目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第12話

 もう避難所が設営されている駐屯地への道のりの半分くらいまでは来ただろうか。

 ここまではほとんど大通りを一直線に来ただけだが、そろそろ太い幹線道路から逸れて車線の少ない細い道を行く必要がある。

 事故車やゾンビを避けるのが困難になりそうだ。

 幸い今のところゾンビを跳ね飛ばすような事はなかったがここからは覚悟しなければならない。

 しかしながら先ほどのゾンビの大群をやり過ごした後は道路にも奴らの姿はまばらであった。

 付近のゾンビの多くは大群に吸収されてひとまとまりになって動いているのだろう。



 カーナビの示す経路で曲がる予定の交差点に差し掛かった。


「あっ、これは駄目そうだな」


「車が……いっぱいぶつかってる」


 交差点は反対車線側まで事故車が重なり塞がれている。

 とても1台や2台牽引したところで通れるようになりそうもない。

 いずれにせよいくつかの車には「乗客」が残ったままだし、死角も多いこの場で外に出るのは得策ではない。

 歩道には車止めのポールが立てられているので乗り上げて進むこともできない。

 どこかでこうなるとは思っていたがやはりか。

 迂回路は……だいぶ戻らなくてはならない。



 僕たちは大群とすれ違った場所の近くまで後退を余儀なくされた。

 横道に入りしばらくするとまたもや事故車で道が塞がれている。

 自衛隊の車が来たのだからどこか通れる道があることは確かだが簡単にはいかせてもらえないようだ。


「まいったな、こっちも駄目か」


「どうするの、おじさん……」


 こうなると一旦アパートの方まで大きく後退して市街地を抜けていった方がマシか?

 しかし戻りすぎるとあの大群と鉢合わせになってしまうかもしれない。

 それは避けたい。


「もっと大回りしてみよう」



 ――――――――



 カーナビが生きていたおかげで道に迷うことはなかったが、何度か同じように突き当たっては戻り突き当たっては戻りを繰り返し、時折遭遇するゾンビを注意深く避けつつなんとか最初の封鎖地点の向こう側に回ることができた。

 結局たった10キロ進むだけでもう昼を回ってしまった。


「ちょっと早いけど、お昼を食べておこうか」


「うん」


 ちょうど奴らの姿も見えないので車を路肩に停め、僕らは昼食を食べることにした。

 あかりに預けたリュックからエナジーバーの箱とペットボトルの水を2組取り出し、それぞれ座席に座ったまま食べる。


「なんだか遠足みたい」


 僕は久しぶりの車の運転という緊張感となかなか思ったように進めない焦りとでだいぶ神経がすり減ってきたが、あかりはそんな呑気なことを言い出すくらいなのでまだ余裕がありそうだ。


「遠足に持ってくるにはずいぶん切ないお弁当だけどね。それに僕はそろそろ温かいご飯が恋しいよ」


「わたしはちゃんと食べれるだけで幸せだよ」


 あかりはエナジーバーを齧りながら上機嫌でそう言う。

 彼女に言われると重みが違う。

 しかし避難所まで行けばきっともっとちゃんとした温かい食事にもありつけるだろう。

 自衛隊の基地なのだから野営の設備はしっかりしているはずだ。

 しかしどれくらいの住人がそこに逃げ込めているのだろうか。

 そして、あかりが期待するように彼女の母親はそこに居るだろうか……。


 実の所、あかりの母親が生き残っている確率は高くはないがゼロではないとも思っている。

 コロナに罹っていたおかげで僕と彼女がゾンビ化せずに生き残れているという仮説が正しいなら、同じ部屋に住んでいた彼女の母親もコロナに罹っていて生き残れている可能性も無くはない。

 むしろ外へ出られず引き籠っていたあかりの感染源といえば母親くらいしかないだろう。


 僕はあかりの母親に出会うことになったら、いったいどんな顔をするだろう。

 彼女は母親を助けてあげたいと言ったが、僕はあかりにあんな仕打ちをしていた彼女の母親を到底許すことはできないだろうと思う。

 ……しかし許すも何も、そんな審判を下す筋合いが僕にあるのだろうか。



「……さん!おじさん!後ろ」


「え?後ろ?……ゾンビか!」


 バックミラーに車へ近づいてくる1体のゾンビが映っていた。

 物思いにふけっている間に死角から近づかれていたようだ。

 どうする?

 窓ガラスにはスモークがかかっていて外からは僕らが見えづらいはずであるし、エンジンも切っているので静かにしていればやり過ごせるか?

