翌日、一限目が終わるなりアリスはキリの言いつけを守ってその場でまるでオブジェのようにじっとしていた。でなければ、また何を言われるか分からないからだ。
そんなアリスを遠巻きに見ていた一団が居た。こちらを見てヒソヒソと何かを言っていたかと思うと、やがてその団体の中に居た一人の少女がこちらにやってくる。
「ごきげんよう、アリスさん」
「ごきげんよう……えっと?」
興味のない事は全く覚えないアリスは学園に来て一月近く経つというのに、クラスの子達の名前をほとんど知らない。それに気を悪くしたのか、少女は明らかに怒ったような表情でこちらを見下ろしてきた。
「さすが男爵家ね。挨拶がなってないわ。これではいくらノア様が優秀でも、先が思いやられますわ。ねえ? 皆さんもそう思いませんこと?」
少女の問いかけにクラス中が頷いた。中には渋々頷いている人もいるようだが、どうやらこの少女がこのクラスのボスらしい。
(こういうの面倒だなぁ、もう)
クラスのボスという事は、このクラスの中では一番爵位が高いのだろう。
「私はイザベラ・スペンサー。伯爵家よ。あなたがあのノア様の妹だなんて、到底信じられないわ」
「はあ」
信じられないと言われても、実際にアリスはノアの妹なのだ。そんな事を言われてもどうしようもない。
「一体あなたがどんな魔法を使うのかは知りませんけど、この学園に来たからにはそれなりの魔法が使えるのでしょう?」
蔑むような馬鹿にしたようなイザベラの表情は、ゲームの中のキャロラインの取り巻き達の表情とよく似ていて確信した。やっぱり、過去のキャロラインはアリスには何もしていないのだ。ただ取り巻きがキャロラインの名を騙ってアリスに嫌がらせをしていたに違いない。
「私が使えるのは魅了ですけど、何か?」
キャロラインが聞いたら恐らく叱られそうな口調で答えたアリスを見て、イザベラの顔が嫌味気に歪む。
「魅了? 魅了ですって? 皆さん、聞きました? この方、魅了程度の魔法でここにいらっしゃるそうですわよ!」
「……」
まあ、アリスからしても『魅了』はさほど大した魔法ではないと思うからイザベラの反応は正しい。
いかにも悪役っぽい高笑いを披露したイザベラは、まだアリスに何か言おうとしたのかクルリとこちらを向いて口を開こうとして息を飲んだ。
「?」
イザベラの視線がアリスの後ろに向けられているので振り返ると、そこには相変わらず無表情のキリが立っている。キリはいつも通り無表情だったが、長年キリと付き合いがあるアリスには分かる。これは相当怒っているということが。
(こ、怖い……)
「キ、キリ、お帰り。早かったね」
「ええ、すぐに戻ると言ったでしょう? ところでお嬢様、どうやったらこれだけの短時間の間にこんな風に絡まれるのですか?」
「え、えっと、その」
(そんなの私が聞きたいよ! てか、そんなのこの子に聞いてよ!)
