いよいよ、待ちに待った長期休暇がやってきた。
「ねえ、本当に来るの? 本当の本当に?」
リアンはまだしぶとくルイスとカインに実家に来ないで欲しいというアピールをしていた。
「リー君は諦めが悪いな! もう既に馬車の中だと言うのに!」
「ほんとにね。いい加減、諦めな。先輩命令だよ」
「ぐっ」
爵位命令ではなく先輩命令だと言うカインには好感がもてるが、やはりそれとこれは話が別だ。この二人も大概心配だが、もっと心配なのが約一名居る訳で――。
リアンは馬車の小窓からそっと御者台を見た。そこには変な歌を歌いながらリボンを振り回すアリスが居る。
「……あいつ、どっかで落ちないかな……」
「縁起でもない事言わないでください、リアン様」
珍しくアリスを庇うようなキリの発言にノアも頷いた。ヤバイ、今のは流石に失言だった。怒られる。咄嗟にそう思ったのだが。
「そんな事になったら、末代まで祟られますよ」
「そうそう。怨霊アリスになっちゃうよ。撤回しときなね」
「僕の心配⁉ ありがとう! ごめんなさい、嘘です」
素直に謝ったリアンにノアは笑って頷いた。そして付け加える。
「それにね、リー君。アリスがこんな馬車から落ちてどうにかなると思う? 落ちても走って追いかけて来て、笑って言うんだよ。あはは! 落ちちゃった~って。ね? 怖いでしょ?」
ノアの言葉にキリとオスカーまでもが頷く。
「……」
その言葉に皆が絶句したのは言うまでもない。怨霊の方がまだマシだ。
「リー君、大丈夫よ。アリスはちょっと変だけど悪い子じゃないんだし、そんなに心配する事ないわ」
「あれをちょっとって言うの、絶対ライラとこの人ぐらいだからね⁉ あと、キリ」
リアンはそう言ってノアを指さした。指を指されたノアはキョトンとしている。
「え? 心外だな。僕はアリスの事を少しも変だなんて思ってないよ。もしかして皆、アリスの事変だと思ってるの?」
ありえない! とでも言いたげなノアに黙り込んだ一同だったが、流石はキリである。
「すみません、私は常々思っています」
「え!」
「その反応に、え⁉ です、ノア様。流石にそこは自覚していてください」
この非常識な従者も大概な訳だが。そんな言葉を飲み込んだ一同はキリの言葉に深く頷いた。ある意味ではアリスよりもノアの方が変わっているのかもしれない。
長期休みに入るなり、ルイスの護衛(少な目)が学園にやってきた。
彼らはズラリと横一列に並んで、一斉にリアンに頭を下げて言った。
『この度のお招き、我々護衛一同、大変嬉しく思います。短い期間ではありますが、ルイス様共々、どうぞよろしくお願いいたします』
『や、止めて! 目立つからほんとに止めて!』
予想もしていなかった事態にリアンは慌てた。後から聞いた話では、ルイスは最初はやはり護衛を連れて行くのを渋っていたらしい。
けれど、リアンが連れて来ないのならルイスは泊めないと言い出したため、渋々王専属の騎士団の中から精鋭たちだけで作った隊を組んだ。そして、今に至る。
ルイスの専属護衛は『王の赤の騎士団』の中から武力に優秀な者達で組まれている。
騎士団長はルーイ・ロイド。今年で三十六歳になるらしい。そしてルイスの従者、トーマスとは既知の仲だそうで、王城に居た頃はよく二人で飲みに行っていたようだ。
出発の日にいきなり押しかけてきた護衛は、今はチャップマン家の狭い馬車にギュウギュウに詰め込まれている。
というのも、チャップマン家の用意した領一番の最高の馬車は、護衛の乗ってきた馬車には到底及ばなかった。そんな訳で馬車を出発直前に交換したのである。
「むさくるしそうだなぁ~」
どうにかチャップマン家の馬車に乗り込んだ騎士たちを見てカインが苦笑いを浮かべると、ルーイは真面目な顔をして首を振った。
「これも修行の一環ですよ、カイン様。ところで、あの元気なお嬢さんは?」
そう言ってルーイは、いそいそと護衛の乗ってきた御者台に上るアリスを見て怪訝な顔をしている。
「ああ、あれがアリス・バセットだ。親父から聞いてないか?」
答えたのはルイスだ。リアンがいくら止めてもルイスが駄目だと言っても、ライラが涙ぐんでもアリスは御者台に乗るのだと言って聞かなかった(ノアとキリは止もしなかった)。
「ああ、あの……聞いてます。実地訓練での動きが凄かったとか」
悔しそうに何かを思い出したルーイ。たかが男爵家の、しかも少女をあんなにも王が褒めた事などない。いや、半分ぐらい面白がっていたが。
一度会ってみたいとは思っていたが、まさか自ら御者台に上るようなお転婆だとは思っていなかった。
「今回の誘いを俺達に振ってくれたのはバセット家だ。お前たちも失礼のないようにな」
「はい。心得ています」
そう言ってルーイは護衛達と共に狭い馬車に乗り込んで、ずっと窓の外を眺めていた。
窓の外を流れる景色がどんどん田舎臭くなっていくのを見ながら、時折聞こえて来るアリスの馬鹿笑いに耳を澄ませる。笑っているという事は、御者の者と何かを話しているのだろうが、どうやら相当盛り上がっているようで、その度にルイスが馬車から顔を出して何か大声を張り上げている。
「すげー声だねぇ」
「な。ここまで聞こえてくるんだもんな。しっかしヘタクソだなぁ。これあれだろ? 夕凪の調べだよな?」
「え? 自然の恵みじゃねぇの?」
同僚たちも苦笑いしながら拍子の外れた奇妙な歌に耳を傾けて笑っているが、ルーイだけはしっかりと顔の筋肉がうっかり崩壊しないように耐えた。これも鍛錬だと自分に言い聞かせながら。