「そうですよね。ましてや佐伯家からは婚約破棄なんて絶対に出来ません。だから千尋さま次第かと……」
もしも他人に興味のない千尋が面倒な家だと言って婚約破棄を言い渡されたら、鈴にも佐伯家にも何も言えない。
そんな事を考えて鈴が俯きそうになったその時だ。
「婚約破棄なんてしませんよ、そんな事」
「千尋さま!」
「千尋!」
「結婚について少しだけ進展があったのでお知らせに来ました。佐伯家はどうもここに蘭さんを嫁がせたいようです」
「蘭ちゃん……を?」
「ええ。ですが私はこれを佐伯家の当主からの手紙だとは思っていません」
「どういう事ですか?」
鈴が思わず身を乗り出して言うと、千尋は袂から二通の手紙を取り出した。
「こちらは私が佐伯家の娘と婚約をしたいと言った時の当主からの返事の筆跡です」
千尋が見せてくれた手紙を覗き込んだ鈴はそれを見て頷いた。確かに勇の字だ。
「こちらが今回届いた手紙です。筆跡が全く違いますよね?」
「これは……叔母の字です」
「だと思います。これはどう見ても女性の字です。では当主は手紙すら書けない状態になっているのかと言えば、そんな事はありません」
「調べたのかい?」
「もちろん。虚偽の手紙はご法度ですよ」
そう言って千尋はいつもの笑みを消して真顔で言う。それは自分の暗号を使われたのだと告げた時の千尋と同じ顔だった。
「それで、何が分かったんだい?」
「当主はもちろんお元気です。そしてもしかしたら私からの結婚の申し込みの手紙を読んでいない可能性があります」
「え……?」
だとしたら久子が勝手に勇の手紙を開封して返事を書いた事になる。そんな事は普通ありえない。
あまりの事に目を見開いた鈴の手を、雅がギュっと握ってくれる。
「もう一回直接当主に手紙渡すかい!? あたしが持って行こうか!」
「それも良いのですが、今回の事で佐伯家がとても面倒な家だと言うことが分かりました。なのでもう少し様子を見てそれでも同じことを繰り返すのなら、もう一つの手段を使います」
「もう一つの……?」
「手段……?」
思わず鈴は雅と顔を見合わせて首を傾げた。そんな二人を見て千尋が目を細める。
「あなた達の方がよほど親子らしいですね。鈴さん、あなたの戸籍はまだこちらに移していませんよね?」
「え!?」