「あなたは食べないのですか?」
「え?」
「いえ、私の分しか無いので。一緒に食べないのですか?」
「え、えっと……すぐに持ってきます!」
何となく千尋から無言の圧力のようなものを感じた鈴が返事をすると、納得したかのように千尋が微笑む。
「ええ。それではお待ちしています」
鈴は踵を返してまた炊事場に戻ると、自分の分の食事をお盆に乗せる。そこへ雅がやってきた。
「雅さん! 申し訳ないでのすが、弥七さんにこれを持って行ってあげてもらえますか?」
「そりゃ構わないけど、そんなに急いでどうしたんだい?」
「千尋さまに朝食をお持ちしたら、一緒に食べないのか? と言われて急いで取りに来たんです」
まさかあんな事を言われるなんて思わなかった鈴が慌てて味噌汁をお椀に入れていると、雅は腕を組んで呆れたように言った。
「良い年して何を甘えてんだ、千尋は。ゆっくりでいいよ、鈴。散々待たしてやりな」
「そ、そういう訳にはいきません。あ、それから雅さん」
「ん?」
「お米、炊いておいてくれて助かりました。ありがとうございます」
深々と頭を下げた鈴を見て雅は「大げさだね」と笑うが、鈴にとっては何も大げさなんかではない。料理の手を止めてまで探してくれたのだ。その事も含めてのありがとうだと理解したのか、雅はフイとそっぽを向いて言う。
「ほら、早く行かないと味噌汁が冷めるよ」
「はい!」
鈴は満面の笑みでお盆を持って炊事場を後にした。
「すみません、お待たせしました」
「さほど待っていませんよ。さあ、食べましょう」
「はい」
鈴は千尋の正面に座って簡単に挨拶をすると、おにぎりを齧る。
目の前では千尋が味噌汁に舌鼓をうっておにぎりに海苔を巻いていた。千尋は海苔はパリパリ派なのだ。神森家ではその為にわざわざいつも焼き海苔を苦労して入手している。
「以前はよくこうやってここでおにぎりを食べていたんですよ」
ふと、おにぎりに海苔を巻く手を止めて千尋が話しだした。
「そうなのですか?」
「ええ。私はいつも部屋で食事をしていましたから。行儀が悪いと叱られてしまうかもしれませんが、仕事をしながら食べるにはおにぎりは最適だったんです。まともな食事は大体夕食だけで、それすらもここで食べていたんですよ」
「誰かと食事をするのは苦手なのですか?」