爽やかなみかんの香りとツルンとした喉越しがとても気持ちが良い。そのまま千尋はパクパクと食べ進めて、気づけばあっという間に完食してしまっていた。
いつになく物凄い速さで食べきった千尋を見て雅は歯を見せて笑う。
「へぇ。今から楽しみだ。喜兵衛はお菓子を作る事がないから、あんたが来てから何だか凄く新鮮だよ」
「そうですか? では菫ちゃんに感謝しないといけませんね」
「どうして菫なんだい?」
「菫ちゃんがいつも私に料理やお菓子の作り方を教えてくれたんです」
「へぇ……良い所あるじゃないか」
「多分、食べたかったんだと思います。失敗したら叱られましたけど、美味しくても嫌味を言うんです」
そう言って鈴は何かを思い出したのか、くすくすと笑う。
「叱られて嫌味を言われていたのに笑うのですか?」
「はい。菫ちゃんは素直じゃなくて、美味しくても美味しいって絶対に言わないんです。でも気に入ったものは「残ったら困るでしょ?」なんて言いながらおかわりをしたりするんですよ」
「素直じゃない子だねぇ」
「はい、本当に」
鈴は笑いながら頷くと、みかんのゼリーの他にも色んな味のゼリーを作る事が出来ると教えてくれる。
千尋は嬉しそうに笑う鈴を見ていると不思議と自分まで嬉しくなってくるという事にこの日、ようやく気がついたのだった。
そしてこの日から神森家ではゼラチンは常に常備するという習慣が出来た。
♥
佐伯家に正式に鈴との結婚の申し込みを済ませたと鈴が聞いたのは、あの蔵に閉じ込められた翌日の事だった。
それから音沙汰が無かった佐伯家からようやく昨日返答があったそうなのだが、その内容に今日も朝から雅が大荒れしている。
「今更になってもう少し待って欲しいだなんて、一体何考えてるんだ!」
雅は洗濯物を畳みながら悪態をつくが、何となく鈴はそんな気がしていた。あの街で蘭と菫に会った日から、何故かやたらと蘭から手紙が届いていたのだ。
「あんたはどう思ってんだい!?」
「私ですか? 私は佐伯家の意向に沿うつもりです」
「あんたはそれでいいのかい?」
出来るだけ気丈に振る舞っては見たものの、雅の魅力的なアーモンド型の綺麗な瞳の前では鈴は無力だ。
「良くは無いですが……私には何の権利も無いので……」