そう思いつつ言葉を濁したアリスだったのだが、そこは流石悪役もどきである。空気も読まずにペラペラと頬を染めて自分の事を話しだした。名前から始まって爵位、趣味、誕生日などなど。一応礼儀的に全て聞き終えたキリは、いつものように淡々と答えた。
「自己紹介をしていただいたのに大変申し訳ありませんが、私は興味のない事は一切覚えないようにしておりますので、これで失礼します。それよりお嬢様、先ほどあの庭師の方に偶然お会いしたのですが、珍しいお茶が手に入ったので遊びにおいで、との事です」
「え! 行く! 今日の放課後行く!」
「そう言うと思っていたので、今日中に顔を出すと伝えておきました」
「さすがキリ! ありがとう」
「いえ。ではこれで私は失礼します。ノア様のようにとまでは言いませんので、せめて落第しない程度には頑張ってください。ああ、忘れていました。今週の土曜日にキャロライン様の自室にお誘いいただきました。日曜日までには最低限のマナーを叩き込むわ! とキャロライン様が仰っていたので、そちらもサボらないように」
キリが話し終えた途端、クラスの中で小さなざわめきが起こった。これでアリスが下手に絡まれる事はないだろう。実際、キャロラインの名前を出した途端にイザベラはどこかへ行ってしまった。そんなキリの思いとは裏腹にアリスは真っ青に青ざめている。
「うえぇ……」
「――そのようにお伝えしておきます」
執事の心、主知らずとは正にこの事である。
「や、止めて! 嘘だから! めっちゃ笑顔で喜んでたって言っといて!」
慌てて言い直したアリスを見てキリは意地悪く微笑むと、返事もしないでさっさと教室を出て行ってしまう。そんな後ろ姿をしばらく睨んでいたアリスの机を、隣に座っていた少女が指先で叩いてきた。
「あの、さっきはごめんなさい。イザベラ様にはこのクラスでは誰も逆らえなくて……」
「ん? ああ、いいよ、大丈夫!」
もし自分が同じ立場でもそうする。ウンウンと頷いたアリスを見て少女はパァっと顔を輝かせた。
「私、子爵家のライラ・スコット。よろしくね」
ニコっと人懐っこい笑顔を浮かべたライラは、アリスに手を差し伸べてきた。そんなライラにアリスも手を差し出す。
「私はアリス・バセット。うちは落ちぶれた男爵家だよ。落ちぶれた男爵家なんてほぼ平民だよね!」
「いやだ! アリスさんってば!」
「アリスでいいよ、ライラさん」
「私も、ライラでいいわ」
そう言ってライラはそっとアリスの耳に口を近づけてきた。
「ほんとはね、子爵家出身ってこのクラスでは私しか居なくてずっと肩身が狭かったの。だからあなたが編入してきてくれて嬉しい。調子がいいよね、本当にごめんなさい」
「全然大丈夫だよ、本当に気にしないで。イザベラ様って、逆らうと厄介そうだもん」
爵位を自慢げに語るあたり、性格が良いとは言えないだろう。アリスが来るまではきっと、このライラが色々と厄介事を押し付けられていたのではないだろうか。
「それにね、うちの執事はあんなのすぐに追っ払っちゃうから大丈夫だよ」
「執事ってさっきの方?」
「そう。キリって言うんだけど……そりゃもう、酷いんだから!」
「ええ、それはさっきも見ていて思ったけど、でも、とても優しい方ね」
「キリが⁉」
驚いて目を丸くしたアリスにライラは小さく頷いた。
「だって、アリスがこれ以上絡まれないように、わざとキャロライン様たちの名前を出したんだと思うの。あの方たちに目をかけられているのなら、絶対に逆らえないわ」
「ほぅ、なるほど。確かに……そっか! 珍しいキリのデレか!」
「デレ?」
「ううん、こっちの話。ライラは視野が広いんだね! 見習わなくちゃ」
今までキリに対してそんな事を考えた事が無かったアリスには、ライラの解釈は目からウロコだった。思わず目を輝かせたアリスを見てライラがおかしそうにクスリと笑う。
「アリスはとても素直なのね。私も見習わなくちゃ。これからよろしくね、アリス」
「こちらこそよろしくね! ライラ」
絶対に出来ないと思っていた学園での初めての友達にアリスは満面の笑みを浮かべて、もう一度しっかりと握手を交わした。そんなアリスを見てライラもまた嬉しそうに笑ってくれた。
