「騙されたと思って食べてみて?」
「え」
「いや、本気?」
「本気だよ」
そこにリアンとそれぞれの従者、ダニエルが戻ってきた。
「何してんの? え、何それ」
「アリス曰く、ブルーベリーって言うんだって。食べてみて、美味しいから」
「ええ? 食べれるの? 凄い色してるけど」
リアンは一つ抓んで匂いを嗅ぐ。
「あ、匂いはいいね。アリスが食べた? あんたは?」
「僕も食べたしキリもライラちゃんも食べたよ」
「ライラも⁉」
「うん。すごく気に入ってた」
ノアの言葉にリアンはゴクリと息を飲んで口に入れ、噛んだ瞬間、目を見開く。
「うま! え、あま!」
それを聞いて他の皆もブルーベリーに手を伸ばして顔を輝かせた。
「これは美味いな! 果物か?」
「甘いね! これは確かに観光になるね!」
「へぇ~こんなんあったんだな」
皆がブルーベリーを次から次へと食べていると、お風呂から上がってきたアリスとライラが物凄い勢いで無くなっていくブルーベリーを見て、目を剥いた。
「ずるい! 何で皆で食べてるの⁉ 全部食べないでよ⁉ ジャムにするんだから!」
「ジャム? これで?」
リアンが首を傾げた。そもそもブルーベリーを見たのも食べたのも初めてなのだが、ジャムにも出来るのか?
「ブルーベリージャムなんて、何なら一番人気商品になるやつだよ! しかもここでしか採れないとくれば、後は言わなくても分かるでしょ? チャップマン商会の社長さん達」
アリスの言葉にリアンとダニエルがハッとお互い顔を見合わせると、リアンが立ち上がった。
「普通のジャムの作り方でいいの?」
「うん。ブルーベリーは甘いから糖度四十ぐらいでいいと思う。それでも半年ぐらいは持つよ」
「分かった。カーラに渡してくる。これ持ってっていい?」
「もちろん! その為に採ってきたんだよ」
リアンがブルーベリーが入った籠を持ってリビングを出て行くと、ルイスが楽しそうに伸びをした。
「楽しくなってきたな! こうやってその土地にまつわる物で色々して行こうって事か」
「そう! そしてそれをチャップマン商会のお手柄にしちゃおうって魂胆です!」
「で、発案者はキャロライン、と」
「イエス!」
親指を立てたアリスを見てルイスとカインは笑ったが、ダニエルだけが腑に落ちない顔をしている。
「どうして発案者はアリスじゃないんだ?」
ダニエルには言えない事情があるのだ、とは言えず返答に困っていると、キリが助け船を出してくれた。
「お嬢様が発案者なのと、次期王妃様が発案者なのでは、世間への評判が天と地ほども変わるからです。小さな領のたかが小娘が考えたと知れれば、必ず横槍を入れて来る人がいますが、公爵家の娘が発案者だと言われれば、そういう人達もおいそれと手は出せません」
「なるほどな。そういう事か。そりゃそうだ。ていうか、次期王妃様とも繋がりあんのかよ⁉」
何よりもそこに一番驚いたダニエルだったが、ルイスを見てすぐに納得した。ルイスがここに居るのだ。そりゃ次期王妃と仲が良くないはずがない。
「はぁ~リアンの奴、どんだけ人脈作ってんだ」
ため息交じりの声に少しの安堵と羨望が混ざってしまう。もしも自分も学園に入っていたら、リアンのように人脈を築くことが出来ただろうか? そこまで考えて首を振る。
(無理だな。俺には人脈作りは向いてない……悔しいけど)
ダニエルは女子が絡むと馬鹿になるが、自頭が悪い訳ではない。だからこそ自分の限界もちゃんと分かっているし、今回のノアに言われた言葉に乗ったのだ。
チャップマン商会を継ぐと決まった時も、内心ではリアンの方が向いていると思っていたし、ライラを婚約者にすると言えば、流石のリアンも慌てるかと思っていたのに、なかなか覚悟を決めてくれなくて本当は焦っていた。だから今回はダニエルにとっても渡りに船だった訳だが、
