でしょう。私達が招いた争いに地上のどこであっても巻き込むわけにはいきませんから」
「一人で!?」
「誰も来てくれなかったのですから、やるしかないでしょう? 全く、私はしがない法議長だと言うのに。文系の龍に一体何をやらせるのですか」
「……それ、言っておくけど誰も信じないからね。でもまさか君の窮地を助けたのが千隼くんだとはね。それに楽くん達も来てくれたのか。頼もしいね」