放課後。
「でね! キリのおかげで隣の席の子爵家のライラって子と仲良くなれたんだよ! そのライラがね、キリは凄く優しい人だって。私が虐められないようにわざとキャロライン様の名前出したんだって! 私、それ聞いてハッとしちゃった。そうだよね、わざわざあそこで言う必要なかったんだもん。キリ、ありがとう! おかげでイザベラ様とその取り巻きたち、今日一日中ずっと悔しそうな顔してたよ!」
今日あった出来事を一息に話したアリスの前に、ノアがそっとお茶を差し出してくれた。
「お友達が出来て良かったね、アリス。でもまずはちょっと落ち着こうか。ほら、スミスさんがびっくりしてるよ」
小屋にやってくるなりアリスは庭師のスミスに飛びつかんばかりの挨拶をしたかと思うと、一息に話し出した。そんなアリスを見てスミスは目を丸くして固まっている。
「お嬢様、確かに今回はそういう意図をもってキャロライン様のお名前を出しましたが、普段の私の言葉は、そのまんまの意味で他意もないのであしからず」
「キリがまたツンに戻った」
キリのデレは一瞬だった。アリスはそんな事を考えながら目の前のお茶を飲んで顔を輝かせる。
「これ美味しい! スミスさん、これどこのお茶?」
「これか? これはワシの地元でしか採れん貴重な茶葉なんじゃ。この時期に2週間だけ採れるんじゃよ」
「2週間! 短いね」
「そうなんじゃ。他の土地ではどうもうまく育たんでなぁ。ほれお嬢、もう一つあるからこれをやろう」
「いいの? 貴重なのに」
「構わんよ。ワシはもう何十年も飲んでおるし、こいつらもたまには貴族のお嬢さんたちに飲んでもらいたいじゃろうて」
スミスはシンプルな缶を取り出すとアリスの前に置いた。アリスはその缶の中をしげしげと眺めていたかと思うと、中の茶葉をおもむろに一つまみ口に含む。
「こら、また! アリス!」
「こりゃ! そんなもん生で食う奴があるか!」
慌てるノアとスミスと違い、キリはもう諦めたように首を振った。
「スミスさん、この子たち火山の側で育った?」
口の中の茶葉を舌でコロコロしていたアリスは唐突にスミスに尋ねた。その言葉にスミスは驚いて頷く。
「そうじゃ。近くとは言っても距離はあるが……何故分かったんじゃ?」
「なんかね、他の茶葉よりもほんのり甘い気がする! そっか~シラス台地で育ったお茶か~ミネラルもたっぷりだから美容にもいいね」
日本に居た頃に一時、お茶にハマった事があった。その時に色々調べて取り寄せてまで飲んだ鹿児島のお茶にとてもよく似ていたのだ。シラス台地で育った作物は、どれもミネラルがたっぷりで甘味があるのが特徴だ。
「す、すごいのう! この子は一体なんなんじゃ?」
「食い意地オバケです」
「食への探求心が尋常じゃないんです」
同時に応えたノアとキリのセリフにアリスは思わず目を吊り上げたが、スミスはただただ感心したようにアリスを見ている。
「大したもんじゃ。食べただけで産地が分かるとはなぁ! いや~こりゃまいったまいった! また美味しいもんが送られてきたらお嬢に渡す事にしよう」
すっかり嬉しくなったスミスはアリスの頭をよしよしと撫でた。まるで孫のようだ。頭を撫でられたアリスはすっかり嬉しくなって無邪気に喜んでいる。
普通は貴族のお嬢様にこんな事など絶対出来ないが、アリスには階級など関係がないかのような親しさがある。
お土産の茶葉を持って意気揚々と食堂に向かうと、そこには既にルイス一行が居た。
「あ! キャロライン様だ~!」
ノアとキリが止める間も無くキャロラインに駆け寄ったアリスは、今しがたスミスに貰った茶葉を見せた。
「見てください。珍しいお茶もらったんです! 週末に持っていくので皆で飲みましょうね!」
嬉しそうなアリスを見てキャロラインは苦笑いを浮かべると、アリスの持っている茶葉を見て目を丸くした。
「こ、これ! 幻の灰被り茶じゃない! 市場には出回らない上にかなり希少な茶葉なのよ⁉」
「灰被り茶だと⁉」
キャロラインの言葉にルイスも乗り出してアリスの持っている茶葉を受け取りしげしげと眺め、何かを確認したかと思うと、おお! と感嘆の声を漏らした。
「え? 本物なの?」
