昼休み、アリスは珍しくこの二日ほどライラと昼食をとっていた。あの一件からライラはずっと元気がない。アリスはそんなライラを心配しつつ、心の中でリアンに悪態をついていた。
(リアンめ~余計な事言って! 見てよ! ライラがずっとしょんぼりしてるじゃない!)
「ラ~イラ」
「うん……」
さっきからモグモグと口を動かしてはいるが、一向にライラの食事は減らない。それもそのはずだ。ライラがさっきから食べているのは空気だ。そのフォークにはさっきからずっと何も刺さっていない。はっきり言って怖い。
「ライラ、ご飯刺さってないよ」
「うん」
「いや、うん、じゃなくてさ」
「うん?」
「……」
駄目だこりゃ。アリスはライラのフォークを動かしてジャガイモを突き刺す。すると、それに気づかないライラはそのままジャガイモを口に運んで、ようやく空気ではないものを食べた。
「何やってんの?」
「ん?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにはこちらを見下ろすリアンが立っている。
「あ! リー君!」
「リー君って言うな! 何してんの? って聞いてんの!」
「何って、あんたが余計な事言うから、ライラがポンコツになっちゃったんじゃない」
「ポンコツって……ライラ、いい加減にしなよ。どんだけメンタル弱いんだよ。ご飯ぐらいちゃんと食べな」
「うん」
そう言ってまたライラのフォークを空気を刺す。
「あ、駄目だこれ。こうなったら当分このまんまだよ、ライラは」
「そうなの?」
「うん。前は一週間このままだった。確かダニエルとの縁談が決まった時だったかな」
「うわ~重症じゃん。リー君、どうすんの? これ」
「ほっとけば? 僕し~らない」
「酷い! 手伝ってよ! まだジャガイモしか食べてないんだから! こんなんじゃお腹減って死んじゃうよ!」
そう言ってライラの昼食を指さした。ジャガイモ以外の全ての食事がまだ残っている。
「あんたじゃないんだから大丈夫だよ。じゃね」
そう言って立ち去ろうとしたリアンの服をアリスが両手で掴んだ。ハッとして振り返ると、アリスはにっこり微笑んでいる。
「逃がさないよ。どうせぼっちでしょ? 一緒に食べましょうよ、ね?」
顔には似合わないドスの利いた声でそんな事を言うアリスに、リアンは小さな悲鳴を飲み込んで叫んだ。
「あ、あんた、やっぱり全然可愛くない!」
「ねえ、キリ。あの失礼な坊やはどこの誰かな?」
一緒に食べようと誘った昼食をアリスにここ二日ほど断られていたノアは、渋々ルイス達と昼食をとっていたのだが、不意にありえないセリフが聞こえてきて食事を摂る手を止めた。
離れた所に座るアリスとライラ、そしておかっぱの少年をチラリと見て言う。
「あれがチャップマンですね。確か名前はリアン、だったかと」
「へ~。顔だけじゃなくて名前も女の子みたいだね。で? あの子はド近眼なの?」
「は?」
「だって、ウチのアリスが可愛くないなんて、そんな事ある訳がないじゃない」
にっこり笑顔でそんな事を言うノアの目は笑っていない。
「まあまあ、ノア。同級生なんてあんなものだろ? お前がキャロを見ても何も思わないのと一緒で」
アリスが絡むとノアは厄介だ。ルイスはそれを十分に知っている。だからこそあの少年にノアが何かしでかさないようにフォローしたのだが、そんなルイスの気遣いをノアは一蹴した。
「一緒にしないでくれる? キャロラインは癖のある美人だから万人受けしないのは当然でしょ? でも僕のアリスは違う。誰が見ても可愛い。そうに決まってる。ちょっと行ってくる」
「まて! 行って何する気だよ? お前が行くと絶対ややこしくなるんだから止めとけって!」
「そうよ。カインの言う通りだわ。それからあなたは本当に失礼ね、ノア。もしかしたらただの照れ隠しかもしれないわよ? ほら、思春期の男の子って色々大変なんでしょう?」
