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第46話

「アリス! どうだった?」

「私、鬼! ライラは?」

「私は狩人だったわ。アリスが味方だったら心強かったのに残念……」

 前回の実施訓練でのアリスを思い出したライラは頬に手をあてて悩まし気に眉を下げた。

「大丈夫だよ。ライラを襲う時はびっくりさせないように襲うね!」

「……うん、お願い」

 何だかもう既に襲ってくる気満々のアリスにライラは苦笑いを浮かべる。そこに隣のクラスのリアンが白いゼッケンを持ってまた戻ってきた。

「ライラはどっち、って。うわ、あんた鬼なの?」

「リー君も狩人かぁ! ようし、リー君襲う時もゆっくり近づくね」

「そんな簡単に狩られないよ」

 フンと鼻を鳴らしたリアンだったが、後からゾロゾロとやってきた面子を見て早くもその決心を鈍らせた。

「アリス―! あ、鬼だ! 一緒だね」

「兄さま! 兄さまが居るなら勝ったも同然だわ」

 ノアの手には赤いゼッケンが握られていた。鬼だ。その後ろに続くキャロラインは白。ルイスも白だったが、カインは赤いゼッケンを持っている。

「アリスちゃんも鬼か。残念だったね、ルイス。一縷の望みをかけてたのにね」

「くそ! リー君、ライラ、作戦会議だ! 来い!」

「アリスとノアが敵……かなり手強いわね。行きましょう、リー君、ライラ」

「……あんた達までリー君呼びなの? もういいよ、どうでも……行こ、ライラ」

「う、うん」

 世界広しと言えど、多分次期王と次期王妃候補に愛称で呼ばれているのはリアンぐらいではなかろうか。そして気づけば恐れ多くも自分も呼び捨てにされている……。冷や汗をかきながらライラはリアンと共にその場を立ち去った。

「さて、こっちも作戦会議とやらをする?」

 おかしそうに目を細めていたノアが言うと、カインがおどけたように笑った。

「作戦なんていらないでしょ。ていうか、アリスちゃんに作戦なんて覚えられると思わない」

「その通りです、カイン様。我々はお嬢様の補佐に回るぐらいに考えておいた方がいいと思います」

「カイン様、鬼なんて久々ですね! ちょっとだけワクワクします」

 突然現れたキリとオスカーに無言で驚いていたカインだったが、二人の手にはしっかりと鬼のゼッケンが握られている。ノアの戦いぶりはよく知っているが、はっきり言ってアリスとこの従者の戦いぶりを見た事がないカインは、キリの言葉に半信半疑で頷いた。アリスがいくら戦術に長けているとは言え、所詮は女子だ。

 そう思うのに、ノアとキリはそうは思わないようだ。

「お、おい! 今回はこっちにあの女と従者がいるぞ!」

「マジか! よし、行こうぜ!」

 どこかから聞こえてきた声に振り返ると、数人の騎士家系の少年がこちらにやってくるのが見えた。

「えっと、バセット、だっけ? お前、今回は仲間だから一応、作戦会議に入れてやるよ!」

「……誰? 私、作戦とかいらない。片っ端っから狩ればいいんでしょ?」

「……」

 二人の少年はアリスの言葉を聞いて目を丸くした。いや、そうだが。その通りなのだが。あの時はよく見えなかったが、間近で見るアリスは大変可愛い。そしてこんな小動物みたいな女に負けたのかと思うと、悔しくなる半面、不思議な感情が沸き起こってくる。

「お、俺達は騎士の家系なんだ! 守ってやるって言ってんだよ!」

「そ、そうだそうだ!」

 負けたくせによく言うものである。

「いらないよ、大丈夫。それよりもちゃんと狩人のゼッケン取ってよ⁉ 捕まったりしたら承知しないからね!」

「お、おう。当然だろ」

「お前こそ、俺らの足引っ張んなよな!」

 それだけ言って少年二人は去って行ってしまった。一体何がしたかったのか。

 白けた目をしていたノアがアリスに向き直って言った。

「アリス、好きなだけ暴れていいよ。僕とキリがサポートするから」

「うん! 楽しみだね!」

「そうだね。でも怪我には気を付けてね。それからカイン、僕達について来ようとしなくていいからね。足手まといになるの目に見えてるから」

 しっかり釘を刺すノアにカインは頷いた。ついて行こうにも、それは絶対に無理だと分かっている。そんなカインに満足したようにノアが頷くと、皆でスタート地点に移動した。

「アリス髪が邪魔でしょ? おいで、結ってあげる」

「うん。ありがとう、兄さま」

 丁寧にアリスの髪を手で梳いたノアは、手早く一つにまとめてそのままクルクルとお団子にしていく。

「どうぞ」

「ありがとうキリ。はい、完成」

「ありがとう兄さま」

 キリから受け取ったピンでアリスの髪をまとめたノアは、自身の前髪もピンで留めた。

「戦闘態勢だなぁ」

 いつもの光景に苦笑いを浮かべたカインにノアが笑った。

「今回はこっちもだね」

 そう言って履いていた靴を脱ぎ去ると、腕まくりを始める。

「いや、どんだけ本気なんだよ?」

「こうしないとアリスについていけないの。言っとくけど、アリスの本気舐めると痛い目見るからね」

「……お、おう」

 珍しく真顔でそんな事を言うノアにカインは曖昧に頷いた。そしてふとあの公園でした話を思い出す。

『お嬢様はここではこんな事言ってますが、実際にその時になったらアサシンのような動きをするので』確かキリはそう言ってなかったか? 

「な、なあ、殺しちゃ駄目だからな? 誰にも怪我させないようにな? 二人とも」

 急に不安になってきたカインが言うと、アリスは華が咲いたように良い笑顔を浮かべた。

「大丈夫ですよ! 手加減は出来るだけしますから!」

「だ、そうだよ。万が一の為に僕とキリがサポートするけど、もし転がってる狩人見かけたらカインは回収して救護テントに運んでやってね」

 その言葉にカインだけでなくオスカーも神妙な顔をして頷いた。ノアがここまで言うのだ。多分、よっぽどだ。

 そしてカインは、スタートの鐘が鳴ったと同時に姿を一瞬で消した三人の後始末に向かうのだった。

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