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第16話

「ミアさん、こんにちは」

 ミアがトレーを持って列に並んでいると、すぐ後ろから声をかけられた。何となく聞き覚えのある声に嫌な予感がしつつ振り返ると、そこに居たのはやはりキリだった。

 あの会議から早一週間。主人達はすっかり仲良くなったものの、従者達はまだぎくしゃくしていた。とは言っても、あの日従者としてあの場に居たのはミアとキリだけだ。

 全員に呼び出しがかかった時、ノアはそれぞれの主人に言った。

『従者は本当に心の底から信頼している人だけを連れてきて。それこそ、自分の命を預けられるような人だけを』

 そう言ったのだ。そして結果はと言えば、あの場に居たのはミアとキリだけだった。キリは発案者のバセット家の者だから、実質ミアだけだったと言ってもいい。よそと比べてはいけないとは思うものの、それがどれほど誇らしかったか、誰にも分かるまい。

 ただ、一度目にキャロラインがノアに呼び出された時はミアは連れて行ってもらえなかった。それだけが何だか心の中にしこりのように残っている。

「お疲れ様です。今から昼食ですか?」

「ええ、そうです。あなたもですか?」

「はい。つい先ほどまでお嬢様の園芸の手伝いをしていたもので」

「園芸……ですか?」

「はい。お嬢様は今、森の手前の小屋で野菜を育てているんです。それの世話をしていました」

「それは、職務の一環なんですか?」

 バセット家では執事見習いが庭いじりまでさせられるのかと思って聞くと、キリは無言で首を振った。

「いいえ。ただの手伝いです。職務ではありませんよ」

「ならどうして……」

「? あなたなら分かるでしょう? 私は幼い頃からお嬢様の世話をしてきました。それが当たり前で、今更これが仕事だと思った事はありません」

「!」

 確かにそうだ。ミアだってキャロラインの世話をするのは仕事だが、それ以上の事を頼まれたら勿論喜んでやる。ただ、急にキャロラインに園芸を手伝えと言われても出来る気はしないが、きっと図書館に通って園芸の何たるかを猛勉強するだろう。それがメイドの務めだ。

 そこで気づく。今までのアリスとキャロラインの境遇が違っただけで、根本的な所はキリもミアも同じなのだという事に。

『さっさと動けないなら、もういいです』

 キリはあの食中毒事件の時、怯えて立ちすくんだミアにそう言い放った。あの時はなんて失礼な従者なんだと思った。公爵家の従者に向かって随分な言い草だと。でもそれは違う。キャロラインは確かに公爵家の令嬢だが、ミアはたまたまキャロラインの側に置いてもらえている従者に過ぎないのだ。

 そしてキリがあの時ミアに声を掛けて来たのは、キャロラインがミアなら出来ると信頼していたからなのだという事を後から知った。

 そしてそれを信じて声を掛けてくれたキリもまた、キャロラインの言葉を信用し、ミアを信頼したのだ。それなのに咄嗟の事に怖くて動けなかったミアをキリが見てどれほど失望しただろう。

 そんな事に今更気づいたミアは、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にした。

「キリさん、あの」

「列、動いてますよ」

「あ、はい、すみません……そうじゃなくて! あの時は動けなくてごめんなさい。それから、アリス様を猿呼ばわりしたのも……謝ります。ごめんなさい」

 あの時はカッとなって思わず言い返したが、よく考えてみれば他所の従者に主人を猿などと言われて良い気がする訳がない。

 トレーに今日のランチを乗せたミアがそれだけ言って立ち去ろうとすると、何故かキリが後ろから無言でついてきた。

「ど、どうしてついてくるんです?」

「? いけませんでしたか?」

 そう言って立ち去ろうとしたキリにミアは慌てて声をかけた。

「あ、いえ! べ、別に嫌な訳では!」

「そうですか」

「……」

 何だか落ち着かないままとりあえず空いてる席に座った二人は、やっぱり無言で食事をした。 

 何も話さないなら、何故隣に座ったのだ。ミアが心の中でそんな事を考えていたのが伝わったのか、ふとキリがパンをちぎる手を止めた。

「先ほどの謝罪なのですが、突然の事に動けないのは仕方ありません。ましてやキャロライン様のメイドならば、あんな事に出会う事の方が稀でしょうから、私も少し言いすぎました。申し訳ありません。あと、うちのお嬢様は本当に猿なので別に猿と呼んでもらって全然構いません。ただ、お嬢様も猿は猿なりに努力はしているのだという事を知って欲しかっただけです」

