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第21話

「う、うわああああぁぁぁぁ!」

「ま、待て。待て待て! な、何故ドラゴンが? は? 猫……ではない、な」

 ルイスがノアの膝の上のドンに恐る恐る手を伸ばすと、ドンはその手を長い尻尾ではたき落した。

「ルイス様! ドラゴンのドンちゃんです! ちゃんと名前を呼んであげてください!」

「あ、ああ、すまない。えっと、ド、ドンちゃん?」

「キュ!」

「喋った!」

「喋ったっていうか鳴いた、だけどね。え? 作り物だよね?」

 訝し気にドンを色んな角度から見てみたカインだったが、あまりにも動きがなめらかすぎる。これは作り物ではない。

「な、何だか想像していたドラゴンとは随分……違うわね」

 口元に手を当ててドンをしげしげと見つめていたキャロラインは、昔読んだ童話の挿絵に描かれていた凶悪なドラゴンを思い出していた。

 そんな中、意外にもドンにすぐに馴染んだのはミアだった。

「ふわぁぁ! 可愛らしいですね! ドンちゃ~ん、おいで~」

 嬉しそうに手を伸ばしたミアの手をドンは警戒しながら嗅ぐと、敵意はないと判断したのか、その腕の中に飛び込んでいく。

「やだ、可愛い~~~! モフモフ~フワフワ~! あ、お腹は鱗だ~すべすべ~」

 グリグリとドンの背中に顔を埋めたミアを、キャロラインは恐ろしいものでも見るような顔をして見ている。そして、同じように呆気にとられたような顔をしていたキリが口を開いた。