そう言ってチラリとルイスを見たキャロルに、ルイスは顔を真っ赤にした。
キャロラインを好きだと自覚したルイスは、最近やたらとキャロラインに意地悪をしてしまって、先日とうとうキャロラインを怒らせたのだ。その時につい口走ってしまった。
『好きだからだ! もっと一緒に居たいんだ!』などと。
その後トーマスに『ルイス様も思春期なのです。どうかお許しください』とフォローされて、それ以来少し気まずいのである。
「そうそう! ほら、好きな子は虐めたいみたいなのあるじゃん? わざとお前なんて可愛くない! とか言ってみたりさ」
そんなカインのセリフにノアの目がスッと細くなった。
「それはそれで心配だよねぇ? キリ?」
「そうですね。ちょっと私が様子見してきます」
「うん、お願いね」
キリの後ろ姿を眺めながらため息を落としたノアを見て、一同はゴクリと息を飲んだ。
「カイン、ノアが怖いんだが」
「俺もだよ、ルイス。そっとしておこう」
触らぬ神になんとやらだ。
「お嬢様、そちらお下げしても?」
そう言いながらキリが近づくと、アリスはライラの口元にスプーンを持って行って何かしている。
「あ、キリ! うん、ありがとう。ほらライラ、次はこれだよ~」
「あんたさぁ、一口がさっきから大きいんだよ。ほらまた! ほとんど零れてるよ!」
そう言って甲斐甲斐しくライラの食べ零しを片付けるリアンを見て、キリは何かに納得したようにノアの元へ戻る。
「どうだった?」
「はい。まるで親鳥と雛鳥でした」
「……やっぱり僕も行こうか」
キリの回答で何かを察知したのか、ノアがガタンと席を立った。そしてそれを慌てて皆で止める。
「だから待てって! それよりも! 重要な話があるんだよね?」
カインの一言にノアは我に返ったように頷いた。
「そうだった。皆『花冠2』の登場人物覚えてる?」
「覚えてるよ。うろ覚えだけど」
「俺もだな」
「私は完璧よ。それがどうかしたの?」
「2に出て来る攻略対象にダニエル・チャップマンって言うのが居たでしょ? あの商人の」
「ええ、いたわね。あれから私も調べてみたんだけど、確かにチャップマン商会っていうのが存在したわ。商家の中でも随分と小さいみたいだけれど、それがどうかしたの?」
「そのダニエルの従弟があれだよ。あの女の子みたいなの」
「リアン、です。ノア様」
「そう、それ」
アリスが可愛くないなんて言う奴の名前など絶対に呼びたくない。ノアのささやかな抵抗である。
「そうなの? じゃあ、あの子にも話すの?」
「ううん、今はまだ様子見だね。それよりもキャロライン、チャップマン商会について調べたの?」
「ええ。本当に小さな会社よ。先代が始めた商会で子爵家にしてはよくやってると思うわ。主にフォルス公国との取引を得意としているみたい」
「フォルスか。やっぱりゲーム通りなんだ……って、待って。いま子爵って言った?」
やはりゲームの通りだ。チャップマンはフォルス公国とのやりとりがあり、その事で2のエマと知り合うのだとアリスに聞いた。2ではまだシャルルはアリスの後輩という事でエマの世話を色々としてくれるらしいのだが、ノアはそこよりもより重要な事に気付いた。
「ええ。チャップマン子爵よ。それがどうかしたの?」
「マズイな……。先にダニエルを伯爵にしなくちゃ……」
口元に手を当ててブツブツ言うノアに、ルイス達はきょとんとしている。
「何か問題があるのか?」
「私、何かいけない事を言ったかしら?」
不安気なキャロラインにノアは笑顔を向けると首を振った。
「いや、キャロラインが調べておいてくれたおかげで助かった。そっか、やっぱりそうなんだ。じゃあ、もしかしたら今までも?」
「ノア、俺達にも分かるように説明してくんない?」
「あ、ごめん。じゃあまた夕食後にでも緊急会議を開こうか。どこに集まる?」
「俺の部屋でいいか? ついでにトーマスにも話しておきたい」
ルイスが提案すると、皆頷いた。緊急会議という単語にピリリとした空気が流れた。