自分自身に呆れながらも千尋は席を立って何となく炊事場に向かう。今までこんなにも頻繁に炊事場に訪れた事など無かった事を思うと、今の自分の行動は異常だ。
炊事場を覗いても誰も居ない。当たり前だ。喜兵衛は休みだし鈴は庭にいるのだから。
何をするでもなく何となく何も入っていない鍋の蓋を取って中を覗き込んだりフライパンを持ったりしていると、丁度そこに鈴と雅がやってきた。
「千尋? あんた、何してんだい?」
「千尋さま? もしかしてお腹が空きましたか?」
「え? いえ、別にそういう訳では――」
そこまで言いかけてふと思う。空腹でもないのにこんな所で何をしていたのだと言われても返答に困ると思いながら苦笑いを浮かべると、鈴がそれを勝手に勘違いしておもむろに冷蔵庫を漁りだした。
「あの、これ良かったら。夕食の後に出そうと思っていたのですが、またすぐに作れますので」
そう言って鈴が千尋に差し出してきたのはオレンジ色の透き通った何かだ。
「これは?」
「みかんのゼリーです」
「ぜりー?」
「はい。そういう名前のお菓子なんです。ずっとお願いしていたゼラチンが手に入ったので、満を持して作ってみました! 丁度みかんが沢山余っていたしカビさせてしまうのも勿体無いなと思って。本当は夏のお菓子なんですが」
そう言って鈴は小さく微笑んだ。そんな鈴を見て千尋は小さくお礼を言って台所の隅っこに置いてある椅子に腰掛けると、ゼリーと一緒に差し出されたスプーンでゼリーを掬ってみる。
「不思議な感触ですね」
「食べるともっと不思議な食感ですよ」
「鈴、あたしには無いのかい?」
「もちろんありますよ。今食べますか?」
鈴の質問に雅は迷いつつも首を横に振った。
「いや、我慢する。どうせなら夕食の後に味わって食べたいからね!」
「雅はたまに子供のようになりますね」
思わず千尋がそんな事を言うと、途端に雅は眉を吊り上げた。
「今のあんたにだけは言われたくないね。ほらほら、邪魔だからさっさと食べて出て行きな」
「酷い言われようです。いただきます」
「はい、どうぞお召し上がりください」
笑顔の鈴を見て千尋はゼリーを一口含んで驚いた。
「!」
「美味しいですか?」
「はい。これは面白い。飲み物がそのまま固まったような不思議な感じですね。もちろん味もとても良いです」