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第35話

「どうして千尋さまがそんな顔をするのですか」

「私は国を守る代わりに、その代の花嫁を犠牲にしてきたのです。もちろん歴代の方たちは神通力の送り方や自身の子供については納得されていましたが、寿命が縮むのは私にも予測が出来なかったのです。ですが、今までの方が皆短命だった事を考えると、多分鈴さんも……」


 そう言って視線を伏せた千尋を見て、鈴はようやく合点が言ったように頷く。


 どのみち佐伯家に居れば長生き出来たとしても退屈で、誰の役にも立てない人生を送っていたのだ。


 けれど、このまま神森家に嫁げば少なくとも神様のお手伝いが出来る。それは鈴にとって、唯一誇れるものになるのではないだろうか。


 鈴はそこまで考えて顔を上げた。未だに申し訳無さそうな千尋を見て微笑む。


「では私は太く短く生きるようにしようと思います。千尋さま、最後のその時まで、ふつつかではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」

「……本当に?」

「はい」

「……分かりました。鈴さんが逝ってしまった後は、必ず私の元へ来られるよう尽力します」

「お願いします」


 以前言った約束を覚えていてくれたのかと鈴が笑うと、千尋も困ったような泣きそうな顔をして微笑んでくれた。


 部屋に戻ると、寝台の上で雅があぐらをかいて腕を組んでこちらをじっと見ていた。


「ただいま戻りました」

「で、どうなんだい?」

「ここに嫁ぎます」

「佐伯家の為か、それとも千尋の為か」

「いいえ。自分の為です。私が、ここを離れたくないのです」


 はっきりと言いきった私を見て雅が口を開いて何か言いかけようとしてすぐに閉じた。そんな雅の隣に腰掛けると、雅はポツリと言う。


「あんたはバカだ」

「はい」

「こんなバカは見たことないよ」

「すみません」

「どうしてよりによってあんなみたいな子が来ちまったんだ!」


 どこまでも鈴の事を心配してくれる雅は何だかお母さんみたいだ。鈴はギュっと雅に抱きついて言った。


「雅さん、大好きです。これからもよろしくお願いします」

「当たり前だろ。千尋の良いようになんかさせるもんか。絶対にあんたは長生きさせてやるから」

「ありがとうございます」


 鈴は雅の胸におでこを押し付けて甘えるように言うと、そんな鈴をやれやれと言った様子で雅は撫でてくれる。


「あんたは甘えただねぇ」

「かもしれません。小さい頃はそれこそ夜中にお手洗いも一人で行けませんでした」

「……それは勘弁してくれ」


 鈴の言葉に途端に苦い顔をした雅を見て鈴が笑うと、ようやく雅も笑ってくれた。



 翌日、いつものように炊事場へ行くと、珍しく喜兵衛が居なかった。辺りを見渡してもまだ何の準備もされていない。


「喜兵衛さん、どうしたんだろう……」


 こんな事、鈴がここへやってきて初めての事だ。何かあったのか、体調を崩したのかと心配していると、そこへ雅がひょっこりと顔を出した。


「鈴じゃないか。早起きだね」

「雅さん! 喜兵衛さんがいらっしゃらないんですが、体調不良でしょうか?」

「ああ、違う違う。昨夜遅くに休日を前倒しさせてくれって千尋に申し出があったんだよ」

「え!? ま、まさかご家族に何かあった……とか?」


 青ざめて言う鈴に雅は苦笑いして首を振る。


「違うよ。ちょっと今はここに居たくないみたいだ。まぁあれだ、戻ってきたらいつも通りに接してやってくれよ」

「もちろんです。そう言えば弥七さんは里帰りはされないのですか?」

「弥七は勘当同然でここへやって来たから、あんたと一緒で帰る所が無いんだ」

「そう……だったんですね」


 何か聞いてはいけない事を聞いてしまった気分になった鈴は、無言で朝食の準備を始める。


「あんたが朝食を作ってくれんのかい?」

「はい。あ、雅さんが作りますか?」

「いや、作ってくれるんならありがたい。ここは任せてもいいかい? あたしはちょっと蔵の整理しなきゃいけないんだ」 

「ここにも蔵があるのですか?」

「あるよ。まぁ滅多に誰も入らないんだけどさ」

「そうなんですか? それじゃあ後でお手伝いに行きますね」

「ああ、助かるよ」


 それだけ言って雅は炊事場を後にした。鈴はそんな雅の背中を見送って朝食の支度に取り掛かる。


 何だか一人で朝食の準備をするのは久しぶりで、少しだけ寂しかった。


「今朝は洋食なのですね」

「はい。喜兵衛さんが今日からお休みされるとの事なので、しばらくは私がお食事の用意をしようと思うのですが、構いませんか?」

「もちろんです。ありがとうございます、鈴さん」

「全く、あんたはデカい顔して部屋でゴロゴロしてりゃいいのに」


 雅がいつものように配膳してくれるついでにそんな事を言うが、鈴の性格的にそれは出来ない。

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