「今、私の中でミアさんへの評価が大きく変わりました。あなた、実は相当変わり者ですね」

「え、ええ⁉ ふ、普通です! 私は全然普通です! あ、ドンちゃん、行っちゃうの?」

 ミアの手から離れたドンは、まるで一人一人を吟味するように皆の膝の上を歩き回ると、やがてアリスの胸に飛び込んだ。

「ああ、やっぱり卵から孵った生き物は一番初めに見た者を親だと思い込むんですね」

 そう言って頷いたキリはポケットからブラシを取り出した。

「さあ、ドン、ブラッシングの時間です。こちらにいらっしゃい」

 果たしてドラゴンに言葉が通じるのか? そう思ったのも束の間、ドンはキリの膝にちょこんと座って大人しくブラッシングされだした。

「おお! 賢いな!」

 感動したようにルイスが言うと、皆も頷く。

「ドラゴンは本来、とても頭の良い生き物ですから」

「アラン! いつの間にフード取った!」

「さっきです。それにしても……本物ですね。文献に書いてあった通りです。かぎ爪に翼、長い髭に、二足歩行、鱗……素晴らしいですね!」

「あの、キリさん、そのままではいつまで経ってもモフモフのままだと思うので、これを使ってはどうでしょう?」

 ミアは羨ましそうにドンのブラッシングをするキリに小さな小瓶に入った液体を手渡した。

「お嬢様の髪の手入れをするときに使うラベンダーの精油です。少しだけブラシに垂らすと艶が出ますよ」

「ミ、ミア? 私とドラゴンの毛を同じように扱うのは流石に……いえ、まあいいわ」

 目を輝かせてドンを見るミアを見てキャロラインは諦めた。ミアとは随分長い付き合いだが、こんなにも嬉しそうなミアは初めて見る。

「ありがとうございます。ドン、この匂いは平気ですか?」

 キリが小瓶の蓋を開けてドンの鼻先に持っていくと、ドンはクンクンと匂いを嗅いで尻尾をパタパタ振って口を開けた。鼻からは黒い煙がもうもうと出ている。

「喜んでるよ、キリ」

「そうなんですか?」

「うん。アリスが言うにはそれは喜んでる顔なんだって」

「……お嬢様が言うには、ですか? それはペットを飼う飼い主特有の色眼鏡という奴ではなくて?」

「う~ん」

「そんな事ない! 喜んでる! 私には分かる! ね? ドンちゃん」

「キュイキュイ~」

「ほら!」

 ちゃんと返事をするドンに気を良くしたアリスは胸を張った。自信満々なアリスの言葉にキリは渋々納得してブラシに精油を数滴垂らしすと、優しくブラッシングを始めた。

 気持ちよさそうに目を細めるドンに場が和み、皆がホッとしそうになった所で、ノアが口を開く。

「まったりしてる場合じゃなかった! これ、どうしたらいいと思う?」

「はっ! そうだった! いや、どうしたもこうしたも……どうしよう?」

 さっき食堂でもっと物事に柔軟性を持たなければ。そう思ったルイスだったが、これはあまりにも予想外すぎた。

「ていうかさ、そもそもどこで見つけたの? どうせ拾ったのアリスちゃんでしょ?」

 既にアリスの事を色々理解し始めているカインは気持ちよさそうなドンの頬を突きながら言うと、アリスに説明を求める。

「森の中にね、洞窟がありまして、そこの奥の泉で見つけたんです。他にも沢山転がってたけど、他のは全部割れちゃってました」

「森に洞窟? そんなのあったかな?」

「あそこじゃないかしら? ほら、川の上流に二年前に」

「ああ! 大雨で土砂が崩れて、中に空洞が出来ていたというあれか!」

 二年前、記録的な大雨がこの出島を襲った。その時に森の一部で土砂災害が起きたのだ。雨が止んで教師たちで調査に入ると、川の側に洞窟が出来ていたという。

「しかし、あれは確か立ち入り禁止になっていたはずだが」

 思い出したようにルイスが言うと、アリスは首を傾げた。アリスが見た時には特に看板も何も無かった。それはキリも思ったようだ。

「立ち入り禁止、ですか?」

「ああ。看板があっただろう?」

「いいえ。何も。だから私もお嬢様を止めませんでした」

「キリく~ん、そこは止めよ~? お嬢様は洞窟からドラゴンの卵なんて発掘してこないよ?」

「カイン様、猿にそんな事言って聞くと思いますか? お嬢様は命に関わりそうな立て看板は無視しませんが、そういうものが無かったら入ります。絶対、です」

 きっぱりと言い切ったキリに皆の視線がアリスに集まる。

「て、てへ?」

 てへぺろを実践してやり過ごそうとしたアリスを見る皆の目が怖い。

「アリス、ちょっとそこに座りなさい。実技の先生に聞いたのだけれど、あなた木に登った上に木から木に飛び移ったりバック転で逃げたり裸足で走ったって本当なの?」

「な、なんでそれを……」

「あなたが今日、初めての実技だって言うからお昼休みに先生に直接聞いたのよ。アリスはどうでしたか? って。そうしたら先生、お腹抱えて笑ってらしたわ」

 初めての森での実技をアリスが受けるとノアに聞いて、キャロラインはアリスを心配してわざわざイーサンに聞きに行ったのだ。そうしたらイーサンはお腹を抱えて一しきり笑った後、キャロラインの肩を叩いて爽やかな笑顔で言った。

『大変だな、学友にノア、妹分にアリス。バセット家の呪いにでもかかってるんじゃないのか?』

 と。そこまで言ったキャロラインは頭を抱えた。

「挙句の果てにドラゴンを拾うなんて……本当に、どうなってるの?」

 何故アリスの周りではこんな事ばかり起こるのか、と。せめてもう少し淑女らしく出来ないものだろうか。そう思ってアリスを見たが、パカーっと口を開けてキラキラした目でキャロラインを見て来る顔を見ると、もう何も言えなくなってしまう。

「兄さま、キャロライン様に心配された!」

「まあ当然だよ。僕のアリスはこんなに可愛いのにお転婆だから、心配にもなるよね」

「いや、可愛いからとかだけじゃなくて何か色々心配になるよ、アリスちゃん見てると。それより、この子どうするの?」

 ガックリと項垂れたキャロラインの肩を慰めながらカインは言った。もう片方の手ではさっきからずっとドンを撫でている。ブラッシングが終わって呑気にミアに抱っこされてご機嫌なドンの手触りは癖になりそうなほど気持ちいい。

「そんな事言いながら、あなたもずっとドンちゃん撫でてるじゃない」

「いや、気持ちいいんだって。キャロラインも触ってみなよ」

「わ、私は遠慮しておくわ。生き物はどうも苦手なのよ……」

 そう、キャロラインは生きてる生物が苦手なのだ。可愛いとは思うけれど、触ったりするのは怖い。だから公爵令嬢にも関わらず馬にも乗れない。

「そうなんですか?」

「ええ。馴染みが無いのと、昔、馬から落ちてからというもの、どうも駄目なのよ」

「馬から! それは怖くなりますね……怪我とかしませんでしたか?」

 心配そうにアリスがキャロラインの顔を覗き込むと、横からルイスがちゃちゃを入れてくる。

「大丈夫だぞ、アリス。馬と言ってもキャロが落ちたのは仔馬からだ。地面からニ十センチも離れていなかったからな」

 わはは! と思い出したように笑うルイスをアリスとキャロラインは同時に睨んだ。

「ほんと、ルイス様ってデリカシーなさすぎですよ! そういう事言ってると、いつかキャロライン様に捨てられちゃうんですからね!」

「え! そ、それは困る! すまん、キャロ、もう言わない」

 慌てたルイスにキャロラインはフンとそっぽを向いた。

「構いませんわよ? 言ってもらっても。その代わり、私もルイスの恥ずかしい話を皆に話しますからね!」

「ご、ごめん! 嘘だから! もう言わないから!」

「ルイス、必死すぎ」

 笑いを堪えながらそんな事を言うカインの膝の上にはドンが居座っていた。ミアから奪い取ったのだ。

こう見えてカインは動物が大好きである。流石にアリスのように生き物全てなんでも好き! という訳ではないが、毛のある生き物は全般大好きだ。毛が無くても哺乳類が好きだ。爬虫類も好きだ。

