リビングは今まで居たエントランスとは違い、やはり客を通すところだからか少しだけ豪華だ。
「リー君、ブリッジとドンも入って良い? 足拭こうか?」
「別に構わないよ。ブリッジもドンもお客様には変わらないんだから」
「さすが! そうだよな! ドンブリも立派な家族だから!」
「あんたはペットの話になったらテンションあがりすぎ。ほら、お茶の用意が出来てるから座って。父さん呼んでくる。お茶でも飲んでて」
そう言ってリアンはリビングを出ると、父の書斎に向かった。
しばらくしてリアンがリトとリビングに戻ると、そこでは既に皆がくつろいだ様子で談笑している。
「申し訳ありません、お待たせしました」
優雅にお茶を嗜んでいる面々に頭を下げたリトに、ルイスもカインも、気にしないでくれ、と手を振る。
「そう言えば父さん、ダニエルは?」
「ん? ああ、彼は町だよ。いつもの病気だ」
「ああ」
冷めた目でお茶を飲むリアンに、一同は首を傾げる。
「いつもの病気って?」
「女の子漁りに行ってんの。ダニエルはどこに行ってもまずは女の子漁りするから」
「リアン! その言い方は流石に――」
「間違っちゃいないでしょ?」
止めに入ったリトの言葉をリアンはあっさりと否定した。
「なるほど。丁度いいかもね」
「?」
何かを思いついたのか、ノアが口の端を上げ、ライラに向かってとんでもない事を言い出す。
「ライラちゃん、今だけでいいから僕の恋人になって」
「は、はい⁉」
ノアの突然の提案にライラを始め、皆がギョッとしたような顔をした。
「ちょっと待って! なに企んでるの?」
「企むなんて人聞きの悪い。リー君、目には目を歯には歯を、だよ」
「?」
「そんな訳だからライラちゃん、ちょっと町までデートしに行こうか」
「え、えぇ⁉」
ノアの意図が分からないライラは顔を赤くしたり青ざめたりして忙しい。
「ライラ様、ダニエルにノア様を恋人だと紹介してください。お嬢様から聞いたダニエルという人物像は、ワガママで自分の思い通りにならないと臍を曲げる器のかなり小さい男だとお見受けしました。でしたら恐らく、自分の物が人の手に渡るのは我慢出来ないタイプなのではないか、と」
「そ、そうです、けど」
「なら話は簡単です。ダニエルにノア様を恋人だと紹介して、結婚をしても別れる気はないと告げてください。それだけでいいです。後はノア様がいつものようにダニエルを丸め込んで婚約破棄に持ち込むので」
「キリ、言い方。まあ、そういう事。簡単でしょ? ダニエルの前でだけでいいから、僕と君は今から恋人だよ」
そう言ってノアはライラの手を取って、甲に軽いキスを落とした。お互いに手袋越しだとは言え、恥ずかしくて俯いたライラを見てノアは目を細める。
そんな様子を見ていたルイスとカインが意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「ダニエルも可哀相に。一体どんなお灸をすえられるのやら」
「全くだ。会った事もないが、ダニエルに少し同情するぞ」
そんな事を言いながらも優雅にお茶を飲む二人は、完全に面白がっている。
「ねえ、その役どうしてあんたなの?」
「ん? だって、僕しかいないでしょ? カインとルイスは論外だし、従者の中から適当に見繕ってもライラちゃんの家名を落としかねない。だったら男爵家の僕が妥当じゃない? リー君でもいいけど、リー君お芝居出来るの? 出来ないよね? それに、リー君で行っちゃうと本当に結婚まで行きついちゃうよ?」
「そ、それはそうだけど……でも……」
何だか腑に落ちない。どうしてそんな気持ちになるのか、理由が分からないまま黙り込んだリアンをライラが心配そうに覗き込んでくる。
「あの、リー君、わ、私頑張る! さっきルイス様やカイン様にもあんな風に言えたんだもん! ダニエルにだって負けないから!」
「……うん。ライラがいいなら、それで……」
珍しく煮え切らない態度のリアンを押しのけて、ライラにアリスが飛びついた。
「ライラ! こっそり後ろから見守ってるからね! もし危なくなったらすぐに助けてあげる!」
「ありがとう、アリス。とても頼もしいわ!」
冗談ではなく、本気で頼もしい。ライラはアリスを抱きしめ返すと、皆でノアの考えた計画を練りだした。
「リアン、お前たち本気なのか?」
計画のあらましを聞いたリトは不安そうにリアンを呼び出した。
「本気だよ。父さんはスコット家の財産がダニエルに食い潰される事になってもいいの?」
「いや、そうは思わないが、しかし……そんなにうまくいくか?」
「いく。いや、いかせる。大丈夫、僕もこっそりついて行くから」
心配そうな父を励ますように、アリスがいつもやる親指だけを立てる仕草をすると、リトは小さく微笑んだ。
「そうか。気を付けてな。じゃあ俺は計画通りにスコット家にすぐに連絡を入れておこう」
「うん、お願いね。変な事に巻き込んでごめん」
「なに、お前の将来にも繋がるんだ。一枚噛めるのなら、それほど嬉しい事はない」
「そ、か。じゃあ、お願いね」
軽く手を上げて挨拶をすると、リアンはその場を立ち去った。一応、変装しておこうと言い出したのはアリスだ。急いで準備をして表に待たせている馬車に乗り込むと、そこには既にアリスとノア、ライラが座っていた。あまり大人数で行っても良くないだろうと人数を厳選した結果、この面子になったのだが、不安しかないリアンである。