そこまで一息に言ったアリスを見て、リトが目を丸くした。いや、はっきり言って凄い考え方だ。一体どんな思考回路をしていたらこんな発想が出来るというのだ。
リトとダニエルは目を剥いて驚いていたが、アリスの前世の記憶を知っている人達は今更こんな事で驚きもしない。
「それ、いいかも。でも行きと帰りはどうするの? 他所の街からくるだけでも大変だよ?」
「そこはね、乗合馬車を使うのです! ルートを決めて、各地でお客さんを拾ってくる形だね。その場合の乗合馬車の代金はツアーに組み込んでおいて、自分ちの馬車使うって人の分は馬車の分を差し引く」
「なるほど。理に適っているな。それなら馬車のない家でも気軽に旅行する事が出来る」
感心したルイスにカインも頷く。
「これは王都でも出来るかもね。ルイス御用達! とか言って買い物ツアーとかさ」
「うん、そいうのもアリだと思います。地方の子達で王都に憧れてる子はいっぱいいると思うけど、なかなか王都に旅行に行こうとしても一つ一つの宿が高かったり、どこに何があるのか分からなくて結局、時間を無駄にしたりする事もあるだろうから、ツアーにしてガイドつけてくれたら見て周りやすいですよね。それに、ライラの家みたいに子爵家だけど資産家っていう家もあるので、そういうお金持ってそうな所から……げへへ」
「アリス、急に口調が守銭奴みたいになってるよ。でも、それはいいかもね。帰りにちょっとしたお土産とかつけてあげたりしてね」
何気なく発したノアの言葉にアリスは手を叩いた。
「そう! お土産は大事。気に入ってくれたらそれが次の購入にも繋がる! お土産、ほんと、大事!」
あるのと無いのとでは大違いのオマケ。会場特典とか現地特典なんて、もう本当にワクワクする。
「そこまで上手くいきますか?」
キリの質問にアリスは頷いた。
「キリ、人間って言うのはね、同じような値段ならオマケがついてる方を優先させるものなの。何なら、多少高くてもオマケがある方を優先する場合もあるの。人間は! オマケに! 弱い!」
「……そうですか」
「じゃ、話詰めよ。待ってて、書くもの持ってくる」
そう言ってリアンが退出した。その間にも主人と従者たちが入り混じって内容を詰めていく。
そんな光景を見ていたリトが目の端に浮かんだ涙をそっと拭った。
あのリアンが、人見知りでいじめられっ子だったリアンが、今はこの領地の為に動こうとしている。それだけでも胸が熱くなる。そしてその変化はどうやらダニエルにもあったようだ。
リアンに負けたくないという思いがあるのかどうかは分からないが、率先してこのメンバーに自分の意見を言っている。それが採用されると、とても嬉しそうだ。
「リアンは成長したんだな……ダニエルも。マリオに見せてやりたいな……」
ポツリと呟いたリトの声は誰にも届かなかったが、夜風がスルリと頬を撫で、リトの言葉をエデルが肯定してくれているような気がした。
翌日、皆で森に繰り出した。大量のベリーをゲットするためである。それぞれ籠を持ち、森の入り口でアリスの森に関する注意事項を聞かされる。
「絶対に、絶対に一人で行動しない事! はぐれない! 声をかける! 特にルイス様!」
突然名指しされたルイスはその場でビクリと体を震わせた。
「俺か⁉」
「あなたは夢中になってどんどん森の奥に入っていく典型的なタイプです!」
「そ、そうか。トーマス、俺がやらかしそうになったらすぐに止めてくれ」
「承知してます。護衛の皆さんも、よろしくお願いします」
「了解!」
これから一体何が始まるのか。護衛は早朝にルーイに叩き起こされ、籠を背負わされ、腰に大きな鈴をぶら下げられた。何が何だかよく分からないままここに居る。
「なあ、これから何が始まるんだ?」
「さあ? 何か採るらしいよぉ」
「何かって何だよ」
「わかんないねぇ~。でも、こんな任務初めてでちょっとワクワクするなぁ!」
一番年の若い騎士が言うと、周りは苦笑いしつつも頷いた。護衛の任務と言えば王族の護衛だ。一日中立ちっぱなしで、おしゃべりも厳禁である。平和なこの国では争いごとも滅多に起こらない。そんな中で訪れたこの任務。何だかうっかり童心に返りそうである。
「あと、草とかに隠れた沼や池があったら、リボンを近辺の木の分かりやすい所に結わえておいてくださいね! それじゃあ、出発しんこ~う!」
「アリスは一石で必ず二鳥を狙うねぇ。感心感心」
どうせ森に入るのだから、ついでに危ない所はチェックしておこうという意図なのだろうが、それがあるだけでその後の森の整備がしやすくなる。
「助かるよ。それじゃあライラ班とダニエル班、僕の班に分かれて手分けして探そう」
「伝令係はドンブリお願いね!」
「キュ!」
「ウォウ!」
「お嬢様、その略し方はちょっと……どうかと」
「え? 可愛いし呼びやすくていいでしょ。私にはすんごい馴染む!」
思わずヨダレが出そうな名前である。
「まあ何でもいいです。では、行きましょう」
キリの言葉を皮切りに、ゾロゾロと森に入って行く姿は、領民から見ればさぞ異様だったに違いない。しかし先頭にはリアンがいるので、何か悪い事ではないようだ、と判断したようだ。
森に入るなり、三グループに分かれた。中央にはリアンが、右側をダニエル。左をライラがそれぞれ進んで行く。ちなみに、アリスとノアとキリはライラ班だ。念のため、リアン班にはドンブリをつけているし、ルイスの騎士も数人居るので大丈夫だろう。
「アリス、これは食べられるの?」
そう言ってライラが指さしたのは緑のキノコだ。
「それは駄目。お腹壊しちゃう」
「そうなの! じゃあ、この木の実は?」
「それは食べれない事はないけど、あんまり美味しくないと思うな」
「まあ! アリスは何でも知ってるのね!」
「あ、ううん。この木の実は食べたことないんだけど、足元見て。一杯落ちてるでしょ?」
アリスが地面を指さすと、ライラが頷いた。
「よく見て。つついた後があるでしょ? でも食べてない。ってことは、食べれなくはないけど、美味しくないって事だよ」
「なるほど! そうやって判断するのね!」
「うん。逆に、不自然にそこだけ木の実が無くなってたりしたら、美味しい……のかも、しれない」
「かも、なの?」
「うん。即効性が無いだけって事もあるから、絶対にライラは食べちゃ駄目だよ!」
「それをお嬢様が言っても、全く説得力がありませんけどね」
「確かに。アリスは何でも口に入れちゃうからなぁ。でもライラちゃん、絶対に! 本当に! 真似しちゃ駄目だからね! まずはアリスが食べてから! いい?」
真顔でライラに詰め寄って小指を突き出してきたノアに、ライラは頷いて約束してくれた。
それからもあれこれアリスに聞きながら、楽しくブルーベリー狩りをしていると、気づけばあっという間に日が沈みかけている。
「キュ!」
「ドンブリ! どこかのチームが終わったの?」
「キュ!」
「分かった。じゃあ、私達もそろそろ戻ろうか。ドンブリ、森に人が残ってないか、偵察お願い。気を付けてね」
「キュキュ!」
「ウォウ!」
そう言ってドンブリはまた草をガサガサかき分けて森の奥に戻って行ってしまった。