「ああ、本物だ。ちゃんとシリアルナンバーが入っている。しかもかなり若い番号だ。おそらく初摘みだな。おまけに白茶だ」
「えっ⁉ 凄いね」
灰被り茶と言えば、たとえ王であったとしても滅多に飲めない幻の茶葉だ。理由はその生産量にある。作られる場所が極めて少なく、なおかつ生産者がとても少ないのだ。
「どこで手に入れたの? こんな凄いもの」
「えっとね、スミスさんに貰ったんです。あ、庭師のおじいちゃんだよ!」
「に、庭師? アリス、あなた一体何してるの?」
何故庭師と接点があるのだ。キャロラインが首を捻るとアリスは嬉しそうに答えてくれた。
「今ね、スミスさんの所で肥料作ってるんです! 無事に出来たら家から持ってきた野菜の苗を植えようと思って!」
「あ、あなたね、一体学校に何しに来てるの?」
「え? 勉強ですけど」
「そうね、そうよ。苗を植えるのは勉強なの?」
呆れたように言ったキャロラインにアリスは真面目な顔をして頷いた。
「勉強です。いつ何が起こるか分からないから、食料は出来るだけ自給自足できるようにしておかないと。でないとまた飢えたりするかも……」
黒い本を読んでいて断罪エンドも辛かったが、飢餓エンドも相当辛かった。アリスが何を思い出しているのか気づいたキャロラインは、ハッとして頷く。
あのエンドは国全体で起こった事だったので、当然キャロラインもひもじい思いをしたのだ。
「そうね。自給自足は大事だわ。授業に農業も入れるべきね」
「ですよね。私もそう思います。小麦とかも今から少しづつ貯蓄しておいた方がいいんじゃ」
「言えてるわ。いざという時の食糧はとても大事だもの」
真剣に話し込みだしたアリスとキャロラインに、誰も口を挟まなかった。ノアとキリは事情が分かっていたし、ルイスとカインはあまりにも真剣な二人に圧倒されたのだ。
「えっと、キャロ? ここは魔法の勉強をする所であって、農業を勉強する場所ではないんだぞ?」
「そうだよ、キャロライン。てか、何でアリスちゃんの話にそんな乗っかってんの~?」
からかおうとしたカインをアリスとキャロラインが二人して睨みつけてきて、それ以上何も言えなくなってしまって口を噤んだカインの肩をノアが叩いた。
「これの理由も週末話すよ、カイン。さてアリス、夕食は何食べるの?」
「はっ、ご飯! えっとぉ~どれにしよっかな~」
チラチラとキャロラインを見上げると、キャロラインは諦めたようにカードを貸してくれた。
「えへへ! キャロライン様だいすき! 私、これにする!」
そう言ってアリスが選んだのは『本日のシェフのお任せ』だった。
「本当に調子良いわね。ノア、あなたはどうするの?」
「え? 僕もいいの?」
「もうこの際構わないわ。それに、今となっては食事まで階級で分けるなんてバカバカしいとさえ思ってるわよ」
「キャロ……」
「キャロライン……」
「じゃあ、お言葉に甘えて僕もアリスと同じのにしようかな。キャロラインは? 僕が買ってくるよ。ルイスとカインの分も買ってこようか?」
「私も同じでいいわ。ありがとう」
「あ、俺も同じのでいいぞ。悪いな」
「了解。カインは?」
「俺は一緒にいこっかな」
「そ?」
歩き出した二人を見送って空いてる席に座ると、ルイスは小競り合いをしているキャロラインとアリスの顔を交互に見て小さく噴き出した。
「お前たち、何だか姉妹のようだな」
制服を着ているから余計にそう思うのかもしれないが、お互いに遠慮のない物言いがまるで仲の良い姉妹のようだ。見た目は全く似てはいないが、破天荒な妹とそれに手を焼く姉のような雰囲気がある。まるでずっと昔からお互いの事を知っていたかのような気安さだ。
ルイスの言葉にアリスもキャロラインもお互い顔を見合わせて苦笑いを浮かべている。
「それはとてもその、不本意ですわ、ルイス様」
「え⁉ なんでですか!」
「私にこんなおバカな妹は居なくてよ」
「ひ、ひどい! キリぐらい酷い!」
「あの方と一緒には流石にしてほしくないわね……」
アリスの執事を思い出してキャロラインが笑うと、アリスもつられたように笑った。
何故だろう。ルイスの一言が何だか胸を暖かくする。口では嫌味を言っているが、アリスとの今の関係は嫌じゃない。むしろ楽しいとさえ感じてしまう。あんなにも憎かったのに――。
