「いえいえ。そんな難しい話ではなくて、単純にそういう習慣が今まで無かっただけなんですけどね」
そう言って笑う千尋を見て鈴も思わず笑ってしまう。
「龍の都では初さんとお食事をしたりはしなかったのですか?」
「初とですか? 数える程度しかしませんでしたねぇ。それも仕事関連で数人の人たちと仕方なくという感じでしたし。私が忙しかったというのもありますが、龍は個人を大事にすると言いますか、時間に沿って行動をしないのですよ」
「時間に沿って行動をしない?」
「ええ。私達は基本的に起きたい時に起きて好きな時に食べ、寝たい時間に寝る。それが龍の生活でした。それに誰かを付き合わせる事もしないし、誰かに付き合う事もありません。ですが何でしょうね。最近はあなたと食べないと食事をした気になりません。不思議ですね」
おにぎりに海苔を巻くのを再開した千尋は、巻き終わったおにぎりを食べて目を細める。
「ああ、美味しいです。中身は高菜漬ですか」
「はい。少し前に仕込んだんです。辛くないですか?」
「いいえ、丁度良いです。ご飯にとても良く合いますよ」
「良かったです。私も千尋さまの気持ちが少しだけ分かる気がします」
「おや、そうですか?」
「はい。私も長い間誰かと食事をする事が無かったので、今はとても何ていうか、えっと……ご飯を食べてる! って気がします。合ってますか?」
こういう時に最適な言葉が思いつかなかった鈴が思った事をそのまま千尋に伝えると、千尋は口元に手を当ててクスクスと笑う。
「大丈夫です、伝わっています。こんな事を言ったらあなたは怒るかもしれませんが、私はあなたの選び取る日本語がとても好きですよ」
「そ、そうですか?」
何となく褒められている気がしないが、貶されたりバカにされている感じでもない。
多分、鈴が訝しげな顔をしていたのだろう。千尋は小さく吹き出して言う。
「そんな顔をしないでください。そういう所があなたの愛らしい所なんですから」
「愛らしい……初めて言われました」
「そうですか?」
「はい。私も千尋さまがチョイスする言葉はとても好きです」
「ふふ、ありがとうございます」
千尋はそう言って今度は卵焼きに手を伸ばしている。
自分が作った物を誰かが食べてくれている所が見られるというのは、こんなにも嬉しい事なのだと神森家に来て初めて知った。