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第75話

 王都に入ると、途端に街並みが変わった。白亜の建物があちこちに建てられていて、色とりどりの花が綺麗に沿道に咲き乱れている。きっちりと整備された煉瓦の道に馬の蹄の音が小気味よく響く。

 アリスはさっきからずっとポールに質問をしていた。美味しい食べ物屋さんはどこか、どこが一番新鮮な野菜を売っているのか、どんなお菓子があるのか、今王都で流行っているのはどんな食べ物なのか。見事に食べ物ばかりのアリスの質問に、ポールはそれでも全部答えてくれた。心の中では「これが男爵家の娘かぁ~」などと考えていた訳だが。

 やがて王城に到着すると、その出迎えの派手さに流石のアリスも閉口した。

 けれどそれは一瞬だった。出迎えの列の一番奥に、キャロラインの姿を見つけたからだ。

 ぱぁぁ! と顔を輝かせたアリスが遠目に見えたキャロラインは、必死になって首を横に振る。おそらく、アリスがいつものように飛びついてくるのではないかと思ったのだろうが、それは生憎出来なかった。何故なら、両腕をがっちりとノアとキリにホールドされていたからだ。

「アリス、ここでは大人しくしてようね?」

「お嬢様、断罪されたくなければ、大人しくしていてください」

「兄さま、キリ、大丈夫だよ」

 相当信用の無いアリスは、両脇からの圧に頷いた。

 いくら破天荒アリスでも、流石にそれぐらいの良識はある。ルイスは王子だが、もうこちら側の人間だ。だから友人のような態度でいるが、ここは王城。なにを間違って首が飛ぶか、本当に分からない。

 大きな猫を被ったアリスは、ヒロインらしくキャロラインに叩き込まれた所作で歩き出した。

それを見て友人たちは驚いたように目を丸くするが、本当に失礼な話である。だから! あえて! 淑女の微笑みを浮かべたアリスを見て、ルイスとカインがわざとらしく震えあがった。

「べ、別人か?」

「見て、キャロラインの嬉しそうな顔。本気でアリスちゃんの教育係の気分なんだろうね」

 苦笑いを浮かべたカインの言葉にルイスがキャロラインに目をやると、確かにちゃんとしているアリスを見て泣き出しそうな顔をして感激している。

 あそこまで喜ばれるとこちらまで嬉しくなってくるが、本来王城で大人しく礼儀正しくする事など、子供でも出来る。という事は何か。アリスは子供以下という事か。それに気づいたルイスがフッと笑みを漏らす。そんなルイスを隣を歩いていたカインが首を傾げて見ていたが、こういう公の場でキャロラインがあんな風に感情を出すのは珍しい事だと分かっているルイスは、また一つキャロラインの事が知れた気がした。

「お帰りなさいませ、ルイス様。それから、ようこそおいでくださいました。皆さま」

 メイド達の間を縫って扉の前まで来ると、キングストン家の家令のホープキンスが頭を下げる。ルイスはそれに軽く頷いた。

「ただいま。父上と母上は?」

「奥におります。ルイス様にお会いするのを楽しみにしてらっしゃいますよ」

「そうか。では、皆を来賓室に案内しておいてくれ」

「畏まりました。どうぞ、皆さま、こちらです」

「ホープキンス、私が連れて行くわ。あなたはおもてなしの方を手伝ってあげて」

「恐れ入ります。では、私はこれで下がらせていただきます」

「ええ。ありがとう」

 当然のようにお礼を言ったキャロラインにホープキンスが眩しそうに目を細める。

 ホープキンスと別れてキャロラインに案内されて来賓室に入った途端、アリスがキョロキョロと辺りを見回した。そして誰も居ない事を確認するなり、いつものように背後からキャロラインに飛びつく。

「キャロライン様! 寂しかったよぉ!」

「ぐふっ!」

 突然アリスに背中を襲われたキャロラインはバランスを崩し、そのまま絨毯に四つん這いになったが、それでもアリスは背中から降りない。そんなキャロラインを見てカインが笑いを堪えながら手を差し伸べた。

