森の入り口まで戻ってくると、森に入るまでは訝し気な雰囲気だったダニエルチームが楽しそうに座り込んで輪になって話をしている。
「ただいま~! そっちはどうだった?」
声をかけたアリスに手を上げて返事をしてくれたのはカインだ。
「大量大量! いや~美味しかった、間違えた。楽しかった!」
「カイン様は採るより食べてたからな~」
「ほんとですよ! そんなんじゃ晩飯入りませんよ?」
「お前達もだろ~!」
わはは! と楽し気に笑うダニエルチーム。何だかんだで彼らにとっても楽しいイベントになったようだ。そこへリアンチームも帰ってきた。
「だから! あんたは何でそんなフラフラすんの! ちょっともう、信じられないんだけど⁉」
「珍しい物があったらつい行ってしまうだろう⁉」
「いや、ルイス様、流石に五度も迷子になるのはどうでしょう?」
「トーマス! お前まで!」
「俺もトーマスに賛成です。夢中になりすぎです!」
「仕方ないだろう! 楽しかったんだ! また来ような、皆で」
どれほどルイスは迷子になりかけたのか、他の騎士たちも苦笑いしているが、嫌な顔はしていない。ルイスは本当に夢中だったのだろう。王子様で誰よりも責任のある立場で、きっと小さい頃からこんな事をした事が無かったのかもしれない。騎士たちもこんな風にはしゃぐルイスを見たのは、もしかしたら初めてだったのではないだろうか。その証拠に騎士たちのルイスを見る目が優しい。
「その時は、きっちり柵とか出来上がってからにしてね!」
森の中で王子様が迷子とか、本当に洒落にならない。リアンはルイスを睨みつけて鼻息を荒くすると、スタスタとアリス達の元へやってきた。
「そっちはどうだった? ライラ、怪我とかしてない?」
「ええ、大丈夫。リー君は?」
「僕も大丈夫。あ、結構採れたんだね」
ライラの籠を覗き込んだリアンに、ライラが頬を染めた。
「ちょっとリーくーん? 私達には聞かないの?」
拗ねたアリスがリアンに言うと、リアンはチラリと一瞬だけアリスを見て鼻で笑う。
「え? だって、あんた大怪我とかしても一日もすればピンピンしてるでしょ?」
「ひどい! 何とか言ってやって!」
ノアとキリに助けを求めようとしたが、キリもノアも腕を組んで考え込み首を傾げている。
「一日もいらないよね?」
「はい。せいぜい半日ぐらいでは」
「ちょっと! 二人とも!」
「まぁまぁ。ほら、お屋敷に帰るよ。リトさんも首を長くして待ってるだろうから」
ノアはそう言ってアリスの籠を持つと歩き出した。それに皆がゾロゾロとついてくる。
「そうだ、今日は宿に泊まってる人達も夕食うちで食べて行ってよ。カーラにそのつもりで朝、頼んであるから」
リアンの声に宿班が喜びの声を上げた。宿でも食事は出るが、メニューはほとんど同じ物だったので、そろそろ飽きてきていたのだ。
そんな騎士たちを見てリアンは口元に手を当てた。
「ツアーを組むんなら、食事の改善もしないと」
「俺もそう思う。さっきも色々話聞いてたんだけど、やっぱ早いうちに町全体で協力していかないとな」
「そうだね。ポスター作って呼び掛けてみようか」
真剣な二人を見ながら、ルイスはカインに言う。
「チャップマン商会は、もう大丈夫そうだな」
「うん。ダニエルも馬鹿じゃないよ。ちゃんと考えてる。確かに女の子には弱いみたいだけど、それ以外は結構しっかりしててビックリしたよ。大口の話をふいにしたのも、どうも相手の令嬢に手を出したんじゃなくて、本当は契約の話を直前ですり替えられそうになったみたい。だから断ったら、そんな噂を流されたんだってさ」
「それは……本当なのか?」
「うん。俺もそう聞いたら、だって、あそこには娘なんていねーんだよ、って。息子しか居ないのに、手なんか出さねぇよ、って」
「そんな嘘、すぐバレるだろう?」
「でも、相手はフォルスの家だよ? 噂を流すのは簡単だけど、わざわざ調べに行こうとは思わないでしょ~」
「だったら! どうしてダニエルは否定しなかったんだ! そんな濡れ衣きせられて!」
