一方、ところ変わって厨房では、イカリングとオニオンリングを揚げるのに大忙しだった。
試しに一品料理として昨日から出してみたのだが、思いのほか食いつきが良かったのだ。
というのも、一品料理として券売機に入れた日に、ルイスがイカリングとオニオンリングを大量注文したのだ。そしてそれを嬉々として部屋に持ち帰った。
それが噂になり、最初は興味本位で注文した学生たちが、食べた事のない食感と味に病みつきになり、まだ販売から二日しか経っていないというのに、既に売り切れて食べられなかったという不満があちこちから続出するほどの大ヒット商品になってしまった。
ちなみに、一緒に料理に出したカルパッチョも概ね評判が良い。こちらはキャロラインが食べたからだそうで、特に女子からはコースにわざわざ追加で入れてくれとの要望がある。
「これで店出したら荒稼ぎ出来そうっスね~」
「全くだ。これに関しては食べ残しが一切出ないぞ! 何ならイカが足りんぐらいだ」
「なんか、一品料理にしたのも良かったみたいっスよ。お嬢がこれくれたじゃないっスか?」
そう言ってスタンリーは大きな冷蔵庫にかけられた紙製の袋を指さした。
余計な油を吸い取るように出来た、どこにでもある普通の紙袋だ。町では持ち帰りの総菜なんかは大抵これに入っているのだが、アリスの置いて行ったものは少し違う。
「おお、なんか昨日急に来て置いてったな」
「そうなんス。これに入れて食べるのが流行ってるみたいっスよ」
アリスの置いていった袋は通常の袋の半分ぐらいのサイズになっていて、四辺の内の二辺しかくっついていない。そこにイカリングとオニオンリングが挟めるようになっているのだ。
「へぇ~。上手い事出来てんなぁ~とは思ってたが、そんな流行ってんのか?」
「みたいっス。今まで腹が減ったら食事の時間まで我慢するか、食堂で食べるしかなかったのが、これだと持ち帰って教室とかで食べれるんスよね。あと、夜食とかにもいいみたいっス」
スタンリーの言葉にザカリーは頷いた。
「確かに手軽ではあるよな。俺達にとっては総菜を買って帰るなんて当たり前の概念だからちっとも思いつかなかったが……」
街ではそこらへんで買ったものを広場で食べたりするのは当たり前だが、貴族にとってそれはマナー違反なのだ。
けれど、今回それをルイスが嬉々としてやってのけた事に大きな意味があったのだろう。王子が庶民のように買ったものを部屋に持ち帰る事など、ありえない。そう思っていた貴族が多かった筈だ。あのルイスが持って帰って食べるほど美味しいのか? そこから始まって、これは便利だと気付く。効率がいい、と。そうすれば流行るのは一瞬だ。
「お嬢はそこまで見越してたんスかねぇ?」
「どうかなぁ……お嬢は猿だけど、たまにビックリするぐらい状況見てるからなぁ」
ザカリーは思うのだ。アリスはもしかしてバカな振りをしているのではないか? と。
しかしザカリー達はまだ知らない。アリスはただ単に自分本位に動いていたのだという事を。
燃費の悪いアリスはいちいち食堂に買いに来てはその場でチマチマと食べて、また遠い教室に戻らなければならないこの時間の無駄遣い。これが耐えられなかっただけである。一つの授業が終わるたびにこれをしていたのでは、あまりにも効率が悪い。だったら買い溜めをしておけばいいではないか! そう考えての事だったのだが、ザカリーとスタンリーがそれに気づく事は無かった。何となく、アリスがやる事に乗っかっとけばいい感じになると刷り込まれてしまった。不幸の始まりである。
そんな訳で厨房では今もなお、コック達が総動員で残業までして熱々のイカリングとオニオンリングを揚げている。
これはもう、この人数では手には負えない。そう考えた二人はその日の内に学園に揚げ物要員の増加を申し入れたのだった。
夕食を済ませたアリス達は一旦それぞれの部屋に戻ってから、一時間後にルイスの部屋に集合する事になった。
「ルイス、よく部屋を提供する気になったね?」
部屋が隣同士のカインは部屋に戻るなりさっさと風呂を済ませてオスカーと動物たちと共に、ルイスの部屋に一足先にやってきていた。
「ああ。この部屋が一番防音もしっかりしているだろう? ところでカイン、この動物たちも連れて来なければならなかったのか?」
「当然でしょう? 俺の家族なんだから」
「そうか」
足元にまとわりつく猫のシアンを撫でながらルイスは苦笑いしている。
「ところで、トーマスに話したの?」
「ああ。ざっくりとだが」
「信じた?」
「どうだろうな。表向きには、といった感じだったな。最悪あの宝珠を見せればいいか、と思ってアランには持ってくるよう頼んでおいたんだ」