「あ、はい……あの、猿でいいんですか?」

「? はい。猿は多少手癖が悪くても愛嬌があって可愛いので。イノシシやクマよりは断然いいです。ミアさんは色が白いので怒ったり照れたりすると豚みたいでいいですね」

「ぶ、豚⁉」

 思わず立ち上がって叫んだミアに向かって、キリは相変わらずの無表情で言った。

「はい。豚は可愛いですし綺麗好きで、肉も美味しいので大変有能な生き物です」

「あ、あなたは情緒というものをどこかに捨てて来られたの⁉」

 褒めているのか貶しているのかよく分からないキリの言葉にミアは子供っぽくそれだけ叫んでフンとそっぽを向いた。すぐさまその場から立ち去ろうとしたが、そんなミアの後ろから小さな笑い声がして振り返ると、キリが口元を手で押さえて何かを堪えているように見えて余計に腹が立ってくる。

「も、もう! 知りません!」

「ええ、ではまた後で」

 プンプン効果音がしそうなほど肩を怒らせながら歩くミアの後ろ姿を眺めながら、キリは優雅にカップに残っていた紅茶を飲み干した。

 そっと耳を澄ますと、あちらこちらから公爵家のメイドと男爵家の執事が何故一緒に? なんて声が聞こえてきてほくそ笑む。

『キリ、出来るだけミアさんと一緒に居てね。仲が良いのは主人たちだけではなく、従者もまた仲が良いのだと思わせておいて。そうしたら勝手に家族ぐるみで付き合いがあるんじゃないか? なんて言い出す輩が絶対に居るから』

『それは、お嬢様の為ですか?』

『そうだよ。キャロラインと仲が良いだけではそれを妬んで手を出してくる悪い虫が沢山いるからね。聖女になるのはキャロラインだけど、キャロラインが聖女になれたのはアリスのおかげだったんだと思わせたいんだ。それを邪魔する奴らにはここから早目に退場してもらわないと。出来るよね?』

 そう言ってニッコリ笑ったノア。

 ノアのする事はいつもアリスの為になる事だけなので安心して頷く事が出来る。

 キリにとってアリスとは、もはや出来の悪い妹のような存在だった。だからノアが見合いを全部断るのも納得できたし、キリも生涯をアリスの隣で過ごすつもりでいる。たとえそれが設定だったのだとしても、不思議に思った事はないし、それを嫌だとも思わない。嫌だと思わないのなら、それはもう自分で決めた事だ。

 キリが食器を持って立ち上がると、ザワついていた食堂が水を打ったように静まり返った。

好奇心に満ちた視線があちこちから飛んでくるが、それを全て無視したキリはミアの後を追うように隣の食堂へと向かった。

「キリ、おかえり。早速だけど僕と一緒に一仕事しようか」

 戻るなりそんな事を言うノアの隣にアリスは居ない。ノアの向かいの席ではキャロラインが呆れたように紅茶を飲んでいて、その隣ではルイスとカインが困ったように笑っている。なるほど。瞬時に状況を理解したキリは、さっさとノアの食器を片付けるとノアと共に食堂を後にした。

