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第76話

「ところで、そろそろここに父さんと母さんがやってくると思うんだが」

 その一言に皆は目を剥いて驚き、慌ただしくだれきった態度を改めていると、扉の外から控えめなノックが聞こえて来た。

「王と王妃様がいらっしゃいました。入室致します」

 こちらの返事も待たずに扉が開くと、ふわりと甘い香りがしてきた。皆が立ち上がり最上級の礼をとると、小さな笑い声が聞こえてくる。

「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。顔を上げてください」

 軽やかな声に顔を上げると、そこには目の覚めるような金髪の美女が立っている。その隣には王だ。

「久しい、という程の時は経っておらぬが、そなたらの活躍はルイスから聞いている」

「本当に、こんなにも沢山ルイスがお友達を連れてくるなんて、夢なのではないかしら」

 涙ぐんでそんな事を言うステラにルイスはバツが悪そうにそっぽを向いている。王妃とは言え母親である。一人息子がぼっちかもしれないのが、ずっと心配だったのだろう。

「母上、私にも友人は居ますよ」

「そうでしょうけれど、ここに招くほどの友人は居なかったでしょう?」

「う、そ、それはそうですが」

 確かに、ルイスに気を許せる友人はほとんど居なかった。次期王子なのだ。そう易々と交友関係は築けない。ルイス自身も傲慢だったし、周りもルイスを腫れ物のように扱ったからだ。

 それにルイスが家に招くという事は、王城に呼ぶという事だ。おいそれとそんな事が出来る訳もない。そしてそれはルカもステラも分かっている筈だ。

「キャロル、久しぶりね」

「はい。ご無沙汰しておりました。ステラさま」

「そんなに改まらないで。あなたの事は実はオリビアから聞いていたの。オリビアも喜んでいたわ。あなたから来る手紙の内容が、随分明るくなった、と」

「そ、そうですか」

 恥ずかしそうに視線を伏せたキャロラインを見て、ルイスがニヤリと笑った。そんなルイスをキャロラインが睨みつける。

「ええ。最近では特定の子の名前が出て来ると喜んでいたわ。今日ここにお招きした事を伝えたら、ズルい! と叱られてしまったのよ」

 コロコロと口元を押さえて笑うステラはまるで少女のようだ。そんなステラにますますキャロラインは頬を赤らめる。

「それから、子爵家のリアン・チャップマンとライラ・スコットね?」

「はい。お初にお目にかかります。リアン・チャップマンと申します」

「お会いできて光栄です、王さま、王妃さま。ライラ・スコットと申します」

 ガチガチに緊張しているかと思いきや、ちゃんと挨拶している二人にアリスが目を丸くしていると、ルカの方から鋭い視線を感じた。

「?」

 その視線に気づいてアリスが首を傾げると、ルカは慌てて目を逸らして咳払いをする。

「チャップマン商会の話はルイスから聞いたわ。過去にたとえ何があったとしても、それは私とは関係のない話です。今後は今の商会を見極めていくつもりです。頑張ってくださいね」

「はい。至極光栄にございます」

 ルイスの友人だからと言って贔屓はしないが、過去の事にもこだわらないとステラは約束してくれた。とても寛大な判断にリアンとライラはもう一度深く頭を下げた。

 ステラは最後にアリスとノアとキリに目をやった。何故かその目にうっすらと涙が浮かぶ。

「ハンナは……元気?」

 あまりにも突然の問いにアリスはハッと顔を上げた。そうなのだ。さっきキリから聞いた話では、ハンナはまるでステラの事を妹のように可愛がっていたと言っていた。

 アリスは無言で頷くと、強い眼差しをステラに向けた。たとえ誰であろうとも、ハンナは渡さない! そんな視線を受けたステラは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにアリスのしている誤解に気付いて笑みを零した。

「大丈夫ですよ。ホープキンスから全て聞きました。ハンナはあなたの事を娘のように可愛がっているようだ、と。確かに私もハンナが大好きですが、今更ここに戻れとは言いません」

