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第62話

 屋敷の前では寒いだろうに一人の男性がこちらに向かって大きく手を振っている。

 それを見つけた途端、リアンがおでこを押さえて低く呟く。

「父さんってば……もう、恥ずかしい……」

「なに! リー君の父上か! しっかり挨拶せねば」

 まだ馬車の中だというのに立ち上がろうとしたルイスをカインが苦笑いしながら止めた。

「早いから。あーやっぱリー君と似てるね。綺麗な顔してるわ」

「え?」

 父親と似ていると言われるのは初めてだ。目を丸くしたリアンにカインが笑った。

「なんでそんなに驚くの? 親子なんだからそりゃ似てるでしょ」

「いや、僕はずっと母親似だって言われ続けてきたから……」

 それが嫌で家を飛び出したのだ。亡くなった母親に似ているせいでずっと皆がリアンに母の面影を探しているようで、耐えられなかった。

「いや、そりゃお母さんにも似てるだろうけどさ、全体的にお父さんそっくりじゃない?」

「そ、そう?」

「うん」

「そっか」

 何だかおかしくなって笑ったリアンを見てカインは首を傾げている。

 馬車が屋敷の前で止まると、こちらから開ける間もなくリアンの父、リトが勢いよく馬車の扉を開いた。

「リアン!」

「……父さん、ただいま」

 何だか照れ臭くてそっぽを向いたリアンに、リトは構わず手を伸ばしてくる。こういうお姫様扱いが嫌なのだ! そう思ったのに、それになんの躊躇いもなくルイスがその手を取った。

「はじめまして、リー君の父上、私はルイス・キングストンと申します。この度は随分無理を言ってしまい、申し訳ありません。滞在中、どうぞよろしくお願いします」

「はじめまして。カイン・ライトです。よろしくお願いします」

 リトの手を取って馬車から降りたルイスは、見た事も無いぐらい美しい礼を取る。それに続いてカインも馬車から降りて挨拶すると、リトの目はもうまん丸だ。

「リ、リアン、こ、これは一体……?」

 差し出した手を引っ込める事もなくリトは青ざめてリアンに問う。

 今回の帰省には友人を連れてくるとは聞いていたし、人数も聞いた。かなりの大所帯になるから、宿を何部屋かとっておいてほしいとも。しかし、その友人が王子と次期宰相だとは聞いてない!

「言ってなかったっけ? 後ろの馬車の人達がルイス様の護衛だよ。寒いからそろそろ中入ろうよ」

「リ、リアン!」

「ほら早く! 皆、こっち」

 リアンの掛け声に皆がゾロゾロと歩き出す。

「あ、お騒がせしてすいません。リアン君にはお世話になっています。ノア・バセットとアリス・バセットと申します。今後とも、どうぞよろしくお願いします」

「リー君には仲良くしてもらってます! よろしくお願いします!」

 リトはまだボーっとしながら今しがた挨拶してきたノアとアリスに目をやった。

 リトの何か言いたげな顔を見て察したノアは簡単に付け加える。

「あ、ご心配なく。うちは男爵家なので、なにもお構いなく」

「あ、ああ。ありがとう、それを聞いて安心したよ」

 いつまでも屋敷に入って来ないリト達にしびれを切らしたリアンが出て来ていつもの調子で怒鳴った。

「寒いんだけど! 早くってば!」

 こちらに向かって叫んでくるリアンを見て、リトがようやく表情を緩めた。

「あんな子だが、どうぞよろしく」

「もちろんです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げたノアを見て安心したように笑ったリトは、アリスの隣にぴったりと張り付いているライラを見つけて目元を綻ばせた。

「ライラ! 随分久しぶりだ! すっかり綺麗になって!」

「叔父様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、元気だとも! そうか、リアンの奴、君が来る事も伏せていたな?」

「あ、それは多分……」

 言い淀んだライラを見てリトは何かを察したように頷いた。

「ダニエルだろう? ライラ、本家の事だから口出ししまいとは思っていたが、お前は本当にいいのか? もし嫌なら――」

「ちょっと! いい加減に入ってこないと落ち葉ぶつけるよ!」

 そう言ってこちらに向かって落ち葉を投げてきたリアン。それに応戦しようとしたアリスを止めて、ようやく一同は屋敷の中に足を踏み入れた。

 チャップマンの屋敷は豪華な調度品がある訳でもなく、どちらかというと簡素で余計な物が一切無かった。それが返って何だかはっきりとしたリアンの家らしくて思わず微笑んだアリスにノアが首を傾げる。

「なんだかここでリー君育ったんだなって。余計な物が無くてすっきりしててリー君みたい」

「確かに。リー君は白黒はっきりしてるもんね」

「この家の事をそんな風に言うのはあんた達だけだよ。質素で何もないだけだから」

 ため息をついたリアンに、それまで部屋の中をウロウロと歩き回っていたルイスが首を振った。

「いや、そんな事はないぞ。数少ない調度品を見る限り、君の父上はかなり見る目があるようだ。この壺なんて、相当いい物だぞ」

 そう言って壺の曲線をルイスとカインはしげしげと眺めている。

「こっちのランプもなかなか……リー君のお父さんは目利きだね」

「そ、そんな事ないって。たまたまでしょ!」

 こんな風に手放しで褒められるほどの物はない。そう思うのに、何だかこの二人に褒められるのはとても嬉しい。

「リー君、たまたまではこんなにも質の良い調度品は集められないよ。ほら、ダニエルにも挨拶しないと。お茶とか用意してくれてるんじゃないの?」

 ノアが急かすと、リアンは渋々頷いてリビングに案内してくれた。

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