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第77話

 結局、いつも通りルイスの部屋に集まり、人払いをしてルイスが話し出した。

「リー君とライラが婚約、チャップマン商会がリー君とダニエルの共同経営になったんだが、そこで取り扱う商品が早速見つかってな! これなんだが」

 そう言ってルイスはキャロラインにブルーベリージャムを手渡した。

「これは?」

 ジャムを受け取ったキャロラインは、まずはその色にギョッとしたような顔をしている。

「ブルーベリーのジャムです! ちょっと舐めてみてください」

「ジャム⁉ これが⁉ すごい色してるけど……食べられるのよね?」

「大丈夫ですよ! 私が責任持ちますから」

 そう言ってアリスは胸を叩いたのだが、お前が一番信用出来ないのだと言わんばかりにキャロラインはルイスとカインを見た。

「大丈夫だ。俺達も食べたし、何ならカインなど夕飯が入らないほど食べていたぞ」

「そ、そうなの」

 それは少しだけ安心できる。瓶の蓋を開けて恐る恐るスプーンを差し入れた所で、

「先にミアさんが召し上がってみては?」

「えっ⁉」

 何故だ、と言わんばかりにキリを見上げたミアは、キリの口元に薄い笑みが浮かんでいるのが見えた。

「当然です。主人の毒見も我々の仕事ですから。ミアさんなら必ずそうすると思うのです」

「……」

「ミ、ミア、いいのよ。あなたは毒見なんてしなくても……」

「いいえ! お嬢様、それはまず私が食べます! 貸してください!」

 キリにここまで言われては後に引けないミアである。どうにもミアにはキリへの対抗心があるらしい。

 キャロラインからジャムとスプーンを奪い取ったミアは、こんもりとジャムを掬えるだけ掬って深呼吸をして目を瞑り、一気に口に押し込んだ。あまりの威勢の良さに皆が、おお、と息を飲む。

「流石ミアさんです。こういう時の思い切りはとてもいいですね」

 満足げに頷いたキリを見てノアとアリスは白い目を向ける。キリはどうやら完全にミアをおもちゃ扱いしている。

 ところで口いっぱいにジャムを口に含んだミアはと言えば。

「う……ぅぅ」

 声にならない声を出して口を押えてしゃがみ込んだ。

「ミ、ミア⁉ ど、どうしたの⁉ あなた達! 一体何を――」

「ぉいしぃ……」

「は?」

「お嬢様……すみません……美味しすぎます……」

 そう言ってミアはもう一口ジャムを食べて、やはり同じ反応をしている。

「……ややこしいな、反応の仕方が」

「ミアさんはすぐに腰を抜かすのです。驚いたり感動した時は特に」

「よく見てるね、キリ」

「はい。お嬢様と同じぐらい反応が面白いので」

 アリスの反応もいちいち大きいが、ミアの反応はそれとは違うベクトルで面白い。見ていて飽きないという意味では、アリスとミアはいい勝負である。

「ま、まあ、大丈夫なのはよく分かったわ。ミア、ありがとう」

「は、はい」

 名残惜しそうにジャムをキャロラインに返したミアは、ハンカチで口元を拭った。色は凄いが味はすこぶる良かった。

「いただきます」

 キャロラインはそう言って一口ジャムを口に含んで目を見開く。

「これ、は、何なの? とても甘いけれど、それだけじゃないのね。酸味がちょうどいいわ」

「ブルーベリーっていう木の実なんです。寒い地域にしか自生しない植物で、ネージュには山ほどあったんです」

 ブルーベリー。聞いた事がない。キャロラインは首を傾げてノアを見てみたが、ノアも肩を竦めるばかりだ。という事は、これは前世の記憶なのだろう。

「他にもこのベリーには沢山種類があるんですよ! 酸味がもっと強いものや、癖のあるものとか。料理にも使えるので重宝するのがこのベリー類です。ところが、ネージュでは誰もこの事を知らなかったんです。だから森でこれを採ってジャムにしてみたんです」

