目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第18話

 時間は少し遡り、あの少年の居た洞窟には更に奥があった。ジメジメとした洞窟の奥には壁一面をびっしりとコケが覆っていて、真ん中には小さな泉がある。泉の真上にはぽっかりと穴が開いていて、そこから光が差し込み泉は幻想的にキラキラと輝いている。さらに奥へと続いていたが、残念ながらそこから先へは狭すぎて行けそうにはなかった。

 小さな泉の中にはいくつかの大きな卵が沈んでいて、その中の一つだけが上手い具合に土に埋もれて割れずに生き残っていた。

 そう、この洞窟の真上にはかつてドラゴンの巣があったのだ。元々出島になる前は小さな浮島だった場所で、天敵である人間が来る事はなかった為、ドラゴンは安心して子育てをしていた。

 ところが開発が始まり出島が作られた事でこの浮島は出島の一部となってしまった。ドラゴンは討伐は免れたものの、生まれたばかりの卵を守る事を諦めた。ドラゴンは何十年もかけて卵を守る。寿命が長い為、卵でいる期間もとても長いのだ。だからこそ絶対に人間の来ない場所を選ばなければならない。

 その為、親の居なくなったドラゴンの卵は長い間その場に放置されていた。そしていつしか川が少しづつ形を変えてドラゴンの巣の真下に小さな洞窟を作った。雨で地盤が緩み、ある日、とうとう巣ごと洞窟に落ちたのだ。

 けれど今、そのおかげでたった一つ残った卵がアリスの手によって掘り出された。

 ただし、卵としてではない。何せドラゴンなど今や既に伝説の生き物なので、まさかこんな所に誰もドラゴンの卵が埋まっているなどと思いもしかったのが悲劇を生んだ。

「キリ! こっちこっち! ねえねえ、見て! このまん丸な石! 凄くない⁉」

 スタートと同時に木に登ったアリスは川の近くに小さな洞窟があるのを発見した。ああいうのを見るともう、止められない。

 アリスはすぐさま木を降りて探検隊と称して嫌がるキリを連れて洞窟の奥に進んだ。奥に進むにつれてだんだん道が狭くなり、さらに奥に泉が見えた事でキリからストップがかかった。

「お嬢様、探検はそこまでにして、今はゲームに集中してください」

 そう言えば授業中だった。それを思い出したアリスは首を伸ばして泉を覗き込み、その中に何かチカチカ光る物を発見したが、その洞窟を渋々出てゲームに戻った――のだが。

 授業が終わるや否やアリスはライラに忘れ物をしたと嘘を吐いてキリと共に洞窟に戻った。

 そして先ほどのセリフである。アリスは何故か生ぬるい水の中に手を突っ込んで土に埋もれた大きな石を掘り出すと、両手で抱えた。そしてそれを見たキリはと言えば、頭を抱えている。

「訳の分からないものを発見しないでください。ほら、もう行きますよ」

 決して元あった場所に返して来なさい! とは言わないのがバセット家の人間である。こんな目をしたアリスに何を言っても無駄だという事を痛いほど痛感しているからだ。

「うん!」

 アリスは大事そうに泥だらけの石を優しく撫でると、キリと共に歩き出した。

 教室に戻るとライラとメイドアリスが二人してドロドロのアリスを濡れたタオルであちこち拭いてくれて、ついでにアリスが持ち帰った大きな石もおっかなびっくり拭いてくれた。それを見ていたキリは呆れたような顔をしながらアリスから石を受け取ると、教室を出て行く。

「ねえアリス、あの石どうしたの?」

「なんかね、洞窟の中で拾ったの。真っ黒で綺麗だよね」

「き、綺麗、かな? 何だか気味悪くない?」

「そうかな? 凄く綺麗だよ。鴉みたい!」

 ツヤツヤでまん丸な石は磨くととても綺麗だった。

 しかし一般的には黒い色の物はあまり好かれない傾向にある。ライラは至って一般的な回答をしたのだが、アリスにかかればこの世の何色でも綺麗なのだ。

 さて、石はキリが丁重に部屋に運び込み、ソファのど真ん中に置いてあるアリス愛用のフカフカクッションの上に鎮座させた。放課後、先に部屋に戻ったノアがそれを見つけてギョッとしたのは言うまでもない。

