そんな訳でノアは実地訓練が終わるやいなやキャロラインに言った。
「キャロライン、ルイスと一緒に狩人にお礼言って回ってきて。改善案を通すために必要な事だから」
そう言えばキャロラインは二言返事で頷く。そしてルイスにはこう言った。
「この後で改善案の決を取るけど、その時にこの改善案を言い出したのはキャロラインなんだってさりげなくアピールしておいてね。キャロラインの聖女への道への第一歩だから」
ルイス的にはキャロラインの婚約者という地位を揺るがないものにしておきたい。曲がり間違ってもアリス派など出て来てもらっては困るのだ。だからこそこの提案には賛成だった。今までの自分であれば功績に繋がりそうな手柄は自分のものだと言い張っただろうが、それをしたが為にアリス派が生まれてしまったというのなら、多少尻に敷かれる系の王子だと思われるぐらい、どうという事はない。
そんな水面下での画策が功を奏して、無事に改善案は生徒の過半数以上、いや、ほとんどの生徒の賛成をもぎ取る事に成功した。
「よし! では、父さんに署名をもらってくる!」
改善案に校長からの署名をもらったルイスは、意気揚々と食堂でイカリングを貪っているルカの元へと向かった。
「父さん、お食事中失礼します」
「おお、ルイスか! どうした?」
「ちょうどいいので、これにサインをお願いします。あと、カインから聞いているかもしれませんが、奨学金制度の話が通ったら、ライト家でそれを引き受けたい、と」
突然話を振られたロビンはイカリングを頬張ったまま頷いた。
「ええ、聞いています。各地の領主に任せるという手は考えなかったのですか?」
「それも考えました。しかし、最初から全てを領主に任せて良いものか、と。今はまだ試験的な段階なので、統括する家が必要だろうと考えました。何よりも金銭が絡む事なので、しっかりとした家が保管すべきだと」
本当は財政から金を借りるだけ借りて返さない不届きものが絶対に出て来るから、という理由だった訳だが、流石にそれはこの場では言えない。
絶対に聞かれるからこう聞かれたらこう言うんだよ、と渡されたノアのノートには引くほどの質問と答えが書き出されていた。それをルイスはコツコツと暗記してこの日の為に準備していたのだ。
「もちろん、試験が上手くいきこの取り組みは効果的であると立証されれば、各地の領地においおいは任せていきたいと思っています」
「その時に領主はいいと言いますか? 面倒がるのではありませんか?」
「いえ、必ず言います。自分の領地に宝が眠っているのかもしれないのです。嫌だと言うはずがありません。長い目で見てみてください。自分の領地から王城に召し上げられるような者が出れば、領主はそれだけで自慢になるし、目に見えない名誉と言う報酬を受け取ったも同然です。教育を受けた側も同じです。本来なら資金が無くて学校に通えるはずではなかった所を、奨学金で学校に通えたという恩を領主に抱くようになります。領主からすれば無償で名誉というお宝を手に入れ、領民からすれば莫大な未来の資産を領主に与えられたも同じこと。それが分かっていて嫌だと言うでしょうか?」
「――なるほど」
どちらにとっても都合がいいという事か。ロビンは頷いた。学生の考える事だから細かい穴はあるが、なかなかよく考えられている。
「それに、国としても大きな利になる筈です。どの分野にも突出した者がいる。それを教えてくれたのはバセット家です。いえ、あそこの者は少し怪物じみていますが……」
視線を伏せてそんな事を言うルイスを見てルカは噴き出した。
「ごほ! はは! お前、友人をそんな風に言うな」
「で、ですが父さん、父さんも見ていたでしょう? あの家、本当に変なんですよ!」
「いや、うん。分かる。確かに化け物じみていたな! シェフにも聞いたぞ。この料理の発案もバセット家なんだって?」
「ええ。イカリング、美味しいですよね。トーマスがとても気に入ってますよ」
ポロリと零した言葉にルカは目を丸くした。
「お前、自分の従者の名前をいちいち覚えているのか?」
「え? ええ、はい。一番近い場所に居る人物なので、俺としても彼を信頼しているし、彼にも信頼されたいので。それに、この間彼を酷く傷つけてしまったんです……その事が忘れられなくて……」
あの日の言葉はトーマスだけに投げた言葉ではなかったが、はっきりとトーマスの顔は傷ついていた。それがルイスには未だに忘れられない。
「そうか。ちゃんと謝ったか? 私のメイドはそれはそれは怖い人でな。子爵家の者だったんだが、いつも悪さをすると物差しを持って追いかけてくるんだ。でもな、私はそんな彼女を一度だけ酷く傷つけた事があったんだ。それをずっと後悔していて、今も後悔している。お前はそうなるなよ」
そう言ってルカは何かを懐かしむように遠い目をした。
ルイスはこのメイドを知っている。直接会った事はないが、幼い頃は毎月、決まった日に王城の裏庭の墓に手を合わせに行っていたからだ。今でもルイスは休みの日に帰ると、この墓に一番に手を合わせに行く。メイドの墓が庭にあるというのは普通なら考えられない事だが、誰もそれには触れないし、話さない。
けれど、父にとってはあの墓はとても大切なものなのだという事が分かるから、同じように自分も大事にしたいと思うのだ。
「……はい。トーマスにはきちんと謝罪をしました。今では一日の最後に一緒にお茶を飲んでお菓子を食べるのが習慣になりつつあります」
「従者とか?」
「はい。彼は従者である前に一人の経験豊富な人間で、俺よりもずっとよく物事を知っているので、彼と話しているのはとても勉強になるんです」
「……そうか。それは良かった」
随分とルイスはルカの知らないところで随分と成長していたようだ。こんな風にルカも出来ていれば、何かが変わっただろうか?
眩しそうに目を細めてルイスを眺めていたルカだったが、ふとルイスの持っている書類に目をやった。