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第27話

「あんたにとっちゃ鈴との生活なんてせいぜい数十年だろうさ。でも、鈴にとっちゃこのまま一生をあんたに捧げる事になるんだよ」

「それがどうしたのです? 龍に嫁ぐとはそういう事ですよ」

「それがさ、嫌なんだよ。あんただって見ただろ? あの子は8つの年まで自由に歌って踊ってたんだ。それを両親が亡くなって突然蔵に閉じ込められる羽目になった。それが終わったと思ったら今度はここに閉じ込められる。あの子が自由だったのはたったの8年だ。そんな人生……あんまりじゃないか」


 雅は元々自由気ままな猫だった。だから余計に自由というものにこだわるのかもしれない。千尋はそんな雅に言った。


「ですが、鈴さんはたとえ私の花嫁にはなれなくてもここに残りたいと言ってくれました。それはここが居心地が良いという事でしょう?」

「そりゃ佐伯家に比べれば、の話だろう? 他を知らないんだから比べようが無いじゃないか。それにあの子はあの子だけを愛してくれる人の所に嫁いで、ちゃんと幸せになるべきだ」

「珍しいですね、あなたがそこまで花嫁候補に肩入れするのは」

「あたしにだって良心はあるさ。あんたには初がいる。それはずっと変わらない。あんたは多少鈴の事を気に入ってるのは分かるけど、それ以上鈴を見る事なんて無いんだろう、今まで通り。そんな奴に嫁ぐより、本当に愛してくれる人の所に嫁がせてやりたいだろ?」

「あなたの言いたい事は分かりますが、私は鈴さんを次の花嫁にする方向で動いていますよ」


 千尋の言葉に雅は目を見開いて千尋を凝視してくる。


「鈴さんが来てからこの屋敷の空気が変わりました。この屋敷はこの国の要です。ここの空気が穢れていては国は守れない。そういう意味では、彼女は理想の器となれるはずですから。申し訳ないですが、鈴さん一人の人生よりも私にとってはこの国を守ることの方が優先です」

「あんたの……そういう所が大嫌いなんだ! 何が国を守るだ! 女一人幸せに出来ない奴に国なんか守れるもんか! 誰に対してもそんな態度でいるから都を出る羽目になるんだよ!」


 淡々と言う千尋に雅はとうとう怒鳴った。あまりの勢いに尻尾と耳だけが中途半端に猫に戻っている。


「雅」


 千尋の声に雅はビクリと肩を震わせる。都を出る事になったのは確かに千尋の落ち度だ。それは百も承知しているが、それを雅にどうこう言われる筋合いはない。


「言い過ぎた……悪かったよ。じゃあせめて、鈴が死ぬその時まで大事にしてやってよ。一時たりともあんたの事を疑わないぐらいさ」

「ええ、元よりそのつもりですよ」


 千尋はそう言っていつものように笑みを浮かべたが、そんな千尋を見て雅はフンと鼻を鳴らしただけだった。


「龍神様は器用だね。感情を捨てて皆を平等に見守るのが本当にお上手だ。それか、元から地上にいる生物に愛情なんて無いのかもね」


 特大の嫌味を残して雅は去っていく。前方に鈴と弥七が見えたからだろう。


「……」


 雅が最近イライラしていた理由が何となく分かった千尋は小さく息を吐いた。 

 あれぐらいの嫌味で気が済むならいくらでも言えばいい。変に黙っていてストレスを溜められるよりはその方がはるかにマシだ。さして普段から何かに腹を立てる事のない千尋だ。あれぐらいの嫌味など、どうという事はないし雅の言うように特別な感情を特定の誰かに持っているということもない。


 龍の都にいる初だって、罪滅ぼしで番になったようなものだ。良い番を見つけたのなら、いつでもそちらとも番関係になればいい。いつまでも千尋の帰りを待つ事などしなくてもいいのだ。


 千尋はいつも何かを探している。こんな事を誰かに伝えたところで、きっと誰にも分からないだろう。


 完全にへそを曲げてしまっていた雅は、千尋が合流した時には既にいつも通りだった。千尋に言わせれば、雅こそ上手く感情を隠す。


 翌日、珍しく千尋が出かけるという事で、普段は一切使わない車を使うことになった。運転手は弥七だ。


「驚きました! 弥七さんは車も操る事が出来るのですか!」


 車に乗り込んで運転席を見た鈴が目を丸くして声を上げると、弥七は珍しく照れたように頭をかいた。


「神森家はこういう家なんで、外から人を雇えない。だから俺たちは時代に合わせて色々な免許や資格を取るようにしてるんだ」

「いつも苦労をかけますね、弥七」

「とんでもないです。うちの家系は代々神森家を守護する家系なんで」


 後部座席に座った千尋が言うと、助手席の雅が首だけで振り返ってまだ目を白黒させている鈴に丁寧に説明している。


「そういやあんたにはまだ言ってなかったけど、実は弥七と喜兵衛は従兄弟なんだよ」

「え!? そ、そうなんですか!?」

「ええ。二人はとてもよく似ているでしょう?」

「そ、そうですね……いえ、他の一族の方を見たことが無いのでよく分かりませんが……」


 失礼だと思ったのか、そんな風に言葉を濁した鈴を見て雅が笑う。


「正直に言っていいんだよ、鈴。狐の顔してる時は見分けなんかつくもんか、ってね」

「そ、そこまでは思っていません! えっと、人の姿をしていると見分けがつくのですが……すみません」

「いや、俺たちでも狐の時は見分け付かない事があるから気にすんな。それに俺と喜兵衛は特によく似てるんだ」

「そうなんですね。さっきも言っていましたが、代々神森家に仕えているのですか?」

「ああ。初代がただの狐だった頃に大病をして神森神社に迷い込んだのがきっかけだったんだ。そうですよね? 千尋様」

「ええ、懐かしいですね。あの頃はまだあそこに大きな社がありました。あそこらへん一帯は神森山と言って、私の住処だったんです。当時はまだ神と人の距離は近くて妖怪なんかも沢山いたんですよ」


 そう言って千尋はどんどん小さくなる屋敷を指さした。それを聞いて鈴は感心したように頷いている。


「千尋さまのお社を建てた方はどんな方だったのですか?」

「当時の天皇です。その頃はまだ私も龍の姿で人前に出る事もあったんですよ。あれは確か平安時代だったと思います」

「へ、平安時代……やっぱり千尋さまは神様なんですね……え、ちょっと待ってください。それじゃあ雅さんのお年は……」

「雅は確か――」


 唖然とした顔をしてそんな事を言う鈴に千尋が答えようとすると、すぐさま雅に遮られた。


「ちょっと待った! 鈴! レディーに年齢を聞くのは失礼だって言ったろ!?」

「そ、そうでした。もう聞きません。それじゃあ色んな時代を皆さんは見てきたんですね」

「ええ。徐々に人が増え、神森家が今の状態に落ち着いたのは明治に入ってからです。それまではずっと寂れた神社でしたから」

「寂れてしまっていたんですか?」

「そうなんですよ。代々仕切ってくれていた宮司の家系の最後の人が跡継ぎを残さなかったんです。まぁ、時代にも合わなかったのでしょう」

「違うよ。あんたが惑わせるような事ばかりしたからだよ」


 呆れたような声の雅に千尋は肩を竦めて見せた。そんな千尋を鈴がじっと見上げてくる。


「千尋さま、何かイタズラをしたのですか?」

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