 昼休み、アリスはキリと共に食堂に向かうとそこには既にノア達が席を取って談笑していた。

「アリス、アリスの分はもう注文してあるよ。『今日のシェフのオススメ』でいいんだよね?」

「うん、ありがとう兄さま! 流石兄さまだね!」

 アリスの好みを完全に把握しているノアである。こんな事は朝飯前だ。

「シェフのオススメかぁ~。ザカリーさんのオススメって事だよね?」

「そうだろうね。楽しみだね。それよりアリス、ちょっとこれ見て。何か他にも思いつかない?」

 そう言ってノアが差し出してきたのは綺麗に書き出された学園改善計画書だった。

「アリス、ノア、お前たちの意見が聞きたいんだ。俺達ではどうしても偏ってしまうからな」

「そうなのよ。恥ずかしい話だとは思うのだけれど、私達ではこれが限界だったの」

 そう言って本当に恥じるように視線を伏せるキャロラインにアリスは頷いて渡された紙に目を通す。

 1.食事の階級制度廃止

 2.部屋割りの改善

 3.共有スペースの占領厳禁

 4.入浴の時間制度廃止

「これ……2番は今のままでいいと思います」

 アリスの声にノア以外の皆がえっ⁉ と顔を上げた。

「な、何故だ⁉」

「私、思うんです。部屋って唯一気の抜ける場所じゃないですか。部屋に戻って例えばルイス様のお父さまが居たら、どう思います?」

「嫌だな!」

「平等だ。好きにしてもいいぞって言われたら?」

「無理だな! なるほど」

「ルイス様の場合は喩えが身内になってしまいますが、嫌ですよね。そんなすぐに平等だって言われてもくつろげませんよね? だから部屋は今のままの方がいいと思います。ここに付け加えるとしたら、もっと根本的なところ」

 そう言ってアリスはペンを取りだして紙に書き加えた。

 5.子爵家、男爵家の入学枠の拡大

 6.教育費の奨学金制度導入

「これじゃないでしょうか? 私達が居る間だけ変わっても意味がないと思うんです。そしておいおい平民でも気軽に学園に通えるような制度を作るべきだと思います」

「アリス、この奨学金制度ってなんなの?」

「お金を国から借りて学校に通う事です。卒業したら本人が無利子で時間をかけて返していくっていう制度なんです。これがあるだけで金銭的に余裕のない家の子でも学校に通えるようになりますよ」

「そこまでして学園に通いたい者がいると思うか?」

 ルイスは首を傾げた。学園に通いたい一心で多額の借金を背負うものなど居るだろうか?

 けれどアリスもノアもルイスの問いに同時に頷いた。

「いるね。学園を出てからの事を考えてみてよ。この学園を出たらそれだけで就職にかなり有利だよ。例えば王城にでも就職出来たらそれこそ入学金を返すのに一年もかからないんじゃない? 一生安泰で良い結婚が出来る。その為に学園に通いたいという者は必ずいる。ルイスには分からない感覚かもしれないけど、僕達みたいな平民に近い者たちからしたら仕事なんて親の後を継ぐかどこかの屋敷に奉公に出るかしかないんだよ。だからこの奨学金制度は実力はあるのに金銭的に余裕が無い、っていう人達にはもってこいの制度だと思う」

「なるほどな。一理あるねぇ。もったいないなと思ってたんだ、実はずっと」

「カイン?」

「いやだってさ、ノアって男爵家じゃん? でもめっちゃ優秀じゃん? こういうのがさ、この国内にゴロゴロしてるかもしれない訳だ。それを金が無いって理由だけで弾いたらさ、すっごい損失じゃない?」

 認めたくはないがノアは優秀だ。男爵家なんて実際は名誉職のようなものだから、領地を任されているとは言えその本質は本人も言う様に平民に近い。ノアにはたまたま学園に通えるぐらいの資質と入学金を賄うだけの元々の資産があったから通えているのであって、例えばもっと日々の生活に追われているような家ならどうだろう? その中にノアのような優秀な人材が居たとしたら? 

 元々このルーデリアには質の良い魔法使いが沢山生まれる。それは貴族の中に限られた話ではないのではないだろうか?