そう言ってルイスは宝珠の内容を思い出して顔を歪めた。
とても自分がやったとは思えない、傲慢で横暴な態度に顔を何度もそむけたくなったが、見終わった後に、あれも自分の一部なのだと思う事が出来た。ああいう部分が、確かにルイスにはある。だからこそあんな風にならないようにしなければ。
「今でもまだ信じられないよね。あんな未来があっただなんて、さ」
「ああ。でも、納得のいく部分もあった。バセット家に関わらなければ、俺は間違いなくああなっていただろうな」
何も知らぬままであれば恐らく未来はあの宝珠で見たどれかだったのだろう。そしてまた何も気づかぬままにループしていたのかと思うとゾッとする。
「コンコンコーン、おっじゃましま~す!」
「お嬢様、ノックというのは口で言うものではありません。手で扉を叩くのですよ。いつになったら覚えてくれるんですか?」
「覚えてるもん! 叩いたけど返事なかったんだもん!」
「これだから猿はほんとに……ノア様、何とか言ってやってくれませんか?」
「まぁまぁキリ、今に始まった事じゃないよ。あ、お邪魔しまーす」
ギャイギャイ言いながらやってきたアリス達にルイスとカインは顔を見合わせて笑う。
「一気に賑やかになるな」
「言えてる。こんばんは。お茶の準備は出来てるよ。ドン~~!」
「……カイン、お前も一気に賑やかになるな……」
ノアの肩にくっついてやってきたドンを見るなり、カインは相好を崩してノアに駆け寄った。そんなカインを片手で押しのけるノアを見て、トーマスは顔を引きつらせる。カインはこう見えても公爵家の息子で、決して男爵家の者にこんな扱いを受けていい訳がない。
「ノ、ノア様、あの、流石にそれは……ア、アリス様! それはカイン様の愛猫でそんな風に扱っては! キリ君! その鳥もカイン様の愛鳥なので羽根をそんな風にめくらないで!」
「トーマス、落ち着け。アリスもキリもカインに負けず劣らず動物好きだ。それに、ノアは俺に対してもこんなだぞ」
部屋に入ってくるなりアリスはルイスの足元の猫を見つけて、さっきから毛をもみくちゃにしながら撫で繰り回しているし、キリは止まり木に止まっていた鷹を見つけて物珍しそうに羽根の内側をめくって何度も頷いている。
「そ、そうなんですか⁉」
「ああ。あんなのは可愛いものだ。あのニコニコに騙されるなよ、トーマス」
あの食堂での一件でキリが誰に対しても厳しいのは分かったのだが、まさかノアまでとは。
あまりノアと接点の無かったトーマスはノアの事を皆と同じように『優秀だけど残念なノア』という認識しか無かったのだが、どうやらそれは改めた方がいいようだ。
心配そうなトーマスに、隣のオスカーが笑いながら言う。
「そうですよ、トーマスさん。あれでカイン様も喜んでるんですよ」
「そ、そうなんですか……?」
それはそれでどうなのだ、という話ではあるが、まあ、カインがいいのなら別に良い。
「遅れてしまったかしら? ちょうどそこでアランに会ったのよ」
「遅くなりまして申し訳ありません。こちら、差し入れのお菓子です。どうぞ、みなさんで」
そう言ってミアはトーマスに持参してきたお菓子を手渡した。
「あ、あの、す、すみません、お、おそくなって」
「アラン、フードを取ったらどうだ」
ルイスの呼びかけにアランはそっとフードを取ると、小さな咳払いをした。
「すみません、これが無いとどうにも落ち着かなくて」
椅子に腰を下ろしたアランはそう言ってフードを抓んでみせた。
「ところでノア、随分急な呼び出しでしたが、どうしました? 一応頼まれたものもまとめてきましたが」
「ありがとう、アラン。ちょっと皆に話しておきたい事があって。まず初めに、このループから抜け出すにはメインルートをこなさないと、って僕が言ったの覚えてる?」
「ああ、覚えてる。確か、シャルルとドラゴンと戦うんだろう?」
アリスが言うには、『花冠3』の最後の敵がシャルルとドラゴンなのだと言う。つまり、その二つを済ませばこのループは終わるのでは? というのがノアの見解だ。
「うん。で、アラン、まとめたものを見せてくれる?」
「ええ。どうぞ」
ノアはアランからメモ用紙を受け取り、内容にサッと目を通して何かに納得したように頷く。
「やっぱり。アリス、これが原因だったんだよ。ほら、見て?」
「え?」
突然ノアから話を振られたアリスは膝の上の猫を撫でる手を止めてメモをしげしげと眺めた。そこにはアランの性格を現したような、どこかたどたどしい字で攻略対象と爵位が書かれている。これがどうしたというのか、そう思いながら一度目のループから順番に目を通していくと、ある事に気付いた。
「これ……兄さま……皆の爵位が……バラバラ?」