「お待たせ~! ごめんね、突然呼び出して。どうしてもコレ食べてほしくて」
そう言ってクレープを渡すと、リアンは渋々それを受け取って、チラリと視線をルイス達に移した。
「ねえ、聞いていい?」
「うん、いいよ!」
「あんたさ、王族とどんな繋がりがあんの? 男爵家だよね?」
「そうだよ! 繋がりって言うか、血縁とかでは全然ないよ! ただの友達」
「いや、王族と友達とかありえないでしょ」
この階級社会で一体何を言ってるのか。リアンは冷めた目でアリスを見ながら、恐る恐るクレープを齧った。さっきからずっと甘い良い匂いがしていたのだ。
「⁉」
薄く伸ばされた生地の中にはふんだんに生クリームと果物が入っているが、それだけではない。なんだ、この冷たいのは! 驚いてアリスを見たが、アリスはライラに食べさせるのに必死になっている。
「ほら、ライラちゃ~ん、美味しい美味しいおやつでちゅよ~~」
「……」
世話を焼きすぎてライラへの扱いが赤ちゃんにするのと同じになっているアリスは放っておいて、リアンはもう一口クレープを齧る。やっぱり冷たい。美味しい。なんだ、これは。不思議なのは、氷ではないのか、口に入れた瞬間に溶けてなくなってしまう事だ。こんなもの初めて食べた。
「ひやぁ!」
「!」
突然、隣で叫び声が上がった。リアンは驚いて声のした方に視線を移すと、ライラが目をまん丸にして舌なめずりをしている所だった。
「ア、アリス? え? こ、ここは食堂……これは……なに?」
「ライラ~~~~~! お帰りなさい!」
「え? た、ただいま?」
一体何が起こったのか分からないとでもいうようなライラに、アリスは抱き着いてライラの頬に自分の頬をこすり付けている。
「もう! もう、もう! 心配したんだからね!」
「ご、ごめんなさい。ん? リー君もいる……」
「いたよ、ずっと。あのさあライラ、その嫌な事あるとすぐに現実逃避する癖どうにかなんないの?」
そのせいでこちらはどれだけ迷惑を被っているか! 主にこのアリスに!
「ご、ごめんなさい」
「いいっていいって! ちゃんと帰ってきたんなら問題ナシだよ! はい、これライラのね」
そう言ってアリスはライラにクレープを持たせると、ようやく席についてクレープに齧りつく。ああ、美味しい。どうして今まで作らなかったのか……それは大量の氷が手に入らなかったからである。なので、今回クレープが作れたのは全てキャロラインのおかげなのである。
「アリス、また面白いもの作ったね。僕もこっちに座っていい?」
「はわわわわ! ノ、ノア様!」
「っ!」
突然やってきたノアにライラは頬を赤らめた。ノアは男爵家ではあるが、この学園ではまあまあ有名人だ。そのせいかリアンの頬も緊張で少し赤い。
「兄さま! 紹介するね! この子がライラ・スコット。かんわいいでしょ⁉ で、こっちがリアン・チャップマン。まあまあ可愛いけど、私よりは可愛くないでしょ?」
「ちょっと! その紹介止めてくれる⁉ 初めまして。噂は色々聞いてます。リアン・チャップマンです」
「え、えっと、ライラ・スコットです! ア、アリスさんとは仲良くしてもらってます!」
「ご丁寧にどうも。ノア・バセットです。よろしくね、ライラさんとリアン君」
にっこり微笑んだノアは、二人を不躾にならない程度に上から下まで見下ろすと、頷いた。
「ところでアリス、これは何てお菓子?」
「これ? クレープだよ! 兄さまも食べた?」
「うん。美味しかった。また作ってよ」
仲良く談笑していると、突然目の前を黒い影が横切った。
「キュキュ!」
ドンだ。よほどクレープが美味しかったのか、ドンはアリスの持っているクレープに狙いを定めて飛びつこうとした所で、追いかけてきたカインに捕らえられてしまった。
「こら! さっき皆の食べてまわったでしょ⁉」
「キュウ~……」
首根っこを掴まれてダランと両手両足を下げたドンを見て、ライラとリアンの顔が引きつる。
「え、あ、カイン様……え? ね、猫?」
「は、じめまして……な、なに?」
ドンを初めて見た二人は突然現れたカインに挨拶をすべきだと頭では分かっているのだが、どうにもドンが気になって仕方ない。
「あ! そっか、二人とも初めましてだよね。ドラゴンのドンちゃん、女の子です! よろしくね~」