「だ、大丈夫? キャロライン」

「大丈夫じゃないわ! 早く剥がして起こしてちょうだい! アリス! あなたさっきまでの態度はどうしたの⁉ あとノア! あなた今、避けたわね⁉」

 四つん這いで怒るキャロラインの後頭部に、アリスはグリグリと頬ずりをする。

「だってだって~変な動きしたら処刑されちゃうから、皆の前では大人しくしてただけだもん」

「避けただなんて、とんでもない。感動の再会を邪魔しちゃ悪いなって思ったんだよ」

「……」

 ほんの少し会わなかっただけで妙に寂しかったのはキャロラインもだったが、会ったら会ったで鬱陶しい。この不思議な感情は何だろう。そんな事を考えながらキリに背中からアリスを剥がしてもらって自力で立ち上がったキャロラインに、ライラがおずおずと近づいた。

「キャロライン様、私もお会いしたかったです! ノア様とアリスのおかげで、無事にダニエルと婚約を破棄できました。それから……」

 チラリとリアンを見て頬を染めるライラに、リアンも顔を赤くして早口で言った。

「それから、ライラは僕と婚約する事になったんだ。あと、チャップマン商会も、ダニエルと僕の共同経営になる事に決まったよ」

 それを聞いてキャロラインは口元に手を当てて涙を浮かべる。

「まぁ、凄いわ! ずっと心配していたのよ。アリスに任せて大丈夫だったのかしら? って。

ノアが一緒だけど、ノアはアリスが絡むと途端にポンコツになるでしょう? でも、そう! 全部上手くいったのね!」

 感極まってライラの手を握ったキャロラインを見て、ライラまで涙を浮かべていて感動しそうなシーンなのだが、

「ちょっと、それは僕達に失礼じゃない? 確かに僕はアリスに弱いけど、ちゃんと目的は遂行するよ?」

「えげつない手を使ってね」

「ノア様は手段を選ばないだけです」

「私はね~見てただけ~。ポールさんとココア飲みながら覗き見してただけだよ!」

「お嬢様、それは褒められる行為ではありません」

 結局、キャロラインとライラの感動はこの面子では盛り上がらないのだ。それを察したキャロラインは、小さく咳払いをした。そこに控えめなノックの音が聞こえてくる。

「お話中、失礼致します。お茶をお持ちしました」

「ありがとう」

 キャロラインの返事を聞いてメイドが数人部屋に音も立てずにやってきて、やはり音も立てずに紅茶とお菓子の用意をしだした。それを見てアリスが感心したようにため息をもらす。

「凄いね、兄さま……ハンナと大違い……」

「アリス、ハンナは実は凄い優秀なメイドなんだよ?」

「そうなの?」

「そうです。お嬢様に対する態度があれなだけで、男爵家の家事を一人でこなす、とても優秀な方です。何よりも彼女は――」

「キリ。それは言っちゃ駄目。ハンナに迷惑がかかっちゃうから」

「……失礼しました」

 深々と頭を下げたキリを見て、ノアはヨシヨシとキリの頭を撫でた。やはりノアにとってはキリも可愛い弟のようだ。それをメイド達は目を丸くして見ていたが、すぐに自分の仕事を思い出したのか、そそくさと部屋から立ち去る。

「ノア、ハンナって……バセット家のメイド?」

 キャロラインの質問に、ノアは頷いた。もうメイド達は出て行ったから大丈夫だろう。

「そうだよ。キャロラインも直接ではなくても知ってるんじゃない?」

 そう言ったノアの言葉にキャロラインは神妙な顔をして頷いた。

「兄さま?」

 何の話だか分からないというアリスを見て、ノアが目を細めた。

「ハンナはね、大分昔に、ここで働いていたんだよ」

「えっ⁉」

 そ、それが何故バセット家に? アリスが目を白黒させていると、キリが答えてくれる。

「一言で言えば、ハンナさんは責任をとられたのです」

 キリの話したハンナの過去に途中ホープキンスが参戦してきてどうなる事かと思ったが、その場は丸く収まっていた所に、ホープキンスと入れ替わりに戻ってきたルイスが大きな爆弾を落として来た。

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