スミスにお礼を言って寮に戻った一同は、そのままルイスの部屋に集まった。リアンとライラは部屋の前には来たものの、所在なさげにしばらく扉の前でウロウロしていたが、後からやってきたカインに押されるようにして部屋の中に入ってくる。
「ちょ、押さないでよ!」
「いつまでもウロウロしてるからだよ。ほら、二人とも座った座った」
すっかり階級の垣根など取り払った様子のリアンに好感を持ちながらも、カインはいつもの席に座った。
「一体なにごとだ? 突然やってきて部屋を提供しろだなんて」
「だってここが一番広いじゃん。二人増えたからここでないと、ね?」
「ルイス様、こ、このお菓子食べてもいいですか⁉」
すっかりさっきまでの雄叫びの事など忘れたアリスは、机の上にズラリと並べられたお菓子に唾を飲み込んだ。
「アリス、ちゃんと手を拭いてからだよ」
「うん! 兄さまにも取ってあげる。どれがいい?」
「僕? じゃあ、そのアーモンドが乗ってるやつにしようかな。アリス、半分こしよ」
「うん! キリは?」
「私はそのチョコレートのがいいです」
すっかり仲直りした三人はお菓子を選びながらキャッキャしていると、それを怖いものでも見るような目でライラが見ていた。
「あ、あの、かろうじてアリスとノア様は分かるんだけど……キリさんも?」
従者が主人と一緒にお菓子を食べる? その光景がライラには異様なものに映ったようだ。
「ああ、不思議な光景だろう? 流石に外ではそうはいかないが、ここに居る間はそういうのは全て無しだ。お前たちも遠慮しないでほしい。とはいえ、キリは少々順応しすぎだが。見ろ、トーマスのこの引きつった笑顔を」
「イ、イエ、私ハ……ハイ、ソノ……」
片言でルイスの言葉に反応したトーマスは、ノアの隣にちゃっかり座っているキリを見て、さっきからずっと冷や汗を流している。
「誰かが率先しなければ、何も変わらないままです。私だって苦渋の選択です」
何だかカッコいい感じの事を言ったキリを見てノアが噴き出した。
「そんな事言って、このチョコレート食べたかっただけでしょ? 誰よりも先に自分で淹れた紅茶飲んでるし」
「バレたら仕方ありません。部屋の主からの許可は貰っているので、遠慮などしていたら損します。大体同じ人間なのに、どうして私だけチョコレートを食べられないなんて事が起こるのでしょう? おかしくないですか?」
「いや、主従関係ならそれがふつー……」
「リアン様、その主人がOKを出してくれているのです。そうですよね? お嬢様」
あえてここでノアには聞かないのがキリの小狡い所である。
「うん。美味しいものは皆で食べよ~」
その一言で場の空気が和んだ。
「ミア、あなたも座りなさい。キリやルイスの言う通り、ここに居る時点で立場は無いも同然。だからこの会議の場ではこれからもあなた達は自分の仕事を忘れてちょうだい」
そう言ってキャロラインは周りを見渡して、それぞれの従者としっかり視線を合わせた。
「だってさ、オスカー。いっつもどおりでいいぞ~」
「分かった。てかカイン、ちょっとそっち寄ってくんない? 狭い」
主人であるカインをグイっと両手で押したオスカーを見てトーマスは悲鳴を飲み込んだ。キリに続いてオスカーまでも……ふと見ると、ミアも嬉しそうにキャロラインの隣に座り、まるで友人同士のように話に華を咲かせている。なるほど、皆案外見えない所ではこうなのかもしれない。
「ルイス様、私も座っても?」
「勿論だ! お前の意見も聞きたいからな」
この中では一番年上のトーマスの意見もこれから先必要に違いない。何と言っても自分達はまだ子供で、大人とは視点が違ったりする。そこをトーマスには補ってもらいたい。
「さて、で、アリス。さっき聞きそびれたんだけど、森でシャルルに会ったって?」
突然のノアの言葉に皆強張った。
「そうよ。私もそれを聞きたいわ」
「うん。あのね、さっきスミスさんの所で畑作業してたんだけど、休憩しようとして小屋に入ったらキリに怒られてね」
「お嬢様、そのくだりはいりません。要点をまとめて分かりやすく説明してもらえますか? だからお嬢様は国語がいつも赤点なんですよ」
「そ、その情報こそ今はいらなくない⁉」
「二人とも。そこまでだよ。アリス、続けて。小屋を出たらシャルルを見かけて追いかけた。そこまでは僕も知ってる。その先を教えて」
「うん。森の奥にドンちゃん見つけた洞穴があったでしょ? あそこの裏側に多分、温泉があってね、そこでシャルルが『気配はしたのに……』って。そこで急にシャルルが振り返って見つかっちゃったんだ」
あのシャルルの冷めたような馬鹿にしたような視線は、確かにアリスの知らないシャルルだった。シャルルは確かに3では敵になるが、それまではとても優しい美青年なのだ。
「それで? 何もされなかった?」
心配そうなノアの声にアリスは頷くと続きを話した。
「うん、それは大丈夫。でもね、変な事言ってた」
「変な事?」
