目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第13話

 車列のバリケードの先を進む。

 といっても、至って普通の街並みだ。

 道路沿いには民家や商店や何らかの作業場らしい建物が立ち並んでいる。

 バリケードが奏功しているかどうかは分からないが付近にゾンビ化した住人の気配は感じられない。

 あるいは一帯のゾンビは武装した自衛隊の面々により『退治』されているのかもしれない。

 しかしこれだけ建物があるのだからまだ中に潜んでいる奴らも居るに違いない。


 残る道のりは2キロ。

 足を痛めている僕と元々虚弱なあかりの足では1時間ほどかかるだろうし、警戒しながらならもっと時間が掛かるかもしれない。

 おまけに僕の部屋やアパートの別の部屋にも彼女に合う靴が無かったのであかりは僕のぶかぶかのサンダルを履いてるのだから無理はさせられない。

 楽観的になるのはやめよう。

 僕一人ならともかく、今はあかりの手を引いているのだ。

 反対側の手にはダンベルを握りしめて。


 10月も中旬を過ぎているがまだ日中は暖かい。

 しかしあかりの小さな体は震えている。

 部屋の外に出ること自体が何年振りかな上に、車内とはいえ先ほどの間近でのゾンビの遭遇だ。

 怖いに決まっている。

 それでも彼女はキョロキョロと周りを見渡しながらしっかりと僕に着いて歩いている。


「あかりちゃん、歩くのしんどくない?」


 歩きながら小声で僕はあかりに尋ねる。


「うん、まだへいき」


「つらくなったら早めに言ってね。いざというとき頑張らないといけないからね」


「わかった。おじさんも足痛くない?」


「ああ、僕もまだ大丈夫だ」


 右足はタオルを結んで固定しているので鎮痛剤を飲んでいても軽くびっこを引くように歩かざるを得ないがあかりに合わせて歩く分には問題ない。


 自衛隊の駐屯地に続く道は今の所平穏そのものだ。

 ゾンビの呻き声が聞こえるどころか、人の生活音や自動車の走行音の消え去った晩秋の空には鳥のさえずりだけが響いていた。

 こうしてあかりの手を引いて歩いていると本当に遠足しているような気分にすらなってくる。

 しかし緊張感を保たねばならない。



 しばらく進むと僕らの歩いている左側の歩道の反対側の歩道と車線上に人影が1、2……3。

 佇まいを見る限り出歩いている駐屯地の人間というわけでもなさそうだ。

 くそ、やはりバリケードの中が安全というわけではないか。


「あかりちゃん、たぶん奴らだ」


 あかりは肩をびくっとさせる。


「うん……」


 人影は何をするでもなくただその場にたむろしており、まだこちらには気づいていない様子だ。


 奴らが居なくなるのを待つか?

 奴らは移動していない。どれだけ待たされるか分からない上に隠れて待っている間も安全とは言えない。


 別の道を探すか?

 住宅や商店の間の横道を行くことも可能かもしれないがこの辺りは土地勘が無い上に死角が増えるので危険かもしれない。


 あかりを待たせて僕が対処するか……。

 1体か2体ならなんとかなったかもしれないが、3体は無理だ。少なくとも今の僕の足と得物では。



「よし、奴らの振りをしてこのまま行こう。怖いだろうけど手を離すよ。ゆっくりと僕みたいに足を引きずるように歩くんだ」


「わかった。怖いけど頑張ってみる」


 あかりはそっと僕の手を離す。

 少しでも奴らに違和感を抱かせてはいけない。

 そこまで高度な知能が残っているかどうかは分からないが用心に越したことはない。


「奴らの方に顔を向けちゃいけない。僕の方にも。真っ直ぐ、関心無いように遠くを見るんだ」


「遠く……遠く……」


 若干あたふたしてしまいつつも必死で僕の真似をしてたどたどしく歩く。

 奴らとの距離はもう50メートルほどしかない。

 気を引き締めろ。


「いいぞ、その調子だ。大丈夫、きっとやり過ごせる。ここからはもう声は出さないように」


 うん、と言うようにあかりは頷いた。


 40メートル。

 30メートル。

 20メートル。

 10メートル。


 中央分離帯の無い道路の反対側の奴らに並んだ。

 あかりと僕に緊張が走る。

 僕は目だけをすぐ隣の彼女に向ける。

 彼女も同じように目だけで僕をチラりと見る。


 ……

 …………

 ………………


 何事もなく、すれ違うことができた……かに思えたが、唐突にあかりが短い悲鳴をあげる。


「きゃっ!」


「あかり!」


 あかりは躓き、地面に手をついてしまっていた。

 奴らは……やばい気づかれた。

 3体のゾンビは完全に僕たちを獲物と認識してしまったようだ。

 道路の向かい側から確実に僕らの方へ近づいてくる。


「あかりちゃん、大丈夫? 怪我は?」


「ごめんなさい、あたし……痛っ!」


 あかりは膝を打ってしまったようでまだ立ち上がれない。

 擦りむいて血も出てしまっている。


 どうする!?