ノアはまだメニューを見て悩んでいるカインの隣で、アリス達の注文を次々と押していく。しばらく悩んでいたカインも結局皆と同じ物を頼み、小さなため息を落とした。
「ノア、一つ聞いてもいいかなぁ?」
「うん?」
「お前はさ……ルイスに忠誠心ないの?」
面と向かってこんな事を聞いても仕方ないと思うのに、聞かずにはいられなかった。
突然のカインの質問にノアが少しも困った素振りを見せず笑う。
「カインはやっぱりカインだね。流石、何度も何度もアリスとキャロラインを追い詰めただけある。そっか、根本的な性格はやっぱり変わらないのか……」
「は?」
突然訳の分からない事を言い出したノアにカインはイラつく。
「ああ、ごめん。そうだね、忠誠心はあんまりないかもしれないね」
「……」
コイツのこういう所が嫌いだ。カインが幼い頃から叩き込まれた物をいつもあっさりと否定するのだ。
「だって、僕が探してるのは仲間だから。仲間に必要なのは忠誠心じゃなくて、信頼とか信用とか、そういうものじゃない?」
「ルイスは次期国王だ。俺は宰相。それでも敬意とか払えない?」
「ないね。庶民の観点から言わせてもらえば、はっきり言って国王が誰だろうがあんまり関心ないんだよ。自分の暮らしに皆必死なんだから、生活を豊かにしてくれる王なら誰でもいい」
「……それは、王家に対する侮辱だろ」
「聞かれたから答えただけだよ、僕は。それに僕と君とでは立場が違う。君は一体どんな洗脳を受けてきたの? 君こそ、いつかルイスが仕えるべき相手じゃなくなった途端に手の平を返しそうで怖いね」
そう言ってノアは薄く笑った。カインはノアの事を常に警戒していた。軽い口調でそれとなくいつも牽制してくるのだ。ここらへんの性格はやはりアリスの思い出した設定集通りなのだろう。
幼い頃からカインは次期宰相という立場を約束され、そしてその為の教育を受けてきた。将来仕えるべき王の片腕となる為の教育だ。だからこそルイスの周りにおく人間には細心の注意をいつも払っている。その為にアリスは過去に何度もこの男に糾弾された。あの断罪エンドの引き金を引いたのもこの男だ。
「俺は裏切らないっ! 絶対に!」
突然声を荒げたカインに、周囲に居た人たちがギョっとした顔をして凍りついた。そんなカインの反応を見てもノアはいつものように笑う。
「まあ、君もルイスもキャロラインみたいに人間に進化出来る事を祈ってるよ」
「どういう意味だよ?」
「そのまんまの意味だよ。君もルイスも誰かの敷いたレールに乗っただけで、自分で考える事を止めてしまった人形のようだから、未来を掴みとれるように早く人間になってねって言ってるの。その為に週末に話をするんだよ。そこでよく考えて」
「……」
やっぱりコイツは嫌いだ。カインはノアを睨みつけると、先にルイス達の元に向かった。
少し離れた場所からルイス達を見ていると、キャロラインとルイスが仲良さげに話をしていて、それをニコニコしながら聞いているアリスが居る。時折キャロラインに話を振られたアリスは何か答えてキャロラインに叱られているが、それを見て今度はルイスがニコニコしていて、心底アリスが羨ましいと思った。そんな自分の感情に気付いたカインは、ハッとして息を飲む。
(駄目だ。ルイスは主君であって友人じゃ……ない)
ルイスにあんな笑顔を向けられた事などない。それは、そんな笑顔を向けられないようにしていたからだ。主君と家臣の境目を超えてはいけない。呪縛のようにカインを蝕むのは、幼い頃から叩き込まれた言葉たちだ。
「そうか……だからノアが苦手なんだな、俺は」
ノアは本人も言っていた通り、ルイスに忠誠心など無い。だから本当にルイスを友人として扱っている。それはルイスもだ。辛辣な事も平気で言うノアに対して、ルイスはある種の信頼を置いているのだ。そして、ノアの言う事は正しい。主君が変われば、カインはきっと違う王の家臣になるのだろう。
『君もルイスも誰かの敷いたレールに乗っただけで、自分で考える事を止めてしまった人形のよう』
ふと、ノアのセリフが頭を過る。
「自分で……考える……」
ぽつりと呟いた言葉は、あまりにも心許なかった。