 カインはドンを抱き上げると、スベスベ鱗のお腹に頬ずりしながらうっとりしていた。ドンもドンでくすぐったそうにしながらも両手でカインの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜている。

「カイン、ドンちゃん好きすぎじゃないか?」

 口調とは裏腹にドンを異様に可愛がるカインにドン引きしていたのはルイスだ。今のカインはまるで拾ってきた子猫や子犬を、捨ててきなさい! と怒りながらも真っ先に情が移ってしまった母親のようである。

「え? そうでもないだろ? で、どうすんの? 一応学園には報告して……小屋建てなきゃな。アラン、ドラゴンってどんぐらいデカくなんの? ついでに何食べるの?」

「既に飼う気満々じゃないですか。ドラゴンの体長は大体5から6メートルぐらいでしょうか? 食べ物は何でも食べますよ。肉も魚も野菜も果物も」

「なるほど。とりあえずデカくなるまではここに置いとくだろ?」

「うん、そうだね。ていうか、討伐しろとか言われない?」

「大丈夫、そんな事させないから。でも躾はしないとだな。頭がいいって言ってたけど、どんぐらいの知能があるんだろうな? さっきのキリの言葉は完全に理解してたっぽいけど」 

 う~ん、と考え込むカインに周りは意外そうな視線を向けてくる。

「カイン様、躾はお任せください。ブラッシングをしていて思ったのですが、ドンはお嬢様よりも躾やすそうです」

「そっか! じゃあ心配ないか。ドンちゃん良かったな~。立派なドラゴンになるんだぞ~。そのうち飛ぶ練習もしような~」

「キィウ」

 尻尾をパタパタ振るドンを見てカインは頭をぐりぐり撫でると、ようやくドンを手放した。

寝床を探して彷徨ったドンは、やはりノアの膝によじ登りそこで丸くなる。

「ノア様いいですね……そんなに懐かれてて……」

「あなた、どれだけドンちゃんが好きなのよ」

 ため息交じりにそんな事を言うミアにキャロラインは笑いを堪えた。

「とりあえす、ドンちゃんの報告はルイスとカインに任せて、日中どうしようか? 僕達が授業の間、キリ面倒見ててくれる?」

「それは構いませんが、食事の時間などはどうします?」

「それだよね。ちょっと面倒見てくれそうな人探すしかないか」

 声を掛けられそうなのはスミス、ザカリーあたりだろうか? 

「私が明日探してくるよ!」

「あれ? アリス、明日休校?」

「うん。選択授業なんだけど、イザベラさんに意地悪されてどこにも入れてもらえなかったの。だから明日はお休みなんだ~!」

 ちょうどいい! とばかりに喜んだアリスだったが、他の皆は同情の眼差しでアリスを見て来る。

 しかし、アリスにとっては本当にちょうどいいのだ。この間にザカリーと約束した釣り用の餌を取りに行って、スミスの所に苗を植えに行くのだ。

「ドンちゃんに学校案内しないと。兄さま、キリ連れてってもいい?」

「構わないよ。キリ、アリスとドンお願いね」

「はい」

 世話が焼けるのが一人増えた。内心そんな事を考えながらドンに何を躾ければいいのかを考える。

「アリスちゃん明日休みか~。教室に遊びにおいでよ、ドン連れて」

「それ、あなたドンちゃんに会いたいだけでしょ?」

「まぁ、そうとも言う」

 本当は部屋に連れ帰りたいぐらいだが、動物大好きなカインの部屋には既に犬と猫とウサギと鳥が居る。ちなみにライト家は皆が皆どうぶつが好きなので、さながらちょっとした牧場のようになっているのは誰にも秘密だ。だからこそ、父にドンの事を言っても処分しろ、と言われないのは既に分かっている。ただ、引き取ってこいと言われないかが心配である。

「じゃあ、遅くに呼び出して悪かったね、皆。アラン、もう少しドンについての詳しい生態調べておいてくれる?」

「ええ、もちろんです。あ、カイン、その服についたドンちゃんの毛、もらってもいいですか? 色々研究したいので」

「ああ。構わないけど、変な事すんなよ? 絶対、約束だからな!」

「大丈夫ですってば!」

 カインの服についたドンの毛を集めるアランにカインは眉を吊り上げたが、アランはそんな事はお構いなしに粘着テープでドンの毛を根こそぎ持って、真っ先に部屋に戻ってしまった。

 それに続いて皆も挨拶をして出て行ったのだが、最後の最後まで名残惜しそうな顔をしていたミアとカインの顔がそっくりだったのは、ここだけの話だ。

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