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蔵に鈴と二人で閉じ込められた事件から半月が経った頃、千尋は一人積まれた書類を前に大きなため息を落とした。
これは一体なんなのだろう? どうして一人で食事をするのが寂しいと感じるようになってしまったのだろう? どうして鈴にはやたらと昔話をしたくなるのだろう? どうしてあの時、頼ってくれない鈴にイライラしたのだろう……。
最初は鈴に何かが足りないと感じていたのに、いつの間にかそんな考えは払拭されてしまっていた。いつもであれば足りないと感じる事が消える事は無いのに。
目の前の書類すら手につかない程こんな事ばかり考えている千尋を、雅や狐達が知ったらどう思うのだろうか。
「千尋ー、入るよー」
目の前の手つかずの書類を前に途方に暮れていると、そこへ雅がやってきた。
「どうぞ。また仕事ですか?」
千尋は雅が持っているいくつかの封筒と小包を見て思わず顔を顰めると、そんな千尋を見て雅は何故か嬉しそうな顔をする。
「あんたがそういう顔してんのは何だか嬉しいね」
「そういう顔?」
「ああ。面倒そうな顔。鬱陶しそうな顔。ちょっとイラっとした顔だよ」
「それは意地悪で言っているのですか?」
「いいや。随分と表情豊かになったなって思っただけ」
「そうですか?」
「そうだよ」
雅の言う事は正しい。何せ自分でもそう思うのだから。
むしろ自分にもこんなに沢山の感情があったのかと驚いている。
「それで、それは仕事ですか?」
「いや、佐伯家からだよ」
「またですか?」
というのも、最近蘭から鈴への手紙の回数が異常に多いのだ。一体何が書かれているのかは知らないが、あの街中で蘭達とばったり会った日からその手紙はずっと続いている。
千尋は雅が持っている手紙に視線を移して訝しげな顔をした。そんな千尋に雅が苦笑いしながら言う。
「いや、今回は手紙はあんた宛で、鈴には小包だよ」
「鈴さんに小包? 差出人は誰ですか?」
「蘭だよ。それじゃ、あたしはこれで」
そう言って雅は小包を持って部屋を出ていこうとするので、千尋はそれを止めた。
「蘭さんですか。雅、その小包を見せてください」
「検閲かい? 今の時代はもう別にそんな事しなくても大丈夫なんじゃないか?」
「そうはいきません。あなた達に何かあったら私も鈴さんも困るんですよ」