 その土地で採れた物を特産物に。アリスの特産物でウッハウハ計画第一弾である。

「そうなの。いいわね。ジャムなら日持ちもするし、何よりもこれは美味しいわ」

「そうでしょう? それに、ブルーベリーには目の疲れをとったり美肌に効果的だったり、老化防止に効果的だったり、女性には特に嬉しい効果がいっぱいあるんです! まあ、美肌とかは他のベリーにも言えるんですが」

「それはいいわね。これ、まだあるのかしら? 今日持って帰ってみるわ」

「もちろんです! 王都で流行らせる気満々で一杯持って帰ってきたんで!」

 そう言ってアリスは机の上にドン! と大量のジャムを置いた。

「お、多いわね」

「はい! キャロライン様がお友達に配ってくれるだろうと思って、沢山持って帰ってきました! ご注文は是非、チャップマン商会へ! はい、これがアドレスです」

 そう言ってアリスはキャロラインにチャップマン商会のアドレスの束を握らせた。

「……商魂たくましくてとても素敵ね」

「ほんっと、あんたは頼りになるよ、どこ行っても」

 呆れたようなキャロラインとリアンに、アリスは素直に喜んだ。

「その調子でうちの兄貴のとこの商品もバンバン紹介してよ、アリスちゃん」

「そうしたいのは山々ですが、まずは実際に見てみないと。ね? 兄さま」

「そうだね。まあ、どのみちフォルス公国には近いうちに行かなきゃならなくなると思うけど」

 そうなのだ。シャルルを大公にする為には一度はフォルス公国に足を運ばねばならないだろう。期限は刻一刻と迫っているというのに、まだ何も進んでいないのだ。これでは手遅れになってしまう。

「こうなったら間諜でも用意するしかないかなぁ」

 ポツリと呟いたノアに、ルイスがギョッとした顔をする。

「で、出来るのか⁉」

 国同士であればどこの国でもスパイはいるものだが、あまり個人で雇うものではない。驚きを隠せないルイスにノアは笑った。

「出来る訳ないでしょ。それに、スパイなんて雇う余裕もないよ。せめてそれらしき人をスカウト出来れば、とは思うけど」

 そこまで言ってノアは口を噤んだ。

「いる……兄さま! いるわ! モブが!」

 立ち上がって突然叫んだアリスに、皆の視線が集まった。

「どういう事? アリス」

「ほら! この人だよ。『花冠3』の隠しキャラ。オリバー・キャスパー!」

 オリバー・キャスパー、通称モブ。オリバーは『花冠』シリーズの中でも群を抜いて地味なキャラである。癖のある黒髪に黒い瞳。顔立ちは整ってはいるが、いわゆる華が無いのだ。逆にキャラクターデザインさんには難しかったのでは? と思えるほどの特徴の無さ故に、苦し紛れの泣きボクロがある。そんな彼はファンからは愛をこめてモブと呼ばれていた。

 しかしこのモブ。実は『花冠3』の攻略対象の中では一番の人気で、その理由が『何だか実家って感じがして落ち着く』という理由だったのが彼らしい。

 アリスのメモを覗き込んだノアは、フム、と考え込んだ。

「確かに、騎士家の三男か。それに……え? 僕達と同い年じゃない。皆、このキャスパーって人、誰だか分かる?」

 ノアの言葉に同級生組三人は顔を見合わせて首を振った。どうやら本当に存在感が薄いらしい。これは使えるかもしれない。

「ルイス、カイン、キャロライン、学園に戻ったらこのモブを探そう。それとなく身辺調査も。キリ、見つかったら彼のステータス見てくれる? 僕はアランに宝玉の手配を頼んでおくから」

「了解しました」

「分かったわ。オリバー・キャスパーね。家柄とか細かい事はミアが調査するわ。この子、そういうの得意なのよ」

「や、やめてください、お嬢様! 私のはただの噂好きなだけですから!」

「なるほど。よく覚えておきます」

「ちょ! キ、キリさん⁉」

「何だかんだこの二人は仲が良いな」

「よくありません!」

「別に良くないです」

 ルイスの言葉に二人が同時に否定する。それを見てルイスはさらに笑った。後ろではトーマスも口元に手を当てて、何かに納得するように頷いていた。

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