小さい頃、母が父と鈴に毎日食事を用意してくれていたのは、きっとこんな顔を毎日見たかったからに違いない。
何となくそれを千尋に伝えたくて鈴はそっと箸を置いた。
「千尋さま」
「はい?」
「私、今とても毎日が楽しくて幸せです。嬉しい事が毎日あって、同じ日って無いんだって実感してます。それもこれも、佐伯家に千尋さまが婚約のお話を持ってきてくれたからだと思います。ここに私を嫁がせてくれて本当にありがとうございます。これからも末永く、どうぞよろしくお願いします」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
鈴の突然の宣言に千尋の箸からポロリと卵焼きが皿に落ちた。いつもは冷静でにこやかな顔が、珍しく驚いたように固まっている。
「すみません、突然おかしな事を言って。でも、どうしても伝えておきたかったんです。私はこんなにも幸せです、と」
鈴に子供は産めない、寿命が縮んでしまうかもしれない、と伝えてくれた千尋の顔は本当に申し訳無さそうで、それはきっと今までの人たちにもずっと感じていた事なのだろうと思うと何だかやりきれなかった。
他の人達がここでの生活をどんな風に思っていたのかは分からないが、少なくとも鈴は神森家に嫁げて良かったと心の底から思っている。
突然の鈴の感謝に千尋はさらに戸惑ったような顔をした。
「それはそれは……大変良かったです。私も鈴さんがもっと幸せを感じられるよう、尽力しますね」
「もう十分ですよ、千尋さま」
「いいえ……いいえ。もっと頑張らないと雅に叱られてしまいますから」
「雅さんにですか?」
「ええ。今回の結婚には監視役が三人も居るので、あなたを不幸にしたら私はここを追い出されてしまうかもしれません」
「神様を追い出すだなんて!」
珍しい千尋の冗談に鈴が笑うと、千尋も何故かホッとしたような顔をして笑う。
「すみません。お味噌汁がすっかり冷めてしまいました」
「いえ、話し始めたのは私ですから。食べましょう。あ、こっちは昆布なんですね」
「はい、実はそれもこの間――」
こんな風に取り留めのない話をしながら誰かと食事をする楽しさを鈴はすっかり忘れていたようだ。
食事で重要なのは味だけじゃない。いつか母が言っていた言葉を不意に思い出した。