「はい、出ましたー。攻略対象あるある。決め台詞。いや~現実に聞くと寒いっすね~」
「え、今の決め台詞なの⁉」
「そうですよ~。キュンってなるとこですよ~」
「え⁉ あれで⁉ ならないよ! 悪寒がするよ!」
「私も。でも、一定数には需要があんの。もちろん、リー君みたいなツンデレも需要高いよ。美少年でツンデレ! くぅぅ!」
「前言撤回。あんたの今のセリフの方が悪寒がする」
二人でそんな事を言っているうちに修羅場はどんどん加速する。もう完全に見世物になってしまっている感は否めないが、それこそノアの策中である。
「ライラ! お前は俺じゃなきゃ駄目だろ⁉ 俺に会いたくて女みたいなリアンとつるんでたんだろうが!」
そう言って無理やりライラの手を掴んで強引に抱き寄せようとしたしたダニエル。
その言葉と態度に、とうとうライラがキレた。隣に居たノアまで驚いた顔をしているから、どうやらこれは予想外だったようだ。
ライラはダニエルの手をパシンと振り払った。ライラの目はアリスが乗り移ったのかと思うほど据わっている。
「――馬鹿じゃない? 誰があんたの事を好きだなんて言ったのよ? 私はいっつもリー君に会いに行ってたのよ! リー君が好きなの! それを毎回毎回、邪魔ばっかりしてきたのはあんたでしょ⁉ あんたのせいで家族にまで誤解されて、気づいたら婚約にまでなってて! どれだけ私の人生をめちゃくちゃにするつもりなのよ! いい加減にしてよ!」
「ライラ! カッコイイ! キャロライン様が居たら、ハグして褒めてくれる案件だよ! ね? リー君……って、顔、赤っ!」
「うるさい! ちょっと黙ってて!」
そうだったのか。ライラが会いに来てたのは自分だったのか。ライラがダニエルの事を好きじゃないのは分かっていた。リアンに会いに来ていたのも、二人になるのが嫌だからだと思っていたが、そうじゃなかったのか……。
「あ、兄さまの合図だ。リー君、作戦変更。兄さまバラすって。リー君に腹くくれって言ってるけど、どうする?」
「え? ど、どうするって、ど、どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。ちょっと考えてみて。ライラが暴走しちゃって盛大にリー君に告白しちゃったから、兄さまが浮気相手じゃ駄目になっちゃったんだよ」
「あ、確かに」
ポールはコクコクと頷いた。それを聞いてリアンは一気に青ざめる。
「ねえ、リー君はライラの事嫌なの? 他に好きな子がいる?」
「い、いや、嫌とかでは……好きな奴もいない、けど……そんな、急に……」
そこまで言ってふと考える。さっき、自分は言ったはずだ。
『別にいいのに……そうなっても』と。あれが答えではないのか。
そんなリアンにアリスはさらに畳みかけて来る。
「ライラがここでダニエルと婚約破棄したって、資産家のスコット家には次々に縁談が舞い込んでくるよ。ちなみにライラがゲームの中でダニエルに振られた後、一番最悪だったのは七十歳の伯爵家に嫁いだやつね。めちゃめちゃ評判の悪い好色で噂の人の所に嫁ぐの。そういう未来も、ライラにはありえるんだよ」
この二人は両想いだ。それはもう皆分かっている。ただ、リアンがいつまでも煮え切らないのだ。いい加減鬱陶しい。
本当は今のライラの結婚の話はアリスの咄嗟の小嘘である。ライラがダニエルに振られた後は、ゲームでも設定集でも描かれていない。
けれどリアンには効果てきめんだったようで、青ざめた後おもむろに立ち上がり、かつらを脱ぎ捨てた。
「行ってくる!」
「おう! 行ってらっしゃい!」
「いよ! 男前!」
アリスとポールはリアンの頼もしい背中を見送って、こっそりと親指を立て合う。
リアンは修羅場を見守る野次馬を押しのけて中央に躍り出た。
「ライラ、遅くなってごめん。ノア様も、ありがとうございます」
「遅いよ、リー君。ごめんね、ダニエル君。僕とライラは付き合っていないよ。ただ、君にはどうしてもライラから手を引いてもらわなきゃいけなかったんだ」
「何、だと⁉ 嘘だと? 俺をだましたのか⁉」
「騙した? うん、そうだね。騙したね。そのおかげで君がどんな人間か、ここに居る人たちに知ってもらえたし、明日にはチャップマン家の領民は皆知る事になるんじゃない?」
ノアの一言にあちこちから拍手が起こった。
分家とは言え、チャップマン家はチャップマン家だ。ダニエルが商会を継いだが、リアンだってここの人達からしたら大事な次の領主だし、本来ならリアンが継ぐはずだった商会である。
それを面白くないと思っている領民は絶対に居るはずだ。
案の定、まるで今までのうっ憤を晴らすような拍手にダニエルはたじろいだ。
「君ね、仮にも一商会の当主でしょ? それがさ、こんな所でさ、結婚したら浮気します宣言なんてしちゃってさ、どうなるかとか全然考えない訳? 学生ならまだいいよ。若気の至りでいくらでもやり直しがきくけど、君、既に家を継いじゃってるからもうきかないよ? そんな言い訳」