「これさー、実現したらうちが窓口になってもいいかな?」

「カイン? どうしたの急に」

「いや、本当にもったいないなって。それぞれの領地に任せるのも手だとは思うけど、絶対ピンハネしてくる奴出て来るし、どっかが一括で管理した方がいいな、って」

「あ、あと、い、色々な魔法に特化したクラス、があるといい、かも」

 突然のアランの声に皆はビクリと体を強張らせた。

「ど、どうしたアラン。とりあえずフードを取ろうか」

 ルイスはそう言ってアランのフードを取った。

「いえね、何とも夢があると思いませんか? 僕の屋敷にまだ若いがそれはもう腕の良い庭師が居るんですが、どうやって育てているのかと聞いたら、魔法を使っているのだと。いわゆる戦いに向いた魔法ではありませんが、作物や花を作らせたら天下一品です。学校を出ていないから給料は安いのですが、僕は常々もっと賃金を上げるべきだと思っていました」

 カインの言う通り、ずっともったいないと思っていた。そしてアラン自身、こんな魔法の使い方もあるのかと驚いたのだ。今の学園の入学試験は強力な戦闘魔法を使う者と特殊な魔法を使える者しか募集していない。

 けれど、珍しくはないがその筋では強力な魔法を使う者もいるのではないだろうか。

「そうね。私の家にも一人セイレーンのように歌に魔法をかけて歌うメイドが居るわ。彼女はメイドよりも歌い手の方が向いていると思うの。でも学園を出ていないから王城には召し上げられない。そういう事よね? アリス」

「そうです! 色んな魔法があって下手したら本人も知らない内に使っている可能性を学園で見つけられたら、凄い事じゃないですか」

 才能なんて枠にはめて考えるものではない。色んな分野で試してみて初めて、分かるものだ。

 一人一人考え方が違うように、才能のあり方も人によって違う。それを発見して伸ばす事こそ重要なのではないか。

「これは凄いぞ! 全て実現したら、学園の在り方が変わるかもしれないな」

 感慨深く頷いたルイスにストップをかけたのはノアだった。

「感動してる所悪いんだけど、とりあえず全部いっぺんには出来ないよ。今は学園内の改善をしていこう。そして来年の入学式に向けて低い爵位の枠を増やして、試験的に奨学金制度を導入してみたら? ルイスとカインの仕事だよ、これは」

「だね。次の休みまでに奨学金制度についてまとめて親父に渡すよ。ルイス、君は王様を頑張って説得してね」

「あ、ああ。頑張る……」

 どこか頼りなさげなルイスの反応にキャロラインがコホンと咳払いをした。

「ルイス、私も行くわ。そういう事よね? ノア」

「うん。キャロラインには聖女としての一歩を歩んでもらうとして、後は――」

 チラリとノアはカインを見た。カインはノアの意図に気付いたように頷くと言った。

「もちろんノアとアリスちゃんの話もするって。だって、ここにこんないい見本が居るのに使わない手はないでしょ」

「そうね。アリス、名前を借りてもいいかしら?」

「もちろんです! じゃんじゃん使っちゃってください!」

 何だか一致団結してる感じがして嬉しくなったアリスは手を叩いて喜んだ。

「しかし奨学金か……考えもしなかったな。アリスちゃん、実は物凄く思慮深いの? おバカな振りをしてるだけ?」

「いや~えへへ」

 照れたアリスは頬を染めて頭をかく。

「違いますよね、お嬢様。お嬢様は琴子時代の知識を話しただけですよね?」

「実はそう……って、キリ⁉」

「ただいま戻りました。ですが、お嬢様のその知識は十分価値あるものなので、これからもどんどん出し惜しみせずに話してください。この国の未来が明るくなるのであれば、それに越したことはありません」

「だ、出し惜しみなんてしてないよ!」

 何ならアリスの八十パーセントは前世の記憶で出来ていると言ってもいいぐらい日々披露している。それを自分の才能だとは思わないし、日本に居た人なら誰でも調べられるし知っている知識だ。

 けれど、少しぐらい、少しぐらい褒められてもいいではないか! 

 いや、キリは知っているのだ。褒めたらアリスはどこまでも調子に乗るという事を。だからいつも調子にのりかけた所でこうやってぶっとい釘をさしてくるのだ。

「アリス、誰も持ってない前世の記憶があるっていうだけで、それは才能だと僕は思う。そのおかげでこの世界に無かった知恵や知識が広がるんだから、それは立派なアリスの財産だよ」

「兄さま~~」

 この見事なまでの飴と鞭によってアリスは生かされている。

「よし、まとまった所で清書しよう。キャロ、頼めるか?」

「ええ。2は消していいのね?」

「ああ」

 1.食事の階級制度廃止

 2.共有スペースの占領厳禁

 3.入浴の時間制度廃止

「とりあえずはこれでいいのね」

「あ、待ってください! それ、従者達もですか? この学園にいる全員?」

 生徒に限るのか、それともこの学園内全ての者に適用されるのか。それはかなり大きな違いではないだろうか。

 アリスの言葉にキリが小さく、お嬢様、と呟いたのをノアは聞き逃さなかった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?