どんどん増える女物の洋服や反物、髪飾りや果ては腕時計など、もう何がしたいのかと思うほど買い込む千尋に、それまで黙って荷物持ちをしていた喜兵衛がとうとう声をかけてきた。
そんな喜兵衛に千尋は振り返って言う。
「華やかでいいですね、街は。そこら中に鈴さんに似合いそうな物が溢れています」
「いえ、それ答えになってないんですが……」
「喜兵衛、聞くだけ無駄だ。千尋さまは買い物の楽しみを覚えてしまったみたいだ」
「買い物の楽しみって……そんな事に目覚めてどうするんだよ」
呆れたような喜兵衛の声が聞こえるが、千尋はそれを無視して通りを見渡す。
相変わらず千尋の目の色や髪の色で白い目を向けられる事もあったが、不思議と今日は平気だ。きっとそんな事を気にしている暇がないからだろう。
「そうだ! 鈴さんと言えば本です。洋書を忘れてはいけませんね」
「まだ買うんですか!? 自分達の腕は二本ずつしか無いんですよ!?」
「おや、あなた達の腕を合わせれば四本もありますね。まだいけそうです」
「……」
冗談交じりに言った千尋にとうとう喜兵衛も弥七も黙り込んでしまった。そんな二人に思わず千尋は笑う。
「冗談ですよ。次が最後です。あなた達は買い物はしなくて良いのですか?」
「自分はさっきの店で買いました」
「俺もです」
「そうですか。では本屋が終わったらミルクホールへ行って休憩をしてから帰りましょう。それでもお願いしているハイヤーの時間には十分に間に合うでしょう」
千尋の言葉に二人はようやく終わると思ったのか、やっと嬉しそうな顔をする。
自分でも不思議なのだ。今まで買い物をこんな風に楽しんだ事など無い。
最初は鈴に似合いそうな物をいくつか見つけられればいいなどと思っていたのに、街に来ると、どれもこれも似合いそうな気がして気づけばこんな事になってしまった。
初にすら贈り物など選んだ事などない。鈴と居るとどんどん自分が自分ではなくなっていくような感覚に、怖いような楽しみなような複雑な思いだ。
本屋での買い物を済ませて手近な所にあったミルクホールに入って注文を済ませると、喜兵衛が大きなため息を落とした。
「はぁ……重かった……」
「お前は力が無いからな。普段包丁よりも重いものを持ってないからだ」