 奴らはもう目と鼻の先だ。

 まとまって3体。

 先頭にダンベルを振り下ろした所で、後続に僕かあかりが襲われる。


 やむを得ない。

 僕はリュックとダンベルを道に投げ捨てあかりを起こし、そのまま抱きかかえる。

 あかりは軽いとは言ってもさすがに右足がズキンと痛む。

 残るは1キロ少しのはず。行ける。行かねばならない。


「しっかりつかまってて。このまま一気に行くよ」


「ごめんなさいごめんなさい……」


 あかりは僕の腕の中で繰り返し呟く。


「大丈夫だから、舌を噛まないようにしっかり歯を食いしばっておくんだ」


 走る必要はない。

 早足程度で十分撒けるはずだ。

 迫る3体のゾンビを背後に、僕はスタートを切った。


 徐々に奴らとの距離は広がり奴らの息遣いは感じられなくなったがほぼ直線の道なのでなかなか振り切るには至らない。

 このままでは駐屯地まで奴らを引き連れていくことになるが、彼らがなんとかしてくれるだろうことに甘えよう。


「あかり、奴らはどう?」


 足を前に運ぶことで精いっぱいな僕に代わり、僕の腕の中でだっこされているあかりに後ろを見てもらう。


「……離れてってる。でも、増えてる……」


「なんだって?」


「いまは、5人……」


 横道や建物の陰から出てきたか。

 やばい、この様子では更に増えていきそうだ。

 いや、どのみち遅かれ早かれこうなっていたに違いない。

 避難所の近くと言えど、いやむしろ生きた人間が頻繁に出入りして僕らのような避難民も集ってきているのだから奴らが群がってこないわけがないのだ。



 あかりを抱えて進み始めてから20分ほどが経過した。

 息が上がってくる。

 足の痛みもまたぶり返してくる。

 くそ、今度は前から2体。

 道路を斜めに進み鉢合わせを避ける。

 大きな建物が途切れ、視界が開けてきた。

 駐屯地の物見やぐら、あるいはサイレン塔が見えてきた。あと少しだ。

 駐屯地を囲うフェンスも見えてきた。

 それほど高くはない。ゾンビでも容易に乗り越えてきてしまう程度だ。

 かなり広い敷地なので目も届かないだろう。

 本当にこんな場所にこれまで無事に避難できているのだろうかと不安になるが今は信じるしかない。


 入口が見えてきた。

 門は閉ざされているがよじ登れる高さだ。

 門には矢印と「避難所この奥」と書かれた張り紙がされていた。

 よし、ここで間違いはない。


 僕らの後ろに続くゾンビの行列は10を超えていた。

 100メートルほどは離れているがまだしつこく僕らを追ってきているのが分かる。

 増えすぎだ。

 こんな集団を引き連れてしまったらさすがに避難所を危険に晒してしまう。

 このままでは入れない……。


「あかりちゃん、歩けそうかい?」


 僕はあかりをそっとおろし、あかりに言い聞かせる。

 あかりはこくりとうなずく。


「よく聞いて、あかりちゃんだけ先に中へ入って、避難所の人に助けを呼んできてほしい」


「おじさんは!?」


「僕は奴らを引き付ける。避難所まで奴らを連れてっちゃまずい」


「やだ、ダメ! 危ないよ! あんな数……」


「だから、急いでね。中にも奴らが居るかもしれないから注意して」


 僕は躊躇しているあかりを半ば強引に門の上に押し上げる。


「万が一、誰も居なかったらどこかに隠れていて! さあ、行って!」


「……わかった! おじさん無事でね、きっと大人の人連れてくるから」


 あかりはぶかぶかのサンダルを脱ぎ捨てはだしで奥へ駆けて行った。


「よし、いい子だ」


 頼むぞ、せめてあかりだけでも無事に避難出来てくれ……。

 僕は門の前、じわじわと距離を詰めてくるゾンビの集団に向き直る。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?