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第64話

「すご~い! 可愛い建物がいっぱいだぁ~~!」

 アリスは被った帽子が脱げそうになるのを押さえながら窓から身を乗り出した。そんなアリスの腰をノアがしっかり支えてくれているが、ぱっと見はお転婆な小姓を捕まえる主そのものだ。そう、アリスは今男装している。そしてリアンは女装しているのだ……。

 リアンは自分の恰好を見下ろして大きなため息を落とす。この歳になって女装が似合いすぎる自分が怖い。かつらを被ってドレスを着たたけの簡単なものだが、エントランスの肖像画にそっくりになってしまって言葉もない。

「リー君は私よりも美人さんね」

 弾んだ声でそんな事を言うライラだが、それは誉め言葉ではないだろう。

「何言ってんの。本物の女子に敵う訳ないでしょ」

「それは遠まわしにライラちゃんの方が可愛いよって事?」

 向かいの席でニヤニヤするノアをフンと鼻息であしらって、熱を持つ頬を冷ます為にリアンも窓から少しだけ顔を出した。

 久しぶりに見る町の風景は、リアンがここを出た時から何も変わっていない。のどかで退屈で、空気が綺麗だ。はらはらと舞い落ちる落ち葉がより町の景色を幻想的に見せている。

「さ~て、問題のダニエル君はどこに居るのかなぁ~?」

 アリスはそう言って馬車からじっと外を見ているが、探す、というよりは狩りをしている時の目だと気付いたのは、リアンだけではないはずだ。

「言っとくけど、あんまり変な事にしないでよ? ダニエルには伯爵になってもらわなきゃなんだから!」

「分かってるよ。そんなヘマはしないよ、僕もアリスも。ちょこーっとお灸を据えるだけ」

「あんた達の、そのちょこっとがさぁ~」

 不安しかないのだ。そんな言葉を飲み込んだリアンがため息交じりに外を見ていると、通りの向こうにダニエルらしき人物を発見した。

「ライラ! あれ、ダニエルじゃない⁉」

 リアンの声に窓から半分ほど身を乗り出したライラは、目を細めて確認するように一点を凝視している。

「ほんとだ。既に女の子連れてる」

「ちょうどいいね。ここで降りるよ」

 そう言ってノアは御者のポールに降りる事を伝えると、ポールは機嫌よく馬車を止めてくれた。事情を聞いて、楽しそうだと自らこの役をかって出てくれた稀有な人物である。

 ライラとノアが馬車から降りて通りに手を繋いで出て行くのを見守ると、急いで三人はその場を離れた。

「スパイごっこみたいで楽しいな! で、俺達はどっから監視する?」

 誰よりも乗り気なポールに苦笑いしながらリアンはダニエル達の居た通りの一本奥の通りに馬車置き場がある事を伝えると、ポールは嬉々としてそこへ向かった。

「はぁはぁ、楽しくなってきた。ね!」

「おう、それにしても婚約破棄させて略奪とか、たまらねぇな! やっぱスパイには飲み物と食べ物は必須だな! 俺、ちょっと買ってくるわ!」

 そう言ってポールは通りに飛び出して、ダニエルとニアピンしてその背後を走り去って行った。なかなかの度胸である。

「いや、ちょっと違うけど……まぁ、いっか」

 本当にルイスの御者なのか? と疑う程の興奮具合だが、アリスと気が合うのだ。何もおかしくない。

 二人は通りから顔を出してそっと成り行きを見守る。

 ダニエルは女の子と腕を組んでアクセサリーを見ていた。いかにも遊び人な雰囲気にはさらに磨きがかかっている。

「あれが攻略対象ねぇ」

「私、一番苦手だったんだ」

「そうなの?」

「うん。だって、めちゃくちゃ自分勝手なんだよ! ちょっとでも機嫌損ねたらすぐに臍まげて好感度下がんの。結局ダニエルが行きたいって言ったとこ全部制覇してりゃクリア出来た超お手軽キャラだよ」

「へ、へえ」

 物凄い言われ様だが、本人のダニエルも大体そんな感じだからリアンは何も言えなかった。そして改めてこの世界は物語なのだと実感する。

「あんたはさー、この世界が物語だって分かってどう思った?」

「んー……あぁ、転生したのかぁ~って。大好きなお話だったけど、困ったなぁって思った」

「どうして? 大好きな話なのに?」

「だって、憧れは憧れだよ。それになりたいとは思わないよ。ていうか、そういうタイプの憧れって訳じゃなかったっていうか。未来を知ってるってさ、つまんないよ」

 自分がどんな選択をすればどのルートに入るのかが分かり切った未来など、何も楽しくない。 

 ここが『花冠』の世界だと知らなかった頃は、きっと毎日ワクワク出来ていたはずだ。今アリスに過去アリスの記憶はないが、日記を読めば過去アリスがどんな風に思って毎日過ごしていたのかがよく分かった。

 シャルルに会う為だけに行動していた過去アリス。本心ではどう思っていたのだろう? そうやって少しでも現実逃避して過ごすしかなかったのではないだろうか。

 どうやっても抜けられないループにはまってしまって、諦めていたのかもしれない。

「そっか。そんなもんなんだね」

「そんなもんだよ。大好きなお話の世界だけど、私は今はここに生きてる。皆と繋がりが出来たんだから、それを大事にしたいし今はもうここが私の現実だよ」

「そうだよね。ここは現実なんだ。これが最後のループになるかもしれないなら、後悔しないようにしないとね。せっかく巻き込まれたんだから、最後まできっちりとここで生きたいし」

 強い目をしてそんな事を言うリアンに、アリスは満面の笑みで頷いた。

「うんうん! やっぱりリー君に話して良かった! あ! ポールさんが戻ってきたよ」

 こそこそしながらポールに手を振ると、ポールは笑顔で戻ってくる。

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