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第37話

 引き出しの中から蔵の鍵を引っ張り出した千尋は、ふとある事を思い出してその鍵を引っ込めた。


「なんだよ?」

「雅、掃除が終わったら扉は開けておいてもらえますか?」

「構わないけど、何かあるのかい?」

「ええ、少し」


 不思議そうな顔をする雅に千尋はただ笑みを浮かべて頷いて鍵を渡した。


 それから鈴の作った渾身の夕食を食べて部屋に戻ると、千尋は燭台を持って蔵へと向かった。


 蔵の扉は言いつけどおり開け放たれたままだ。千尋はそれを確認して蔵の中に入ると、あちこちの燭台に火を灯す。


 すぐに消えてしまうといけないので少しだけ扉を閉めに戻ると、何故かそこに鈴が現れた。


「おや? 鈴さん?」

「千尋さま!? どうしてこんなお時間に蔵に?」

「それはこちらのセリフです。あなたこそどうして……まだ髪も濡れているではありませんか。早く入ってください。風邪を引いてしまいますよ」


 そう言って千尋は驚いて目を丸くする鈴の体を引き寄せた。


 突然の事に鈴は一瞬体を強張らせたものの、すぐに千尋の言う通り蔵へ入ってくる。


「それで、どうしてここへ?」

「お昼に雅さんと蔵の掃除をしていたのですが、ここに忘れ物をしてきた事を思い出して取りに来たんです」


 そう言って鈴は蔵の奥にあった椅子の上に置いてある袋を大切そうに胸に抱き締める。


「それは?」

「お薬です。雅さんから聞いているとは思いますが、そろそろ雨が降ると思いますよ」

「ああ、雨の前は痛むのでしたか?」

「……はい」


 そう言ってしょんぼりと項垂れた鈴を見て千尋はそっとその小さな頭を撫でる。


「雨の前に痛むのは気圧の変化のせいなのでしょうね。降り出してしばらくすると落ち着くのですか?」

「はい。ただ、台風の時期などは通過するまで痛みます」

「それは災難ですね……そんなに酷い怪我だったのですか?」

「そのようです。その時の事をもう私はあまり覚えてはいないのですが、意識がほとんどない中で叔父の「今夜が峠か」とか叔母の「傷が残ったら――」とか聞こえた気がするので、危なかったのかもしれません」


 それを聞いて千尋は眉をしかめた。普通、まずは命を心配するのではないのか。勇の方はまだ良いとして、久子は鈴を本当に道具か何かのように思っていたのか? 

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