「……」

 なんだ、良かった。そう思った途端微笑んだアリスに、ステラが笑いを漏らした。

「どうやら聞くまでもなく、ハンナは元気にやっているようね。あなたがアリスさん。お隣がお兄さまのノアさんかしら?」

「はい。妹が失礼いたしました。お会いできて光栄です。バセット家長男、ノア・バセットと申します」

「お会いできて光栄です。先程は失礼しました。アリス・バセットと申します」

「ふふ。いいのよ、そんなに畏まらなくて。あなた達の事は一番よく聞くわ。何でも騎士たちの稽古をつけるのでしょう? 一体何をするの?」

「それは私も聞きたかったのだ。ルーイが帰ってくるなりアリス・バセットに騎士たちの稽古をつけさせる、と息巻いて帰ってきたからな」

 興味津々のルカにルイスがアリスの夢遊病と、実際にリアン邸で見た事を話すと、ステラは堪えきれないというように噴き出し、ルカは口元をヒクヒクさせて笑いを噛み殺した。

「聞いてはいたが、どうやら寝ぼけ方も相当に豪快なようだな。優しい領民達で良かったな」

「はい、それはもう、本当にそう思います」

 ノアが真顔で頷くと、ルカもとうとう声を出して笑い出した。

「俺も参戦しても構わないか?」

「父上!」

「だって、見たいじゃないか。あのルーイが鼻息を荒くして目を輝かせていたんだぞ」

「私も見たいわ。でも、危なくないのかしら?」

 いくらすばしっこいとは言え、アリスは女の子だ。それを何十人もの騎士を使って追い回すだなんて、倫理的にどうなのだ。そう思うのに。

「大丈夫です。アリスちゃんを普通の女の子のカテゴリに入れると、痛い目を見ますよ」

「そうです。女の子というよりも、人間のカテゴリですら危ない時があります」

 真剣な顔でそんな事を言うカインとリアンにノアが軽く二人を睨みつけた。

「それで、どんな方法を取るつもりなんだ? 生憎ここには畑はないが?」

「それについてはルーイさんとも相談したんですが、籠に野菜を入れて至る所に置いておこうという話になりました。もちろん騎士にもアリスにも場所は教えずに」

「なるほど、考えたな。それは今夜から始まるのか?」

「父上、アリス嬢の夢遊病は毎晩起こる訳ではないのです。だからこそ、訓練のしがいがあるとルーイが言っていました」

「確かにその通りだな。よし、毎晩出たら知らせるように言っておこう」

 何故かワクワクしているルカを見ながらルイスはため息をついた。ルカはあのアリスを見なかったからそんな呑気でいられるのだと。

「最後に……この子がドラゴンのドンちゃんね? ロビンが何としてでも仕事を早く終えると息巻いていたわ。あら、こちらのわんちゃんは?」

「この子はブリッジと言います。ドンが自ら学園で拾ってきた……相棒?」

「……多分」

 カインの質問にノアも半信半疑で答えた。どう見てもドンはブリッジを乗り物扱いしているのだが、この二匹の間に友情があるのかどうかは定かではない。

「まあ、よろしくね。ドンちゃんにブリッジさん。ルイスの母のステラよ」

「キュ!」

「ウォン!」

 しゃがみこんで二匹の頭を撫でてくれたステラにドンもブリッジも気を良くしたようだ。こうして一通りの挨拶が終わった所で、それぞれの部屋に案内された。

 流石にここではアリスとライラの部屋が一緒になった。キャロラインは屋敷が近所なので夜には自宅に戻るらしい。

「なんだ、キャロラインはアリスちゃんの夢遊病見て行かないの?」

「……だって、きっと悪夢を見るでしょ?」

 半眼でアリスを見てカインを見たキャロラインに、ライラがコクコクと頷いた。

「そうよね。絶対そうだと思うの。だから私は遠慮しておくわ。でも夕ご飯はご馳走になる予定よ。それよりも、他に進捗が無かったのか聞きたいわ」

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