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第61話

 ダニエルの話を聞いた一同は、皆ダニエルの事をよく思っていない。

 今回の旅の目的はダニエルを伯爵家に戻す為の糸口を見つける事だが、それと同時にライラとの婚約破棄も含まれている。

 山も中腹に差し掛かった頃、ノアが馬車の窓から顔を出して叫んだ。

「アリス! そろそろ上着を羽織りなさい! 風邪ひくよ!」

 すると、御者台からすぐに機嫌のよい返事が返ってきた。

「はぁ~い! 兄さま~!」

 アリスはノアに言われた通りいそいそと上着を羽織ると、寒さに震えているドンを服の中に詰め込んでやった。馬車に乗る前にキリから手渡された防寒着は、裏起毛になっていてとても暖かい。ドンも気に入ったようで、胸元から顔だけ出して鼻から黒煙を噴いた。

「ブリッジは寒くない?」

「ウォウ!」

 全然大丈夫だ! と言わんばかりに尻尾を振ったブリッジの頭を撫でたアリスは、寒そうに手を擦り合わせる御者に、やはり裏起毛で出来た、狩りをする時に使う大きめの手袋を貸してやった。

「悪いな、嬢ちゃん」

「いいよ。私はポッケに入れとくから!」

 すっかり仲良くなった御者は王城専属の御者らしく、今回の旅について色々と話をしてくれた。最初はルイスが嫌がったため、こっそり見守るのはどうか、などという話も出ていたらしい。流石王子様である。

 けれど御者は皆嫌がったそうだ。何故ならチャップマン家の領地は凍土があるような場所だ。御者など寒くてやってられない。そこで白羽の矢が立ったのが、彼、ポールである。

「最初はどうなる事かと思ったが、嬢ちゃんが隣に座ってくれたおかげで楽しい旅になったよ。ありがとな」

 そう言ってポールは人好きのする笑顔で言った。それにアリスは笑って頷く。

 ちなみにポールは昨夜、半日聞き続けたアリスの歌にうなされて深夜に何度も目を覚ましたのだが、それは黙っておくことにする。それどころか今日は何だか一周回ってアリスの歌が癖になってきている自分に気付いて愕然としている訳だが、そんな事をアリスは知らない。

 やがて山も頂上を超えて下りになると、視界は一変した。

 今までごつごつした石ばかりだった景色が、一瞬で紅葉が美しい景色に変わったのだ。

 バセット領でも紅葉シーズンは綺麗だが、流石にここまでではない。一面の紅葉にテンションの上がったアリスは、とても令嬢とは思えない声を上げて喜んだ。

 一方、馬車の中では。

「あんたの妹、なんか雄叫びあげてるけど?」

「狼の遠吠えみたいなものです」

「そうそう。テンション上がってるんだよ。そっとしといてあげて」

「まあ、あんた達がいいんなら別にいいけど。あれ、絶対嫁の貰い手ないよ」

 ズバリとそんな事を言うリアンにノアとキリは深く頷いた。

「だから僕も結婚はしないって誓ってる。アリス養わないと。親もいつまでも生きてる訳じゃないし」

「そうですね。私は結婚したいですが、バセット領を離れるつもりはありません。あのお嬢様込みで許してくれる方を探すつもりです」

「そんな人いる?」

「ノア様、世界は広い――はずです」

「ねえ! あんた達既にそんな未来思い描いてんの⁉ 可哀相すぎるんだけど⁉」

「俺の婚約者がキャロで良かったと、心の底からそう思うな」

「俺も。普通の子、探そ」

「酷くない? 二人とも」

 ポツリと言ったルイスとカインにノアとキリが苦笑いを浮かべる。確かにアリスは変わっているかもしれないが、そこまでだろうか? 本気で分からないとばかりに首を傾げたノアにルイスとカイン、リアンは憐れみの目を向けた。

「わ、私はアリスはとても可愛いと思うわ!」

「顔はね。でも他がちょっとね」

「そ、そんな事ない! リー君はアリスの良さが分からないんだわ! アリスほど素直で忖度のない子は貴族の中には居ないもの。それに、アリスは初めてできた私のお友達なの! リー君でもルイス様でもカイン様でも、アリスの事を悪く言うのは許さないわ!」

 珍しく顔を真っ赤にして拳を握りしめて叫んだライラに、リアンは驚いたような顔をしているし、ルイスとカインもお互いの顔を見合わせて、困ったような顔をしている。

「ライラちゃんはほんとに良い子。その調子でこれからもアリスとは末永く仲良くしてやってね。アリスにとっても、きっと君とキャロラインが初めての友達だろうから」

「は、はい! もちろんです!」

 顔を真っ赤にして俯いたライラは、小さな深呼吸をして息を整えた。

 まさか自分がこんな風に誰かの為に怒るとは思わなかった。いや、それ以前に自分の意見をここまではっきり言ったのは初めてではないだろうか。ましてや相手はかなり格上の人達だ。それに気づいたライラはサーっと青ざめて、慌ててルイスとカインに頭を下げた。

「ご、ごめんなさい」

 唐突に謝ったライラにルイスは一瞬キョトンとしていたが、すぐに笑いだす。

「いや、いい。今のは俺達が叱られて当然だ」

「だね。友達の事をあんな風に言われたら嫌だよね。こちらこそ、ごめん。でも信じて欲しいんだ。俺達は口ではこんな事言ってても、アリスちゃんは色々規格外だけど良い子だって事は、ちゃんと分かってるから。親しみを込めての軽口だから、それだけは誤解しないでね」

「は、はい」

「僕は本気で言ってるけどね。ていうかライラ、ダニエルにもそんな風に言えばいいじゃん。この二人に言えるんだから簡単だと思うんだけど」

「そ、そうかな?」

「そうだぞ、ライラ。ダニエルにはお前の言葉に怒って極刑に処する事は出来ないんだ。思う存分、思いの丈をぶつけてやるといい」

「きょ、極刑……」

 さらに青ざめるライラを見て、ノアがにっこり笑った。

「ルイス、言い方。でも、そうしたら話は早いと思うよ。まあ、今はまだ言うタイミングではないかもしれないけど、もっと自分の事を他人に伝えていいんだよ」

「そうです。お嬢様を見てください。普段から言いたい事言って、したい事をしてるのでストレスフリーですよ」

「それは君もじゃないの? キリ」

「そんな事はありません。私はお嬢様に言いたい事の半分は黙っています。ストレスでやつれそうです」

 胸を押さえてため息を落としたキリを見て、ずっと黙っていたオスカーがとうとう噴き出した。

「あれで⁉ あれで我慢してるの⁉」

「してますよ。何なら一日従者を交代してみますか? 胃がすぐにチクチクすると思いますよ」

「いや、それは遠慮しとく」

 すぐさま断ったオスカーに、全員が笑った。気が付けば、リアンの家はもう目の前だった。

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