「は~い、お手を触れないでくださいね~。ところでルイス、どうだったの? 質問集役に立った?」
「ああ、ノアの言う通り、全部覚えておいて正解だったぞ!」
「そう、そりゃ良かった。これで学園内にはルイスとキャロラインの関係を否定する人も少なくなったと思うし、キャロラインの株は上がってるはず。次はチャップマン家か」
「そうだ! それなんだが、次の休みにリー君の所に行くだろう? その帰りに少し寄り道したいんだが、構わないか?」
ルイスの問いかけに皆首を傾げながらも頷いた。
「それは別に構わないけど、どこ行くの?」
「俺んちだ! 母さんからの呼び出しがかかったんだ」
出来るだけ軽いノリで言ってみたが、言った瞬間周りの温度がグッと下がった。
「あんた本気⁉ あんたんちって、どこか分かってる⁉」
「ルイス、まさか王城にアリス連れてく気? 僕はどうなっても知らないよ?」
「私もノア様に賛成です。止めておいた方がよろしいかと」
「俺は別にいいけどさー、ノアの言う通りどうなっても知らないよ?」
「あ、あわわわわ!」
皆それぞれの反応だ。まあ、分かっていた。どんなに軽いノリで言っても、事態は変わらないのだ。そんな中、アリスの反応だけが違った。
「お城! お菓子出ます? 食べた事ないようなおっきなケーキとか!」
「お? おう、おっきいケーキが出るかどうかは分からんが、お菓子ぐらいは出るだろう」
答えを聞いた途端、アリスの顔がぱぁぁっと輝いた。その顔を見た途端、ノアとキリは深いため息をつき、キャロラインが同情を含んだ眼差しでルイスの肩をポンと叩いてくる。
「あーあ。僕しーらない」
「一応、僕は止めたからね」
「私も止めました。ではノア様、家の方にはそのように伝えておきますが宜しいですか?」
「うんお願い。秋だからね。アリスが帰って来なくてホッとする人達いっぱい居るんじゃない?」
「言えてますね。秋のお嬢様は厄介ですから。もしかしたら領地ではお祭り騒ぎになるかもしれません」
何やら不穏なワードをばんばん言うノアとキリにルイスがサーっと青ざめるが、そんな事は知った事じゃない。何故なら、当のアリスは既に行く気満々なのだ。
「ねえ待って。その前にうち来るんでしょ? 秋のこの子、どうなんの? 猛獣にでも変身するの?」
恐る恐る問いかけて来るリアンにノアがニコっと笑う。ようやく最近気づいたが、ノアがこんな風に笑う時は、絶対に碌でもない時だ。
「そうだったね。リー君、秋のアリスは暴飲暴食アリスに変身するんだよ。下手したら畑掘り返して作物盗ってくから気を付けてね」
「その代わり金貨や銀貨を埋めていく習性があるのでご心配なく」
「何で金貨埋めてくの⁉ 親切なのか盗人なのか分かんないよ!」
「お、おいノア、そ、それは畑だけの話なのか?」
「大体畑に出没するけどね。でも厨房の食材は要注意だよ。朝起きたら食材が全部見た事もない料理に代わっていたっていう事件が多発してたから」
「愉快犯じゃん! 絶対外に出しちゃ駄目な奴でしょ⁉」
「大丈夫です。どの料理も大抵は美味しいので。ただ、量が半端ないだけで」
そう言ってキリはこの珍事件が起こった年の秋を思い出した。
あれはアリスがまだ六歳の時だ。
あちこちの畑から作物が無くなる代わりに硬貨がザクザクと埋められていたのだ。律儀な事に、多くも少なくもなく、ちょうど正規の値段を置いていくのである。最初は喜んでいた領民も次第に気味が悪くなって夜通し畑を見張っていると、深夜に寝間着で徘徊するアリスを見つけた。捕まえて尋問したところ、お腹を鳴らしながらアリスは呟いたと言う。
『お腹……減った……』と。
それを聞いた領民達はそれからこの時期になると毎年、少し多めに作物を植えてやっている。
まるでお供え物のように玄関先に籠に入れて置いておいてくれる家も少なくない。アリスは律儀にその籠の中にお金を入れて野菜を持って寝ぼけ眼で帰ってくるのである。
「何が怖いってね、当のアリスはその事を全く覚えてないんだよ」
「……病気じゃん」
「なので私達も怒るに怒れないのです。三日分の食料が全て調理されてしまっていても、注文した覚えのない齧りかけの食材がお嬢様と一緒に布団を被っていようとも」
「キリはまだいいよ。僕なんてそのせいで何度深夜に起こされたか。あの恐怖分かる? ペタペタ音がしてるなーって思ったら突然鳩尾にかぼちゃが落ちてくるんだよ。僕よく生きてるよね? いや、ほんとに」
何かを懐かしむようなノアとキリに皆青ざめている。やっぱりヤバイアリスは寝ている時でさえ危ないらしい。
「まあ、とは言え秋だけだよ、アリスがそんな事するのは。ね?」
「うん! だって、お小遣い足りないもん!」
なんなら秋の為にお小遣いを貯めていると言ってもいいほどだ。
「もう一つ怖い話があります。お嬢様が持ち帰った作物は、必ず次の年に市場でバカ売れするのです」
「ど、どういう事?」
「つまり、他所から出荷される数が例年よりも何故か減るのです。だからそこをついて大儲けできる、という訳です」
「そうそう。だから皆アリスが何持って帰ったか色んな野菜置いて調べるんだよね」
凄い能力だとは思うが、自分の領地ではされたくない。誰もがそう思っていたのはバセット家には内緒である。
「……どうしよう、思った以上に珍事件だった」
リアンの言葉に皆頷く。
「い、言っとくけど、うちにはそんな大層な野菜ないからね!」
「野菜に限らないよ? 玉子取りに行ったら無かった、とか、牛のお乳の出が悪いなと思ったら既に搾乳された後だったとか」
「あんたの妹、怖いんだけど⁉ 普通寝ぼけてんのにそこまで出来る⁉」
無理だろ。そう思うのにアリスならありえそうと思ってしまう程度には毒されている。
「豪快な寝ぼけ方するな~アリスちゃんは。じゃ、ルイスんとこ寄って帰るって事でいいのかな?」
「お城のお菓子~!」
既に喜んでしまっているアリスを見てノアとキリが反対する訳もない。元々カインはどちらでもいいようだし、ここでリアンとライラが反対だと言った所で、どうにもなるまい。
「分かったよ。それでいいよ、僕は」
「わ、私も……が、がんばります!」
「ライラ、ごめんなさいね、私が付いて行けたらあなたの肩の荷ももう少しマシだったかもしれないのに……」
そう言ってキャロラインはライラの頭をよしよしと撫でた。それに感動したライラはブンブンと音が鳴りそうなほど首を振る。
「とんでもないです! そのお気持ちだけで私はもう、嬉しくて!」
「そう? アリスが迷惑をかけたらすぐにノアに言うのよ? リー君でもいいから、絶対に一人で対処しては駄目よ?」
まるで熊や狼や幽霊に会った時のような対処法である。
「は、はい!」
ガシっと手を取り合った二人は頷きあった。それを見てまたアリスは頬を膨らませている。
「二人ともズルい! 私も仲間に入れてよーー!」
無理やり二人の間に割り込んだアリスは、右手にキャロライン、左手にライラの手を繋いでご機嫌だ。そんなアリスを見てキャロラインもライラも、ミアでさえ笑ってしまった。