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第49話

そう、正体は紐にくくりつけられたドンだった。そしてそれを操るのは他の誰でもない、アリスだ。

 アリスはゼッケンを握りしめたドンをマグロの一本釣りの要領で引っ張り上げると、そのまま崖の上まで放り上げた。それをキャッチしたのは崖の上でカインと一緒に待機していたオスカーである。

 それを見た途端、ルイスの周りの狩人たちはざわめき始めた。

「じゃね、リー君」

 それだけ言い残してノアとキリは混乱に乗じて崖の端の方から駆け降りると、あたふたしてルイスの側から逃れようとして森に逃げる狩人を片っ端から狩っていく。

「うわーエゲつない」

「楽しそうだなぁ~行きたいなぁ~」

 あまりにも羨ましそうなオスカーの声にカインは肩をすくめてドンを受け取り頷く。それを見た途端、オスカーもまた嬉しそうに崖を駆け降りて行ってしまった。

「あっちもエゲつないけど、こっちもなかなか……」

「アリスってば……」

 崖の中腹に居たアリスは何かに狙いを定めるように崖から飛び降りると、スッとキャロラインの背後に回り込み、あっという間にキャロラインのゼッケンを奪ったかと思うと、そのまま物凄いスピードで駆け出した。もちろん駆け出したら狩人は追いかけてくる。

 アリスは追いかけてくる狩人を確認して大きな石の影に回り込んだ。それを見た狩人たちはニヤリと笑ったのだが、次の瞬間にはこれが罠だったのだと悟った。そこに待ち構えていたのは生き残っていた鬼たちだ。

 石の上に立ったアリスは、海賊の親分にでもなったつもりで叫ぶ。

「野郎ども! やっちまいな~!」

「うおぉぉ!」

 アリスの一言に鬼たちは奮起した。そこに森の入り口で残党を狩りつくしたノア達が混ざり、辺りは阿鼻叫喚だ。

「おお! 作戦成功だな~」

 カインは目を細めてその光景を見ていた。ノアがカインに鬼を数人集めて今から言う場所に配置してほしいと言って来た時には何事かと思ったが、なるほど、こういう事だったのか。

 その後アリスが生き残っている鬼をあの石の後ろに集めてくれと言い出した時には、やはりノアとアリスは兄妹なのだなと実感した。まさかドンにルイスのゼッケンを取らせるつもりだとは思っていなかったが。

「ふはははは! 逃げろ逃げろ~~! 逃げ惑え~~~!」

「アリス、それ完全に悪者のセリフだよ」

「ノア様、我々は鬼なのであながち間違ってはいないかと」

「それもそっか」

 三人はそんな事を言いながら次々に狩人のゼッケンを奪っていく。鬼の団体の中にはさっきアリスに声をかけてきた鬼もいたが、流石に喋る元気はないようで、世間話をしながら狩りを続けるノアとキリ、常軌を逸した動きをするアリスにドン引きしている。

「そうれ! 一本背負い~」

 真正面から突っ込んできた狩人の襟首を掴んだアリスは、そのままの勢いで担ぎ上げて地面に落とす。狩人は何が起こったのか分からないままアリスにゴロンとうつ伏せに転がされてゼッケンをもぎ取られた。

「ははははは! まだまだ甘いわ!」

 どこかの師匠のような掛け声に狩人がカッとなったのは言うまでもない。

「くそ! ちょこまかと逃げやがって!」

 二人の狩人がアリスを追いかけた。アリスが逃げた先には崖の壁がある。女一人、追い詰めてしまえばどうという事はない。そう思ったのに、アリスは全くスピードを緩める事なく崖を駆け上がり、途中で宙返りをして狩人の後ろに着地した。

「ざ~んね~ん!」

「!」

 ハッと思った時には既に二人のゼッケンを握りしめてアリスは立ち去っていた。

「うわぁ……アクロバティック~……」

『こうしないとアリスについていけないの』そう言ったノアの横顔を思い出したカインは、崖下で暴れるアリス達を見ながら呟いた。

「キリ、兄さま、手!」

「はい」

「はいよ」

 アリスの号令と共にノアとキリは手を組んで腰を落とす。そこに躊躇う事なく飛び乗ったアリスをノアとキリが打ち上げると、アリスは追い掛けてきていた狩人たちの頭上を軽々と飛び越えて着地するついでにゼッケンを奪った。

「わぁ、曲芸師みた~い!」

「私もそう思った! 凄いね、アリス!」

 リアンと同じ意見だったライラが手を叩いて喜ぶと、リアンは思わず突っ込む。

「誉めてないよ! 嫌味だよ!」

「お前たち、ここから見学していたのか」

「お、ルイスとキャロラインおつかれ~」

「してやられたわ……ところであれは、私達と同じ人間なのかしら?」

 尋常じゃない動きをする三人、いや、オスカーも入れて四人に目を丸くするキャロラインに頷くルイスを見てカインは苦笑いを浮かべた。

「いや、ここに来るまでも凄かったから。ていうか、ノアは今まで随分手を抜いてたんだなー」

 いつもの実地試験でノアがここまでの動きをする事はない。だから知らなかった。普段はニコニコ笑って柔和な印象なのに、まさかここまで動けるとは正直思っていなかったのだ。そしてそんなノアが追い付けないというアリスは最早人外レベルである。その二人についていくキリも相当だが、何よりも一番驚いたのは、流石に三人には劣るものの、結構動けるオスカーに一番驚いていた。どうやらそれはロビンも思ったようで、遠くからでもそれが分かるほど口をあんぐり開けてオスカーを見ている。

「オスカーさん! 背中貸して!」

「え⁉ は、はい!」

 アリスに突然声をかけられたオスカーはその場で腰を折った。そこに遠慮なくアリスが乗っかったかと思うと、そのまま崖に張り付きガシガシと崖を登り始めた。

「あ、あの子は虫か何かなの⁉」

 そのあまりの光景に絶句したキャロラインはアリスの行動を震えながら見守っていた。もちろん、怒りの震えである。

 崖の中腹まできたアリスはその場で仁王立ちしてじっと周りを見渡す。

「三時の方向、岩陰に一人! 六時の方、木の陰に二人、十一時、四人!」

 アリスの怒鳴り声に瞬時に反応したのはやはりノアとキリだ。少し遅れてオスカーも走り出す。それに続くように他の鬼たちも動き出した。

 最初はこの作戦への参加を渋っていた者もいたのだが、あまりにも圧倒的な戦力を見せつけられた後では従う他ない。それに少しずつ勝利が見えてくると、やる気の無かった生徒までだんだん楽しくなってくるから不思議である。

 やがて、狩人は誰も居なくなった。それを認めたイーサンは、試験終了の鐘を鳴らす。その途端、鬼側から勝利の雄叫びが沸き起こった。

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