「いっつも突然だよね、アリスは」

「まあ、今に始まった事ではないので……それで、一体何があったんです?」

「食事をしていて突然なにかひらめいたみたい。ちょっと見て来る! って言って飛び出して行っちゃった」

「なるほど。では、あそこですね」

「多分ね」

 困ったように笑ったノアは、視線を廊下の先に向けた。そこには『生徒立ち入り禁止』の看板が立ててある。

 周りを伺いながら厨房までやって来た二人は、厨房の丸窓から中を覗き込んでどちらともなく大きなため息を落とす。

「これ! この包丁ってどこに売ってるの⁉ この島にもある?」

 引き出しの中に仕舞ってあった刺身包丁を握りしめたアリスはコック達にズイっと近づいた。そんなアリスを見て若い方のコックが青ざめる。

「だ、だから何でお嬢さんが包丁欲しがるんスか!」

「だ、だめだぞ! 触っちゃだめだ! 危ないから触るなってば‼ 怖い! この子怖い‼」

 包丁を握りしめてジリジリと近寄ってくるアリスに、このコック達はどれほど恐怖している事だろう。傍から見たら完全にこれから殺人でも起こりそうな現場である。

 アリスが一体何を求めているのかさっぱり分からないが、ノアは意を決したように厨房の扉を開けて中に足を踏み入れた。

「アリス、駄目だよ。コックさん達が怖がってるから今すぐ包丁置きなさい」

「兄さま⁉」

 グルリと振り返ったアリスの手には異様に刃先が長い包丁が握られていて、驚いたノアは後ろに一歩飛びのいた。

「お嬢様、一体何事ですか?」

 こんな時でも動じないキリにノアは感心しながらも深く頷く。

「これね! 柳刃包丁って言って、お刺身作るのにピッタリなんだよ! 刃渡りが長くて刃が薄くて幅が狭いのが特徴でね、こう、魚の身をスッといっぺんに引けるの!」

「はあ……で?」

「で、って?」

「それで、どうしてそれがいるんですか? 誰かを刺す予定でもあるんですか?」

「刺さないよ! 聞いてた⁉ 私は! 刺身が! 食べたい! の!」

 この世界では魚を生で食べる習慣がない。それは前世のように冷凍などの設備が整っていないからという事だけではなく、海の側に住む者ですら生では食べないという。そもそも魚を生で食べる習慣自体がないのだ。何と勿体ないのだろう。醤油もわさびもあるというのに! 

 無いのなら作れば良い。アリスにチート的な能力は備わっていないので、冷凍庫を作ったりする事は出来ない。冷蔵は出来るのに冷凍が出来ないのは、偏にこの世界では氷を作ってその温度を持続させるという事が難しいからである。だからキャロラインの氷を作る魔法というのは、実は凄いのだ。

 アリスにはヒロインという設定がくっついているだけで、普通の男爵家のしがない娘である。そんなアリスでも出来る事、それは料理だ。否、それしか出来ないのである。とは言っても何も大層な料理が出来る訳ではない。普通の煮物やら漬物などありふれたものばかりである。切ない……。一体ヒロイン補正は何をしているのか。

「アリス、それ前も言ってたね。刺身ってなんなの? 聞いた事ないよ、そんな料理」

「刺身ってね、お魚を生で食べる事を言うの」

「な、生だって⁉ な、なんつー事言い出すんだ、このお嬢さんは……」

「ヤバ……そりゃ骨も食うわ……」

 アリスの回答に真っ先に突っ込んできたのはコック達だった。気づけばいつの間にかノアとキリの後ろに移動している。

「アリス、魚を生で食べるのは百歩譲って良しとするけど、その為にその包丁が欲しかったって事なの?」

「良しにするの⁉」

「この妹にしてこの兄あり……」

 貴族の考える事はよくわからん。コック達は呆然としながらアリスの奇行に驚きもしないノアとキリを見てゴクリと息を飲んでさらに場所を移動した。アリスが怖すぎて味方してくれそうなこの二人の側に移動したものの、どうやらこの二人も十分変人のようだ。

「うん!」

 自信満々に頷いたアリスを見て、ノアは珍しく眉を吊り上げた。

「アリス、そういうのは感心しないな。いつも言ってるよね? 誰かに迷惑をかけるような事と命に関わるような事はしちゃ駄目だって。アリスは今、この二つの約束を破ったんだよ?」

 ピシャリと言い放ったノアの言葉に少し考えたアリスは持っていた包丁をそっとまな板の上に戻した。

「……うん……」

 刺身が食べたいばっかりに勢いだけで厨房にやってきて、急に強盗よろしく刃物を取り出して迫るアリスに、このコック達がどれほど恐怖しただろう。ノアの言う通りだ。何の事情も説明せずに彼らの仕事の邪魔をしてしまった。

