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第55話

 矢のように日々は過ぎていく。あの実地訓練から学園の生徒の雰囲気は少し変わった。未だに階級主義の者ももちろんいるが、圧倒的にそういう人達は減った。クラスの仲もガラリと変わり、あのイザベラが最近ではアリスとライラに話しかけてくるようになったのだ!

 学期が変わるといよいよ魔法訓練が始まった。大体の生徒は攻撃系の魔法なのだが、中にはアリスのように特殊な魔法に秀でている者もいる。とはいえ、そんな学生は本当に少数だ。

 実際、アリスの学年にはそんな特殊な魔法を使う者はアリス以外にはおらず、結局イーサンとマンツーマンの授業になってしまう羽目になってしまった。

 グランドの真ん中で皆がド派手な魔法を使ってキャッキャしているのに、アリスときたら隅の方でどこから集めてきたのか、猫や犬などの動物にひっそりと魔法をかけている始末である。

「おお~いいぞ、バセット。その調子だ。もう少し力を弱めてみようか」

「はぁい」

 面倒そうに言いながらも魔法をかける瞬間は真剣だ。真剣に推しの顔を思い浮かべている。

「うん、いいな。調整が大分出来るようになったな。じゃあ次は犬と猫を交互に整列させることはできるか?」

 そう言ったものの、それが出来れば最早洗脳である。出来ないでいてくれ、そう思うのに、アリスはそれをいとも簡単にやってのけてしまった。

「す、すごいな。そうか……出来るのか……すごいな……」

 この力は悪用されればとんでもない事になる。イーサンはゴクリと喉を鳴らした。

 交互に並ばされた犬と猫はどうして自分がそんな気になったのか不思議なようで、しきりに首を傾げている。

「ちょっと早いかとは思ったが、俺にかけてみてくれ。そうだな、普段絶対にやらない事がいいな……突然走り出すとか。出来るか?」

「先生を走らせるの? 分かった。やってみる」

 アリスは目を閉じて両手をイーサンの肩に置いた。魔法を使い始めて分かったのだが、範囲的に使う時と単体に使うのとではやはり魔力の消費が全然違うようだ。

 アリスは思い描いた。薄い本を買いに駅から走ったあの日を。いわゆる始発ダッシュである。とは言え、初っ端から派手に転んでからはもう二度としていない。やはり、危ない事はするべきではないと齢十六歳で悟ったのだ。

 しかし今はイーサンに魔法をかけなければならない。アリスは強く始発ダッシュを思い出してカッと目を開く。

「売り切れるぞーーー!」

 その途端、両手が光り、イーサンに白い光がふりかかる。

「お? 別に何とも……いや、走りたいな。早く行かないと売り切れるもんな!」

 何故自分でもそう思うのかは分からないが、イーサンは何かに急き立てられるように走り出した。もちろん、どこに向かうのかは分からないし何の為に走り出したのかも分からないが、無性に走らなければ! と思ったのだ。

 意識はハッキリしている。今は授業中でアリスの魔法の練習をしていたはずだ。その間にたまたま、無性に走りたくなった。それだけだ。突然走り出したイーサンを見て、中央で魔法練習をしていた生徒はギョッとしているが、そんな事など構いはしない。とにかく走りたいのだ!

 しばらくイーサンはグラウンドをグルグル走っていたが、ふと立ち止まった。

「ぜぇ、ぜぇ、う、嘘……だろ……? はぁ、やば……しんど……」

 縺れる足でアリスの元へ戻ると、アリスは暇そうに猫をボールに乗せてサーカスの曲芸みたいな事を教え込んでいる。

「お、おま……な、なに、やって……」

 もう歳だな。全力で走っただけでこんなにも息が切れるとは。ゼェハァ言いながらアリスの隣に腰を下ろしたイーサンの手に、アリスはどこから持ってきたのか冷たい水の入った竹筒を渡してくる。

「ど、っからこんなもん……」

「この子達に持ってきてもらったの。先生、凄い汗だよ、大丈夫?」

 この子達と言って撫でたのはアリスの傍らに居る犬と、その上にまたがっているドンだ。

「話が通じるのか? ドラゴンは」

 アリスが拾ってきたというドラゴンの噂は学園内でも話題になっている。

 最初は学園内でドラゴンを飼育するなどとんでもない、と校長は反対したが、ルイスとカインとアランが揃って頭を下げに来た上に、あの実地訓練の日にロビンから直々に学園で保護するように、とのお達しが出てしまい校長は頭を抱えていた。あの様子だと、どうにか学園から追い出そうとしていたようだが、残念な事にそれは叶わなくなってしまった。

「うん。ある程度は理解してるみたいだよ」

「へえ、賢いもんだな」

 犬の方は完全にドラゴンの足扱いになっているが。

「これ、コーギーだよね?」

「コーギー? なんだそりゃ。ただの足の短い野犬だろ?」

 この出島は元々は動物たちのパラダイスだった故に、こうして学園内にはその名残とも言える野犬や野良猫、ウサギなどがしょっちゅう入り込んでくる。人に慣れて生徒や教師達から食べ物をもらってそのまま居つくものもいるし、食べ物だけ貰ってさっさと山や森に帰るものもいる。後から来たのは人間の方なので、誰も追い払ったりはしない。

「そういう犬種だよ。可愛いよね~! このアンバランスさ! 顔だけ見たらイケメンなのに、体見て、え? ってなるとこが最高に可愛い!」 

 ドンの乗っている犬。これは明らかにコーギーである。この短足さと丸太のような胴。尻尾はあるが、アリスは何だか懐かしくなってコーギーの頭をワシワシと撫でた。

「ウォン!」

「誉めてるんだよ~! はぁ~顔おっきい!」

 体高は小型犬なのに分類は中型犬という、何とも不思議な犬である。そしてそこにずんぐりしたドンが乗っているという事で、可愛さ倍増である。恐らく、ライト家とミアが見ると鼻血ものなのは間違いない。

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