「うん。『この世界はどうですか?』って。それにね、『今回はあなたには味方が沢山ついているので、いい所までいくかもしれません。ですが、恐らく今回が最後ですよ。貴方達が記憶を持ったままループ出来るのは』って言うから私聞いたの。どういう意味? って。そしたら、『そのまんまの意味ですよ。この世界にもとうとう介入者がやってきてしまった。思ったよりも早かったですね』。それだけ言って蝶々になって飛んでっちゃった」
アリスの言葉に部屋の中に沈黙が落ちた。皆青ざめているが、ノアだけはそこに少しだけ怒りが混じっているようにも見えて、アリスがそっとノアの手に自分の手を重ねる。
「それだけですか?」
「うん、それだけ。全く意味が分かんないでしょ?」
「介入者……介入者……?」
呪文のようにルイスは何か呟いている。
「このループに今回は介入者がいるって事だろうね、単純に考えて。それが誰か分からないけど。思ったより早いっていうのも、よく意味が分からないな」
「介入者って、今までのループには居なかった人って事?」
カインの言葉にオスカーが付け足した。その言葉を受けてアランが慌てて宝珠ノートを取り出した。
「一応、なんですが、宝珠の一回目から順に登場人物を順に書き出しておいたんです」
「でかしたぞ、アラン!」
そう言ってルイスはノートをめくり読み始めた。どれぐらい読んでいたのか、終いにはそのノートをノアに投げて寄越した。
「よく考えたら記憶の無い俺が見ても分からないな。キャロかアランにしかこれは分からないのではないか?」
書き出されているのはあくまでも宝珠に出て来た人達だけだ。
けれど、ここに居るのは従者も含めて2の登場人物の親戚と婚約者も居る訳で……。
「一番怪しいのは僕だね」
それまで静かに紅茶を飲んでいたノアがはっきりした口調で言うと、皆息を飲んだ。
「ノ、ノア?」
「だってそうじゃない? 従者はこの際外して、ゲームの登場人物だけ見てよ。登場人物ではない人物となると、僕。あと、リアン君」
「ぼ、ぼくぅ⁉ ちょっと、止めてよね! 濡れ衣だよ!」
「うん。リアン君だったとしたら登場が遅すぎるし、こちらからモーションをかけたからね。君じゃないよ。となれば、残りは一番怪しいのは僕だね。初期からいるし」
「ま、待って! 兄さまはだって、顔も名前も出て来ないけど確かに私の兄さまだよ⁉ 設定集にはちゃんとアリスには兄が居るって書いてたもん!」
アリスは必死になってノアの意見を否定した。ノアは名前やスチルこそなかったが、アリスには兄が居る事は確実だ。
「盛り上がってる所悪いんですが、ノアではないと思いますよ」
突然のアランの声に皆がそちらに注目したが、普段注目される事のないアランはそれに戸惑って視線を逸らし、壁を見つめたまま話し出す。
「ど、どういう事だ! アラン」
「宝珠の記録十一回目です。アリスさんが嬉しそうに私に手紙を見せてくれたんです。差出人はノア・バセット。この回のノアはどうやら学園には入らず既に領地を治めていたようで、アリスさんにお菓子やアクセサリーを色々送ってきていたので、存在しているのは確かです。あと二十回目にもノアは登場してますね。ここでのノアはどうやら母親について行った世界だったようで、偶然町で買い物をしていたアリスさんと出会い、そこから文通が始まったとカインに話しています。それで思い出したんですが、その時はカインルートで、アリスさんがカインにその話をしてカインがノアにヤキモチを妬いていました。流石にカインの名誉の為にそこは宝珠には残しませんでしたが」
「ど、どうもね」
バツが悪そうなカインを見てオスカーが何とも言えない顔をしている。
「なるほど。僕には記憶が無いけど、登場はしてるんだね」
「だから言ったじゃん! 兄さまは兄さまなの! 私のなんだからね! 介入者とか訳分かんない人なんかじゃないもん!」
「キ、キリ……鼻血出そう……」
「堪えてください。ノア様でもない。では、誰でしょう?」
グルリと回りを見渡すと、口元に手を当てて何かを考え込むトーマスと目が合った。
「失礼ながら発言しても?」
「もちろんです」
「そもそも、その介入者というのは敵なのか味方なのか、それすら分からない訳ですよね? では、ここに居る人物とは限らない可能性もありませんか?」
「確かに……そうよね。シャルルの言い方だと介入者が来た事によってループが終わるのだとも取れるわ。それは必然的にこのループを起こしている人物が現れたという事ではなくて? むしろノアよりもシャルルの方が怪しいんじゃないかしら」
「え? どうしてです?」
キョトンとするアリスを見てキャロラインは真剣な顔をして頷く。
「だって、あなたは推しを攻略しようと必死だった訳でしょ? でもそのシャルルとはずっと会えなかった。でも今回は初期から登場してるわ。それに、あの人の魔力ならこのループを引き起こしたと言われても納得が出来てしまう」
「た、確かに……」
「では、やはり敵だという事ですか?」
「それはまだ分かりませんが、とりあえず介入者の話は忘れて、今後どうやって皆の爵位を戻すか、ですね。リアン様、ざっくりとでいいので、どうして伯爵位を取り上げられたのかを教えていただけますか?」
落ち着いたトーマスの声にリアンは一瞬顔を顰めて頷いた。