「キュキュ~」
アリスはドンの手を持ってライラとリアンに振って見せた。それを見てライラはポカンと口を開けて固まり、リアンはスッと目を瞑る。
「リー君?」
「夢だな。うん、僕はきっと長い夢見てるんだ。アリス・バセットなんて知らない。だからドラゴンもこんな所に居ない。目を開けたらきっと、部屋の天井が見えるはず」
ブツブツ言いながらリアンが目を開けると、ドンの金色の目がこちらをじっと見ている。おまけにチョロっと出した舌の先が微かに割れているのを確認したリアンは……。
「ドラゴンって爬虫類なの⁉」
「え? そこ?」
思わず突っ込んだライラは恐る恐るドンの頭に手を置いてみた。するとドンの目が弓なりに細くなる。か、可愛いかもしれない……。
「ドンちゃん……っていうの?」
「そうだよ! ライラとアリスさんが磨いてくれた石から出て来たんだよ~」
「え! あれドラゴンの卵だったの⁉」
アリスが訓練の後に持ち帰った真っ黒の石をピカピカに磨き上げたのはライラとメイドアリスだ。まさかの事態にライラの意識がフッと遠のきかけたが、横からリアンが支えてくれた。
その途端、ライラの頬がポっと赤く染まったのを、アリスは見逃さなかった。
(ほほ~、なるほどね。ふ~ん)
「なんだ、そっちに行ったっきり誰も戻って来ないじゃないか。キャロライン、アラン、俺達もこちらに移動しよう」
「そうね。アリス、これは何ていうお菓子なの? 凄いわね。こんなの食べたの私初めてだわ」
「ひえぇぇぇ!」
「っ!」
ルイスとキャロライン、アランがいつまで経っても戻って来ないノアとカインに業を煮やして、とうとうこちらの席に移動してきた。それを見て既にリアンは席から半分立ち上がって逃げる気満々だったが、それをノアがしっかりと肩を押さえてその場に留めていた。
「どこ行くの? まだ食べ終わってないじゃない。早く食べないと溶けちゃうよ?」
「いや、え、あの、僕ちょっと用事が……」
「リ、リー君、ずるい!」
小声でヒソヒソと話し合う二人を見てルイスがにこやかに告げた。
「お前たちはアリスの友達か?」
「え⁉ は、はい! ラ、ライラ・スコットと申します!」
「ぼ、僕は別に友達では……」
こんな所で王族になんて目をつけられてたまるもんか。
リアンはどうにかして逃げようとするのだが、ノアのこちらを見る目が語っている。
絶対に逃がさないぞ、と。
「友達、ではありませんが、リアン・チャップマンです。お初にお目にかかります」
最低限の礼儀の挨拶をしたリアンは、何もかも諦めたように席について大きなため息を落とした。そして心の中で父と領地の皆に謝る。
ごめん、どうやら王族に目をつけられたみたいだよ……と。
「なんだ、友達じゃないのか?」
「ううん! 二人とも友達だよ! ね?」
ルイスの問いかけいアリスは機嫌よく返事したが、ライラはかろうじて頷いてくれたものの、リアンは首を横に振るばかりだ。
「またまた! リー君ってばほんとに照れ屋さんなんだから!」
「照れてない! いつ! 僕と君が! 友達になったの⁉」
「クレープ食べたじゃない」
「……」
なるほど。これは友達の証だったのか。こんなに押しつけがましい友達が果たしているだろうか? いや、居ない。そもそも友達ってなんだ? どう考えてもリアンにメリットが無さすぎる。
「まあどっちでも構わないが、アリスの友人なら俺達の友人も当然だ。何か困った事があったらいつでも頼ってくれ」
そう言ってにこやかな笑顔を浮かべたルイスを見て、ライラとリアンは驚きを隠せなかった。この人はこんな人だっただろうか? もっと傲慢で我儘で下級貴族の事など顧みなかったはずだ。
「大方アリスが無茶を言ったんでしょ? あなた達、アリスに何か迷惑をかけられたらすぐに言うのよ? あ、でもノアは駄目。この人は兎に角アリスには甘いから、何を訴えてもアリスの肩を持つわ」
「は、はあ」
まるで恐ろしいものでも見るような目でキャロラインを見ながら頷くリアンに、キャロラインは苦笑いを浮かべた。やはり今までのキャロラインやルイスのイメージが強すぎるようだ。それぐらい、自分達は今まで王族や公爵の地位に胡坐をかいていたのだという事なのだろう。