「ノ、ノア?」
怯えたようなカインとルイスとキャロライン。
「そんな怯えなくたって大丈夫だって。悪いようにはしないから」
「そ、そうか……?」
悪いようにはしないとノアは言うが、既に不安しかない。
こうしてリアンとライラは半ば強制的に仲間に引き入れられる事になった。
後にこの時の事を、二人はこう語る。
『兄妹揃って絶対おかしい。人を見た目で判断しちゃいけないんだって、改めて身に染みた。感謝もしてるけど、今後、絶対にバセット家には関わりたくない』
夕食時、ようやく地獄から解放されたリアンとライラは始終無言だった。隣にルイスが座ろうが、正面にキャロラインが座ろうが、もうどうだっていい。何せこの世界はずっとループしているというのだから!
「リアン、これはどうだ? 美味いぞ」
「リアン君はほんと可愛いね。下手したらそこらへんの女の子より可愛いんじゃない?」
「カイン、それは失礼よ。ライラちゃん、大丈夫よ。何も心配しなくていいわ。ダニエルとは私が責任を持って縁を切れるようにしてあげるわ」
放心状態のリアンとライラの心を慰めるようにあれこれ世話を焼く三人を他所に、諸悪の根源であるアリスとノアは相変わらずだ。
「これでダニエルをどうにか伯爵位に持ってって、シャルルを大公にすればいいんだよね?」
「そうそう。にしても問題はダニエルだよ。どうしよっか。女癖が家を没落させそうなほど悪いって、ほんとに最低なんだけど。でもそこ直さない限り難しそうだよね」
ノアの言葉にアリスはしばらくう~ん、と考えていたが、ふとポンと手を打った。
「そうだ! 去勢しちゃえばいいんじゃない?」
「⁉」
そこに居た誰もが思ったはずだ。コイツは正真正銘の鬼だ、と。
その証拠に放心状態でルイス達が何を話しかけても反応しなかったリアンとライラがギョッとした顔をしてアリスを見ている。
「お嬢様、ダニエルは牛や豚とは違うので、流石にそれは難しいかと」
「そっか~無理か~ざ~んねん」
語尾にハートでも付きそうな弾んだ声でそんな事を言うアリスに、誰もがサイコパス味を感じたのは言うまでもない。
「もう、アリス。女の子なんだからそういう事は思っても口に出しちゃ駄目だよ。めっ!」
そしてこんなアリスに動じないバセット家の人間もなかなかである。
「私、絶対にバセット家の教育は間違えていると思うの」
ポツリと呟いたキャロラインにライラが無言で頷いた。そんなライラに気付いてキャロラインはぱぁぁっと顔を輝かせる。
「分かってくださる⁉ やっぱりそうよね? 私は間違えていないわよね⁉」
アリスと親交を深める内にどんどん自分が受けてきた教育が間違っていたのかと不安になっていたキャロラインだったが、ようやく! まともな仲間が!
キャロラインは思わず身を乗り出して恐縮するライラの手を取って喜んだ。そんな二人を見てアリスは頬を膨らませている。非常に心の狭いアリスである。
「全部あんたのせいだ……何でこんな事に……」
「まぁまぁ、リー君、これからもよろしくね!」
「よろしくしたくない! 何で僕が!」
「君だってダニエルには思うところあるんじゃないの?」
「うっ……」
ノアの言ってる事は正しい。正しいのだが、何だか釈然としない。これはもう、さっさと腹をくくった方がいいのかもしれない。そうだ。利用されるんじゃない。こちらが利用しているのだと思えば、まだ気も楽なのではないか。
キッと顔を上げたリアンを見てノアは薄く笑った。まるでリアンの考えている事など全てお見通しだとでも言わんばかりの笑顔にリアンは引きつる。
「いいよ。不本意だけど仲良くしてあげる。で、僕は何すればいいのさ」
「それでこそリー君! あんぽんたんダニエルとはえらい違い! ライラ、どうせ婚約するんならリー君のがいいんじゃない?」
「えっ⁉ そ、それはその……あの……」
顔を真っ赤にして俯いたライラを見てその場にいた全員が確信する。ライラはどうやらダニエルではなくてリアンの方に好意を寄せているのだという事を。それなのにリアンときたら。
「止めてよね。僕はライラの事、そういう目で見た事ないから。だって嫌でしょ? 今までずっと兄妹みたいに育ってきてて、そういう対象にならないよ」
「そうかな? 僕は全然アリスの事そういう対象に見れるけど」
「あんたと一緒にしないで!」
学校でも有名な残念なノアだ。一緒にしないでほしい。そして、もう敬意とかそういうのは既にどこかに行ってしまった。
「リアン君いいね。君のそういう所はとても好感がもてるよ。その調子でルイスにもカインにも言いたい事言ってやってよ」