容赦のないノアの言葉にダニエルは黙り込んだ。怒ってるのか悔しいのかは分からないが、今まで散々馬鹿にされてきたライラの仇だ。これぐらいは許されるだろう。それに、チャップマン商会の実権をリアンに渡すと宣言してもらわなければならないのだ、今、ここで。
「ダニエル君さぁ、悪いけど君、当主向いてないんじゃない?」
「なっ!」
「ノ、ノア様⁉」
突然の宣言にリアンもライラも驚いた。ダニエルも固まったまま動かない。そんなダニエルに一歩近寄ったノアが、ダニエルの耳元で何かを囁く。それを聞いた途端、ダニエルはハッと顔を上げて声高らかに宣言した。
「ライラ、お前とは婚約を破棄する! 理由はお互いの性格の不一致だ。そこで提案なんだが、代わりにリアンと婚約しなおしたらどうだ? そしてリアン、俺と共同経営者になろう!」
突然手の平を返したダニエルにポカンと口を開けていたライラとリアンだったが、アリスに後ろから石をぶつけられたリアンが慌てて言った。
「その提案を飲もうと思う。ライラ、嫌だったらちゃんと言って。僕でいい?」
「う……うん!」
顔を真っ赤にしたライラに、リアンも耳まで真っ赤にしながらそっぽを向く。
「言っとくけど、僕はあの父さんの息子だから、多分すごく執念深いから、覚悟しててよね」
「うん! 大丈夫! 私もだから!」
そう言ってリアンに抱き着いたライラをドレス姿で受け止めたリアンに、通りは拍手で埋め尽くされた。
「一件落着だね!」
「うまくいくもんだなぁ」
「兄さまの考えた策に穴なんてないよ! いっつも一杯用意してるってキリが言ってたもん」
「へぇ~。あれで男爵家か~」
面白い物を見たとばかりにポールはココアを飲み干した。
「よし! お祝いにあの三人にもココア買ってきてやろっと! ついでに、あの子にも」
そう言ってポールは群衆の輪から離れて悲し気に目を伏せる少女に目をやった。さっきまでダニエルと嬉しそうにアクセサリーを選んでいた少女だ。
ポールがココアを買いに走っている間、ダニエルが少女に近づいた。
少女の前で頭を下げて何か言って渡している。それを受け取った少女は泣きそうな顔をしながらも華のように微笑んだ。
それを見てアリスは思い出す。ダニエルは浮名を沢山流していたが、別れた子達と険悪になった事は一度もないのだ。それは、その時だけとは言えダニエルは本当にその少女達に恋をしていた証拠で、決して悪い人間ではなかったから。
ヒロインに出会うまでダニエルは浮名を流すが、ヒロインと出会った途端、それまでの遊びをピタリと止める。人が変わったようにヒロインだけを愛してくれる、典型的な俺様キャラ。
まあ、アリスはやはりあの手のタイプは苦手なのだが。
「おつかれさま~! そしておめでと~!」
アリスは戻ってきたライラに正面から抱き着くと、リアンをチラリと見て、ふふふ、と不敵な笑いを漏らした。
「なに?」
「んーん。リー君もおめでと」
「べ、別に今までと大して変わんないでしょ」
「ふ~ん? 別にいいけど~」
からかい交じりにそんな事を言うアリスをリアンが睨んでくるが、いかんせん彼はドレス姿だ。どんなに睨んでみても迫力は全くない。
そこへノアと何故かダニエルが一緒に戻ってきた。
「お待たせ。ダニエル君、君は君の馬車で戻りなよ」
「え? 別にいいだろ? おれもこっちので帰る」
そう言って乗り込んできたダニエルはアリスを見て目を輝かせた。
「え、この美少女誰?」
「アリス。僕の妹だよ。手を出したらさっきの話は無かった事にするから、肝に銘じておいてね。まあ、君に手に負えるような子じゃないけど」
ノアの言葉にリアンとライラが真顔で頷いた。からかいも何もない、完全に無の顔で頷かれたら、流石のダニエルもおっかなくて手がさせない。
「そ、そうなんだな。ま、まあ、よろしく、アリス」
「ど~も~! よろしく、このくされ外道が!」
「ねえ、もうちょっと我慢できなかったの⁉」
「アリス! も、もういいってば!」
「いいや、良くない! 謝った⁉ 今までのライラへの仕打ち、あんた謝ったの⁉」
急に初対面でこんな事を言われたことがないダニエルは一瞬キョトンとしていたが、次の瞬間怒りだす。
「し、失礼な女だな! さすがあんたの妹だ!」
「そうでしょ? もう可愛くて可愛くて」
「話が通じない! リアン! なんなんだ、こいつら!」
「何と言われても……友達?」
リアンの言葉にアリスとノアが顔を輝かせた。
「兄さま、聞いた⁉ キリよりも珍しい、リー君のデレ!」
「聞いた。帰ったらルイスとカインに自慢してやろっと」
「あーもー! うるさいうるさい! やっぱり友達じゃない! 他人だよ、他人!」
やがてポールが戻ってきて馬車が帰路につく。ダニエルは何故かさっきからノアにべったりだ。一体ノアがダニエルに何を言ったのかが大変気になる。