 アリスはスカートをギュっと掴んで俯くと、唇を噛みしめた。

 ノアはアリスを滅多に叱らない。

 けれどそれはノアのアリスに対する許容範囲が異様に広いからである。

 そんなノアがアリスを叱る時は、アリスの突拍子もない行動で誰かの邪魔をした時や、自分や誰かの命を脅かしそうになった時だった。

「ごめんなさい……兄さま……」

「謝るのは僕にじゃないよ」

 冷たいとも思えるような声にアリスがハッと顔を上げて振り向くと、そこには怯えたコック二人が体を寄せ合って震えながらアリスを見ていた。

「ご、ごめんなさい……本当に……ごめんなさい……」

 直角でもまだ足りない。おでこが膝にくっつきそうな程頭を下げたアリスを見て、コック達は違う意味で目を丸くした。

 こんな風に貴族のお嬢様に泣きそうな顔でたかがコックに頭を下げる事なんて、あるはずがない。いや、あってはならない。

「い、いや! ちょ、やめ、あた、頭上げてください!」

「あわわわわ!」

 慌てた二人が咄嗟にアリスに近寄って頭を無理やり上げさせると、アリスの大きな目から涙がボロボロと零れていてさらに焦った。

「ひぃぃ!」

「ああ……詰んだ……どこのお嬢様か知らないけど……死刑かな……」

 貴族を泣かせてしまっただなんて誰かにバレたらどうなるか分かったもんじゃない。今日付けでクビになる覚悟もしなくては。

「俺、ここでの修行が終わって地元に帰ったら、結婚するんだ……」

「フラグー! それ、今言っちゃ駄目な奴―!」

 わぁわぁ騒ぐコック達をしばらく見ていたキリが、そっとコック達に近寄ってきた。

「お二人とも、うちのお嬢様が大変ご迷惑をおかけしました。お嬢様はこの通り向こう見ずで無鉄砲で無作法ではありますが、お二人の事を陥れたり脅そうとした訳ではないのです」

「……」

「……」

 無表情で淡々と語りだすキリにコック達が思わず頷くと、キリはさらに続けた。

「ただ単に、本気で刺身が食べたい一心だったんです。その為に必要になるこの包丁がどうしても欲しかった、それだけなんです。この包丁が売っている鍛冶屋を教えてもらえませんか?」

「は、はあ……え? ほんとに……それだけ?」

「はい。全く他意はないと思います。何せお嬢様は出された皿まで食べてしまいたいと豪語するほどの食欲の持ち主なので」

「いや、皿はアウト……ついでに骨もアウト……」

「そういや、最初にどこに売ってるのって……言ってた?」

「っス……包丁突き付けられてすっかり忘れてたけど言ってた……っス」

 お互いの顔を見合わせたコック達は青ざめて今度はこちらが頭を下げる番だと悟った。早とちりをして無駄に騒いだうえに叱られて泣かせてしまったのだ。

 結局お互いに気の済むまで頭を下げ合う事でようやく場が丸く収まった。

「えっと、ごめんなさい。そう言えば私、ちゃんとした自己紹介もしてなかった。アリス・バセットって言います。男爵家の一人娘で、こちらが兄のノア。こちらが執事見習いのキリです。今後ともどうぞよろしくお願いします」

 アリスの言葉に三人は揃ってコック達に頭を下げてきて、コック達はまた体を縮こまらせた。

「あ、えっと、俺はここのコック長でザカリーと言います」

「お、俺は副コックのスタンリーっス。その包丁なんスけど、この島の唯一の鍛冶屋で特注で作ってもらったんス」

 というか、今後ともよろしくはしたくないな。そんな心の声をそっと飲み込んだ二人は、アリスの置いた包丁の握り手の所に書いてある店の紋章を見せた。

「ほんとだ! スミスって書いてある!」

 ポケットに入れていたメモ帳に鍛冶屋の名前を書き込んでいると、コック達はアリスが本当に自分達に危害を加えようとしている訳ではないと分かったのか、安心したように鍛冶屋の場所まで教えてくれた。

「ていうか、刺身って魚を生で食べる事なんスよね?」

「うん、そうだよ! これとこれつけて食べるんだよ。白身のお魚はお塩だけでも十分美味しいけど、川魚は駄目。あれは寄生虫が多いからお刺身に向いてない」

「はあ……いや、生っていう時点で不安しか……」

「じゃあ、週末に食べさせてあげるね! 一緒に釣りに行こ!」

 すっかりコック達と仲良くなったアリスはコック達と週末に釣りに行く約束までしてしまった。意外にも釣りに乗り気だったのはコック長のザカリーで、聞けば彼は漁師の息子であるらしい。生憎漁師にはならなかったものの、趣味は釣りなのだと言う。