結果、婚約も穏便に破棄出来て、それどころか共同経営にリアンが頷いてくれたのは本当に助かった。これでようやく、両親に心配をかけずに済みそうだ。
「あんたにはあんたの仕事があるでしょ、ダニエル。人には向き不向きがある。でしょ?」
「ああ、そうだな」
簡単にアリスは言うが、それは何よりもダニエルの欲しかった言葉だ。泣きそうに笑ったダニエルを見て、アリスは満面の笑みで頷いてくれた。
夕食の時に、カーラが作ったブルーベリージャムが食卓に上がった。今までこの世界で普及していたジャムと言えば主に林檎で、バセット領ではアリスの仕入れたイチゴでジャムを作る事はあったが、それ以外の土地ではパンのお供は専らバターだった。
そこに吹く一陣の風、ベリー系ジャム! 果たして受け入れられるのか不安だったが、食卓に上がった途端、ブルーベリージャムはあっという間に無くなった。
「ジャムになっても十分美味しいわ!」
やはり喜んだのはライラで、大層お気に召したようだ。アリスはライラの反応を見て確信する。これは……当たる!
「リー君、明日一日使って、私もっとベリー採ってくる。それでジャムいっぱい作って、いくつか王城にお土産として持って行こう!」
アリスの提案にリアンはもちろん頷いた。反対する理由など何もない。
「それは嬉しいな! きっと母上も父上も喜ぶと思う」
「あ、あと、キャロライン様にもお土産にしたいな。もう帰ってるかな?」
確かキャロラインは令嬢友達と紅葉狩りに行くと言っていた。いつから行くのか、いつ帰ってくるのか予定を聞いておけば良かったと後悔していたアリスに、キリが手帳をめくる。
「明日、王都に戻る予定ですね。私達が王都に着くころにはお屋敷にいらっしゃるんじゃありませんか?」
「な、なんでキリが知ってるの⁉」
「ミアさんに聞きました。こちらの予定も教えているので、明日にでも手紙を送っておきます」
「流石キリ。仕事が出来るね。そういう訳だから、ジャムは少し多めに作っておいて、後はザカリーさんとスタンリーさんに食べてもらおうか。イカリングの時みたいに流行らせてくれるかも」
「そうだね! あの二人なら絶対にまた普及してくれる!」
どんどん進む話に目を白黒させながらダニエルとリトは戸惑っていた。二の足ばかり踏んでいつまでも動けなかった自分達とは違う存在に引っ張られるように、物事がスルスルと動き出す。
「ついでにさ、氷丘の観光とかもやりたいんだけど、もうルイス様に聞いた?」
リアンの言葉にアリスは頷く。
「思うんだけど、旅行ってさ、好き勝手見たい人もいるけど、そうじゃない人もいると思うの」
「どういう事?」
「つまり、決められた行程で行動したいっていう人もいるって事。今までは旅行は好きな時に好きな所に勝手に行って、どこかでご飯食べて帰ってきてたよね? それをね、ツアーを組んでみたらどうかな? って思ったの」
琴子時代に遠征でお世話になったツアー会社。格安で夜行バスとホテルをセットにしてくれていて、グッズや舞台を見に行くのに大変役立った。
「これからさ、旅行に行くのは貴族だけじゃなくなると思うの。そういう人達の為に、あらかじめ予算を組んで何組かまとめて観光をしてもらうっていうシステムだよ。そのツアーには全部セットになってるの。例えば、朝は何時から何時までに朝食を食べて、昼のこの時間から氷丘探索。町で指定の食堂でお昼ごはんを食べて、おやつの時間には森の中でベリー狩り。夕方は宿に戻って、何時から何時まで晩御飯。こんな具合にね、セットで出してあげるの。時間中はちゃんとガイドさんつけてね、案内聞きながら皆で観光するっていう感じ」