「当然でしょ! 言っておくけど、勝手に巻き込んだのはそっちなんだからね! 今更爵位がどうこうとか、そういうの言いっこなしだよ!」
腰に手を当ててルイス達に向かってそう言うと、リアンの迫力に驚いたようにルイス達はコクリと頷いた。それを見てノアは満足そうに頷いている。
「ようやく役者が揃ったね。これでルーデリア外にも繋がりが持てる。リアン君、ライラさん、まだ混乱してると思うけど、これからよろしくね」
にっこり笑ったノアを見てライラとリアンはお互い顔を見合わせて渋々頷いた。
週末、アリスはリアンとライラ、ノアとキリと共に畑を整備していた。
「どうして! 僕が! 休みの日に! こんな事! しなきゃなんないのっ!」
「リー君も見たでしょ⁉ あの飢餓エンドの酷かった事! こうやって自給自足の仕方覚えとかないと、大変な事になるんだからね」
そう言ってアリスは鍬を持ち上げて土を耕す。昨日、実家から新しい作物の苗が届いたのだ。
「ていうか、どうしてこんなに畑について詳しいの⁉ あんた一応男爵家でしょ⁉」
何だかんだ言いながらもアリスと共に畑を耕してくれるリアンは、ちょっとツンデレなだけで根はとても良い子なのだ。
「男爵家っていうのはね、リー君。平民をちょっぴり上位互換したぐらいの地位なんだよ。特にバセット家なんて使用人もほとんどいないから、ずっとこうやって自分達の事は自分達でやってきたの。そしたら嫌でも詳しくなるよね!」
親指を立ててそんな事を言うアリスを見て何だか可哀相な子を見るような目をしたリアン。
二人が耕した後をせっせと整地して苗を植えていくノアとライラとキリ。ちなみに、ドンは今日はカインとオスカーと共に飛行訓練をしている。
「上位互換? まあいいや。それは分かったけど、こんなチマチマしてて何か解決する訳? もっとさぁ、こう、何か具体案みたなのないの?」
「リアン君、君の順応力がとても高い事は分かったけれど、物事には順序っていうものがあるんだよ。君には実家を通して具体的にどれぐらいチャップマン商会が傾いてるかを調べてほしいんだけど?」
アリスの顔についた泥を拭きながら言うノアを白い目で見ながらリアンは大きなため息を落とした。
この間、学園に入ってから初めての手紙を父に出した。それを見た父が喜んだのかどうかは分からないが、次の休みには絶対に友人たちを家に連れておいで、などと言い出したのだ。ここで言う友人とはアリスの事である。そう、リアンはアリスの悪口を父に書きしたためたのである。それが父の中では何故かアリスはリアンのとても仲の良い友人なのだと認識されてしまったらしい。この事をリアンはアリスに告げるかどうしようかずっと迷っていたのだが、あんな話を聞いた後では告げない訳にはいかない。
「それなんだけど、百聞は一見に如かずって言うじゃない? 次の長期休み、良かったらうちの実家に遊びに来ない?」
「行く! 絶対行く!」
「あんたに言ってない!」
「ざんね~ん! 兄さまと私はセットだよ! ニコイチだよ!」
「ニコイチ?」
「二人で一人って事! ねえ、ドンちゃんも連れてっていい? 美味しいものある⁉」
ズイっと近寄ってきたアリスに思わず後ずさったリアンに、アリスはさらに詰め寄った。
「リー君の家は寒冷地だから、アリスが期待するようなものはどうかなぁ」
「ライラ! 余計な事言わなくていい!」
「寒冷地……? イモが豊富……後は白菜……大豆……いいね!」
「……うちはイモはあるけど他のは無いね。寒すぎて育たないんだよ」
一年通してほぼ気温の低い寒冷地だ。作物などほとんど出来ないが、その代わりに潤沢に純度の高い氷が取れる。リアンの家はそれで生計を立てていると言ってもいい。
「え⁉ イモだけなの? もったいない! よし分かった。私が苗入手しとくよ! 寒冷地で作った人参とか白菜なんて、他の所で作ったのより断然甘いんだからね!」
意気込んだアリスとは違ってリアンはどこか不審気だ。そりゃそうだろう。リアンはまだアリスの食への執着を知らない。
「そろそろ終わったかのぅ。ほれ、おやつじゃぞ」
寒冷地で育つ野菜についてアリスが語ろうとした所でスミスが声をかけてきた。
「おやつ~! リー君、続きはまた後でね!」
「別にいいよ。じゃあ父さんに言っとく。ライラも来るでしょ?」
急に話を振られたライラは顔を真っ赤にして頷いた。
「お嬢様、手を先に洗ってきてください。あと、服についた泥も外で落としてきてください」
「は~い」
全身泥だらけアリスは素直にキリの言葉に従って玄関から表に出ると、目の端にふと何かが映る。あの透けるような銀髪。あれは――シャルルだ。なぜ彼がここに?