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第7話

 雅の言葉に鈴は素直にコクリと頷き食事を再開しつつふと首を傾げた。


「千尋さまは怖い方なんですか?」

「そうだねぇ。まぁここの主だし、皆あの見た目と物腰に騙されるけど、流石に長生きしてるだけはあるって思う程度には性格悪いよ」

「そ、そんな事言ってしまって大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ。あたしの口が悪いのは今に始まった事じゃないしね」


 言いながら雅は耳の後ろを掻いているので、何気なく近寄って雅の足が届かない所を掻いてやると、雅は幸せそうに目を細めた。


「懐かしいね、この感じ。人間にこうやって撫でられるのはいくつになっても止められない」

「そうなんですか? 雅さんはおいくつなんです?」

「ちょっとあんた、女性の年齢を聞くのは失礼だって習わなかったかい?」

「ご、ごめんなさい」


 ピシャリと叱られて鈴がシュンと項垂れると、そんな鈴の膝に雅が飛び乗ってくる。


「あたしがまだ猫又じゃなくてただの猫だった頃はここがあたしの特等席だったのさ。人間と居る時はいつもね」

「そうですか。では、私がここに居る間は好きにお使いください」


 食事を終えて眠る準備を終えた鈴が寝台に移動して言うと、雅は満足気に頷いてもう一度鈴の膝に乗ってきた。


「遠慮なくそうさせてもらうよ」


 そう言って雅は鈴の膝の上で丸くなって本格的に眠りだした。こうなると鈴はもう動くことも出来ない。そのまま寝台に仰向けに転がり、しばらくするとまた眠ってしまっていた。


 翌日、鈴は今度こそ、と気合を入れて炊事場に向かった。


 喜兵衛は昨日の事があったからか、今日は雅と同じように人型だ。


「おはようございます、喜兵衛さん。昨日は大変失礼しました」


 炊事場に入るなり喜兵衛に頭を下げた鈴を見て喜兵衛はもう諦めたのか、今日は頭を挙げさせようとはしなかった。


「おはようございます。もう体調は大丈夫ですか?」

「体調ですか?」

「食事、昨夜はほとんど残されたと聞きましたが」

「あ、いえ! きちんと部屋で食べました!」

「部屋で? わざわざ持ち帰ったのですか? 確かに千尋さまが残したと言う割には廃棄が少ないなとは思っていたのですが……」


 鈴の言葉に喜兵衛は不思議そうに首を傾げた。


「はい。実を言うと私、沢山の量を一度にまだ食べられないのです」

「まだ?」

「お恥ずかしい話なのですが、佐伯の家に居た時の私の食事はここまで豪華ではなかったので、胃が縮んでしまっているのだと思います」


 佐伯家に居た時の鈴の食事と言えば、朝と夜のおにぎりと、漬物や卵焼き数切れ程度だった。それから考えると突然あの量の食事は胃が受け付けなかったのだ。


 だから昨夜、結局部屋で残りを雅と食べた。雅は呆れていたが縮んでしまったものは仕方ない。


「なるほど……では少し鈴さんの食事の量は調整しましょう。夜食とかあった方がいいですか?」

「いいえ、とんでもない! そんなお手間をかけさせる訳にはいきません!」


 慌てて首を振った鈴に喜兵衛は笑う。


「夜食なんて簡単なもんです。手間だなんて思いませんよ。それに、どうせ他の奴らのも作るんです。ついでですよ」

「ついで……では、その……お言葉に甘えても構いませんか?」

「もちろんです! それから今日の夕食は鈴さんが洋食を作られると聞いたのですが」

「あ、はい、そうなんです。千尋さまは何がお好きなのでしょうか?」


「千尋さまですか? そうですね……肉類は好んで召し上がられますよ。あとは卵なども好きですね」

「さ、さすが龍神さまですね。お肉や卵がお好きなのですね。やっぱりドラゴンだからなのかな……」

「ド、ドラゴン……そ、そうですね! きっとそうです!」


 鈴の言った事の何がそんなにおかしかったのか、喜兵衛はツボにはまってしまったように笑い出だす。


「はぁ、失礼しました。もう千尋さまは怖くないですか?」

「はい。昨日は流石に驚いてしまいましたが、父からよく聞いたドラゴンの話を思い出して落ち着きました」


 まぁ、そのドラゴンはどれも怖いドラゴンだったのだが。そんな鈴の話に喜兵衛がまた笑い出す。


「そうですか」


 そんな喜兵衛に首を傾げていると、昨日と同じようにまた千尋が突然顔を出した。


「おや、今日は笑っている」

「千尋さま!」

「おはようごさいます、千尋様」

「はい、おはようございます。今日の朝食はなんですか? 鈴さんがここにいらっしゃるという事は、もしかして洋食でしょうか?」


 何かを求める視線に喜兵衛はそれでも毅然とした態度で答えた。


「いいえ、和食です。そういう事は作り始める前に言ってください」

「……残念です。もちろんあなたの料理はいつも最上級に美味しいのですが、たまには違う物が食べたくなる時も――」

「鈴さん、どうか千尋さまの話し相手になってやってください。どうやら千尋さまは洋食に並々ならぬ執着があるようですので」


 業を煮やしたように喜兵衛が言うので、鈴は空気を読んで返事をした。


「は、はい!」


 とは言えどうすればいいか分からなくておどおどと千尋を見上げると、そんな鈴の視線に気付いたのか千尋は苦笑いを浮かべて鈴の手を引いて炊事場を出る。


「私だって喜兵衛の料理は好きですよ。彼の料理はそこらへんの割烹屋と比べても引けはとりません。むしろそれ以上だと思っています。ですが、たまには違うものが食べたくなる事もあるではありませんか」

「そうですね。私も喜兵衛さんのお料理はとても素晴らしいと思いました。菫ちゃんの絵に無かった料理ばかりだったので、ここに居る間に機会があれば教わりたいなと思います」

「昨日も言っていましたが、あなたは料理を自分で勉強していたのですか?」

「はい。佐伯家の食事の支度は私が全てしていたので」

「そうなのですね。菫さんが練習がてらに振る舞えば良かったのに」

「菫ちゃんは料理が苦手だったんです。でも、いつも文句を言いながらも残さず食べてくれていました」


 言われるまで考えた事は無かったが、そう言えば菫と勇は鈴の料理をただの一度も残した事はなかった。逆に蘭や久子は残す日も多かったというのに。


「文句を言うのですか? 作ってくれているのに?」

「はい。味付けが濃すぎる。殺す気か! とか、逆に薄すぎるとか、色々。でも面と向かってそんな風に言ってくれるのは菫ちゃんだけだったので、私の料理の腕は彼女のおかげで上がったのかもしれません」


 そうだ、菫に文句を言われるたびに鈴は試行錯誤していた。あの時はただの文句だと思っていたけれど、離れてみて初めて菫の本当の心に近づけたような気がして小さく微笑んだ。


 もしかしたら菫は、鈴に料理を教え込む為にわざわざ文句を言いに来ていたのだろうか。そんな風に考えると、何だか菫の嫌味を今さら愛おしく感じる。


 そんな鈴を見て千尋が静かに言った。


「帰りたいですか?」


 千尋の言葉に鈴は静かに微笑んだまま首を振った。


「いいえ」

「そうですか?」

「はい」


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