 いや、特にやり過ごす必要はない。振り切ろう。


「あかりちゃん、食べ終わった? 車出すよ」


「うん、へいき」


 ゾンビはあかり側のすぐ近くまで迫っていた。

 エンジンをかけた瞬間、ゾンビはこちらへ向き直りバンッという音を立てて窓ガラスにへばりつく。


「ひっ!」


 あかりが短い悲鳴を上げるとともに、僕は車を急発進させた。

 振りほどかれるゾンビの汚れた爪が窓を引っ掻き、不快な音が車内に響く。

 サイドミラーに映るゾンビの姿はみるみるうちに小さくなっていった。


「大丈夫、もう見えないよ」


 あかりは身を屈めてブルブルと震えていた。

 初めて間近に見るゾンビの姿だ。無理もない。

 窓ガラスには血とも泥ともつかない5本の線が残されている。


「……怖かった。本当に、ゾンビなんだ……」


「そうだね。人の形をしているけど、もう人じゃないんだ」


 そう言い聞かせる。あかりにも、自分にも。

 束の間の遠足気分はすっかり冷めてしまったようで、彼女は怯えながらもまた真剣な目で助手席から周囲に目を光らせていた。

 辺りは田畑や林に混ざり次第に商業施設や住宅が点々と現れ出した。

 大群に飲み込まれていない野良のゾンビたちの密度も徐々に高まりつつある。

 ふと、ここまで来る間に生きている普通の人の姿はまだ一人も目にしていないことに気づく。

 避難所になっている駐屯地に向かえば途中で自衛隊の車両や物資を集める人や僕たちと同じように避難に向かう人などと少しは出会えるかと思っていたのだが、やはり生存者はかなり少ないのかもしれない。

 暗澹たる気持ちになる。

 せめて避難所が無事であって欲しい。

 残すところ後数キロの所までは来ているはずだ。気持ちがはやると同時に不安も湧いてくる。

 そんな僕の不安げな表情が伝わってしまったのか、あかりが心配そうに僕の顔を覗き込む。


「ごめんなさい、わたしがびっくりして怖がっちゃったから……」


 ……こんなでは駄目だな。僕がしっかりしていないでどうする。


「そうじゃないんだ、君は悪くない。避難所の人たちが無事だといいなと考えちゃってね」


「うん……」


「もうそう遠くはないはずだ。頑張っていこう」


 カーナビには駐屯地まで残り4キロと表示されている。

 今通っている道を少し行って交差点を曲がればあとは真っ直ぐの道のりだ。


「おや……?」


 しばらくしてその交差点に差し掛かった時、また道路が塞がれているのかと落胆しかけたが他とは様子が違った。

 ワゴン車が数台横向きに、1台だけ縦向きにどう見ても人為的に隙間なく並べられており、歩道には道路脇の建物の壁まで土嚢がうず高く積まれていた。

 ワゴン車の一台には張り紙がされている。


『避難所 この先2km』


 ゾンビの集団が市街地から簡単には通り抜けて来られないようにバリケードにしているのか。

 どうやら縦向きの1台を動かして出入口にしているらしい。

 鍵が付いているなら僕が動かしてしまえば済むことだが……。


「ちょっとこのまま車に乗って待ってて、様子を見てくる」


「うん、気を付けて」


 僕は周囲を確認し、車の外に出る。

 車の中の安全圏から急に危険と隣り合わせの空気を感じる。

 出入り用の車のドアは鍵が掛けられていた。

 どこかわかりやすいとこに隠していないかと探っても見つからない。


 さて、どうするか。

 2キロ程度なら今の僕の足、あかりの体力でも十分歩けるだろう。

 そしてバリケードまでしているのだ、内側のゾンビはある程度「対処」されていることだろう。

 回り道しても結局同じように封鎖されているかもしれない。


 それにしても、車で来られるなら来いと言っておきながらここまでの道中といい、このバリケードといい、なかなかの苦難を残しておいてくれるじゃないか。

 などど文句を言いたい気持ちをぐっと抑える。彼らも極限状態なのだ。

 それでいながら危険を冒して避難所の存在を知らせに来てくれただけでも相当にありがたいことだ。


「ここからは歩こう。いけるかい?」


「うん、怖いけど頑張る」


 車を交差点の脇に停め、車の外に出る。

 田中さん自慢のスポーツカーとも一旦ここでお別れだ。ありがとう。



 先ほどのショックもあるのだろう、車の外に出たあかりは身震いを隠せない。

 僕は1台のワゴン車のフロントによじ登り、あかりの手を引き引っ張り上げる。

 特に苦も無くバリケードの向こう側に行くことができた。

 その気になればゾンビも乗り越えてきてしまうかもしれないが、ある程度抑制できればいいという考えなのだろう。


「出来るだけ静かに、注意していこう。騒がずゆっくり歩けば奴らに僕らがまだ人間だと気づかれないかもしれないからね」


「わかった、ゆっくり静かにだね」


 バリケードを越えても、あかりは手をつないできて離さない。

 開けた外でどこにゾンビが潜んでいるか分からない。

 かなり心細い気持ちなようだ。

 僕はぎゅっと彼女の手を握り返し、歩き始める。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?