「アリス、釣りって言っても道具はあるの?」

 釣りについて嬉々として語るアリスとザカリーの会話にノアは首を傾げながら尋ねた。

「うん。道具は木を削って作るつもり」

「え⁉ いやいや、釣り道具も売ってるぞ、お嬢。買った方がいいと思うぞ? 刺身について聞く限り、大物釣らなきゃだしな。鯛とかがいいのか?」

「鯛! 刺身の定番だよ! アジとかでもお刺身は出来るけど、私が一番好きなのはマグロかなぁ。あ、イカとかタコも好き」

「マグロは俺達だけじゃ無理だな。それこそ漁船借りねぇと。今度知り合いに頼んでみるか。しかしイカとかタコとかはここら辺では食わねぇだろ?」

 そう言いながらもザカリーは目を輝かせた。ザカリーは親が漁師なだけあって海の側で育った。毎日の食卓に魚が無かった日はないし、もちろんタコやイカだって食べた。

 けれどここに来てからというもの、それがあくまでも漁師料理だったのだという事を知った。貴族たちはタコやイカはどうやら食べないようで、それは王都付近の村で育ったスタンリーもそうだったようだ。それを知って酷くヘコんだのだが、どうやらアリスは食べた事があるらしい。まさかこんな所でタコやイカの美味しさを知っている者に出会うとは!

「私は大好きだよ! 獲れたてのイカの甘さったらないんだから! タコは刺身でも茹でても焼いても美味しくて……はぁぁ、お腹減ってきた……」

「お嬢様、ほんの少し前に夕飯を食べ終わった所です。少し自重してください」

「はぁい。ザカリーさん、じゃあ私は鯛の餌にするエビを週末までに集めとくね! 美味しい魚釣ろうね!」

「おう! 釣り竿は俺に任せときな!」

「ありがとう! それじゃあまた来るね!」

 ビシっと敬礼したアリスにザカリーはビッと親指を立てて返してくれた。そんなアリスとザカリーに呆れるスタンリーを置いて厨房を出ると、三人で寮の部屋に戻る。

 部屋でようやく一息ついた三人はいつものように寝る前のお茶の時間にする事にした。この時ばかりはキリも席について一緒にお茶をするのだ。

「それにしても、アリスのその食への探求心は一体何なんだろうね?」

「う~ん……飢餓エンドってあったでしょ? 私、あれが一番辛かったと思うんだぁ……」

 本の内容を思い出しながら呟いたアリス。

 記憶が無いとは言え自分の字だから分かる。処刑エンドの時とはまた違った文字の乱れ方をしていたからだ。おそらく、冷静なままに怒り狂っていたのだろう。

「処刑エンドではないのですか?」

「うん。こんな事言ったら変かもしれないけど、処刑はさ、首刎ねられたらそこで一瞬で終わりでしょ? でも飢餓は違うんだよ。ちょっとずつちょっとずつお腹が減って死んでいくの。それも皆だよ。キリも父さまも領地の皆も、多分、兄さまも……それが一番辛かったんだぁ。だからちょっとでも貯蓄はしてた方がいいと思うし、どんな物でも食べれるように調理できるようになっとかないと! って思ったんだよねぇ」

 ズズズ、とお茶を飲んだアリスの話を聞いてノアもキリも無言だった。ただ黙って二人ともそっとアリスの前に自分達のおやつであるオートミールクッキーを差し出してくる。

「大丈夫だよ! 今回はそうならない為にも動いてるんだし! それにキャロライン様も宝珠見た皆だってきっと分かってくれてると思うから」

「そうだね。そんな事はもう起こらないようにしないとね」

 アリスの体験してきた過酷な人生は想像もつかないが、本の内容を思い出してノアは頷いた。隣ではキリも頷いている。

「さて、そろそろ寝ようか。アリスは明日は森に入るんだっけ?」

「そうなの! 森に入って実地訓練するんだよ! ついでに山菜とか探して来ようと思って」

「お嬢様の場合はメインが山菜になりそうで不安なのですが」

「言えてるね」

「酷い! ちゃんと勉強するもん!」

 初めての森での実習にワクワクしていたアリスに水を差すような二人にアリスはフンとそっぽを向くと、自室に戻った。

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