「若いからって舐められてカッコ悪いってさ。いつか会社が大きくなったらまた付き合う相手かもしれないしな、って。なかなか懐の大きい男なんじゃないかな、彼は」
女にはめっぽう弱いみたいだが。そこは上手くリアンが舵を取ってくれるだろう。これなら、案外早いうちにチャップマン家は伯爵位を取り戻すかもしれない。そうしたら次はいよいよシャルルだ。子爵家から伯爵位をもらうのとは訳が違う。一国の王を挿げ替えようと言うのだから、かなり入念に調べる必要がある。
屋敷に戻ると、玄関前に沢山の領民達が集まっていた。
「リアン! おかえり。どうだった?」
「ただいま。一体なにごと?」
口々におかえりを言ってくれる領民達に頭を下げながらリトに聞くと、掲示板を管理しているバーンズが、リアンの目の前に一枚の紙を見せつけてきた。
「これは?」
「領主さまの新しい町おこし計画の参加資格についてですよ! いや~驚いた! 坊ちゃんたちがこんな事考えてたなんて!」
「へぇ。流石おじさん、仕事が早ぇな。まさに今さっきリアンと話してたとこだ」
ダニエルはリアンの横から紙を覗き込んだ。そこには町おこしについて書かれている。どうやら皆でジャムの原料を採りに行っている間に、この掲示物を作って貼ってくれていたらしい。
「それで、具体的な話が聞きたくて皆さん集まられたんですか?」
丁寧な口調のノアに領民達は首を傾げながらも頷く。
リトの掲示物には簡単にこう書かれていた。
『ネージュの今後の町おこしについて。新事業を立ち上げようと思う。その為の参加者を募っているのだが、興味のある者は、場所と日を指定するので話を聞きに来て欲しい。内容については、その時に知らせる』
簡単すぎて不安になるが、それでも領民達はここまで話を聞きにやって来たらしい。
「とりあえず入ってもらったら? 風邪ひくよ、皆」
「そうだな。少し狭いかもしれないが、それは我慢してくれ」
そう言って笑ったリトに、領民達は安心したように笑った。中ではメイド達が全員の数を数えて不安そうにしている。多分、今までこんなにも大勢の客が一度に来た事がないのだろう。
「カップ足りるかしら?」
そんな声が聞こえてノア達は頷いた。
「私達も手伝うよ! どうせ話聞いててもつまんないもん」
歯を見せて笑ったアリスを見て、メイドは安心したように笑う。
「流石にあんた達にはさせられないから、僕の部屋でお茶でもしてて。ライラ、案内してあげて。騎士たちは……まあ、何とか入るでしょ」
自室の部屋の広さを頭の中に浮かべながらリアンが言うと、騎士たちも苦笑いしながらゾロゾロと後に続いた。
その後、早まって集まってしまった領民達にリトとリアン、ダニエルが町おこしについての説明をする事一時間。
「こんなものがあの森にあったなんて!」
「こんなに近くに住んでるのに、誰も知らなかったのが不思議だわ」
「狼が出るようになってから、誰も森には近づかなかったもんな」
ジャムを一口ずつ食べた領民達は、口々に話し出した。
「ツアーの話も面白いな」
「確かに俺達にとっちゃ当たり前の氷丘でも、他所の人達からしたら新鮮だよな」
「最近は寄り合い馬車の需要がどんどん無くなってたから、これはいいんじゃないか⁉」
「ツアーの中に森でベリー狩りをするんなら、すぐに整備しないとな!」
まだ決定した訳でもない新事業に夢を膨らませる領民達を見て、リアンが追い打ちをかけるように言った。
「あのね、このジャムとツアーの発案者はあのルイス王子の婚約者のキャロライン様なんだ。そして彼女の友人のアリス嬢がここに来てブルーベリーを見つけてこのジャムが出来た。これは、僕達チャップマン商会で責任を持って王都にも流行らせるつもりだよ」
「おぉぉぉ!」
この一言で領民はおちた。ルイスとキャロラインの名前は、やはり効果絶大である。一応オマケ程度にアリスの名を出したのは、アリスにはとても感謝しているからだ。彼女の前世の記憶が無かったら、きっと一生ブルーベリーの存在に気付かなかったのだから。