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第8話

 アリスが学園に編入して半月ほど経った頃、ようやく学園にも馴染みはじめた。


 相変わらず友達は居ないがアリスがノアと他愛もない話をしながら食事を待っていると、急に食堂がざわつき始めた。なんだろうと顔を上げると、今まで団子のようになっていた食券機周りが急に蜘蛛の子を散らすように人が居なくなって、代わりに現れたのは、


「こ、攻略対象達……悪役令嬢付き……」


 アリスは食堂に入ってきた一同を見て口をあんぐりと開けた。スチルで何度も見た顔ぶれだが、やはりイラストと現実は違う。華やかすぎる。


 同じ学園に居るはずなのに今までどうしてこの人達と顔を合わせなかったのだろうか、と思う程すれ違う毎日だったのだが、おそらくノアが、アリスが学園に慣れるまで時間を調整して彼らと出会わないようにしてくれていたのだろう。


「こら、アリス!」


 思わず漏れた声に隣からノアが、シー! っと人差し指を立てて注意してきた。


「ご、ごめんなさい。つい……凄いね」

「これを見たくて入学した子も居るぐらいだからね」


 そう言って苦笑いを浮かべたノアだったが、すぐに顔を顰めた。


「やば、気づかれた」

「へ?」


 ポツリと呟いたノアの視線の先には、こちらに気付いたルイスの姿。


 何故かじっとこちらを見つめて、いや、睨んでいたルイスは隣に居たカインに何か告げると、ツカツカと歩み寄ってきて一言。


「ノア・バセット! 今期こそ覚悟を決めてもらうぞ! ん? そちらの令嬢は誰だ?」

(生ルイスキターー!)


 思わずポカンと顔を上げてルイスの顔を見つめていたアリスだったが、ふと思い出して慌てて席を立って挨拶をした。


「お初にお目にかかります。ノア・バセットの妹、アリス・バセットと申します。以後、お見知りおきを」


 何度も何度もキリに叩き込まれた挨拶を噛まずに言えた事にホッとしたアリスは、チラリとノアを見た。ノアはそんなアリスを見て小さく頷いている。


「ああ、聞いている。何でも不思議な魅了を使うと聞いたが?」

「へえ。流石に早耳だね」

「お前な、俺を誰だと思ってるんだ? 流石に時期外れの編入生の情報ぐらいは入っている。カインこっちだ! ここが空いてるぞ!」


 そう言ってこちらの意見など全く聞かずにルイスはノアの正面にドカリと座った。


「ルイス? 僕は許可してないんだけど?」


 笑顔でルイスにそんな事を言うノアは、アリスが初めて見るノアだった。


(兄さま、目が笑ってない! 怖い! 怖いよ! てか、相手、次期王様だよ⁉ 何で呼び捨てなの⁉)


 オロオロするアリスに気付いたノアが笑みを深めてルイスを見つめると、ルイスも少したじろぐ。


「あ、空いてるんだからどこに座っても構わないだろう?」

「空いてるんじゃなくて、空けたんだよね? そういうのは感心しないな」


 確かにさっきまで側に座っていた人たちがいつの間にか移動している。


 けれど、ルイスの言葉も間違ってない。こんなに混んでるのに何故かアリス達の周りは空いていたのだ。そしてその原因はアリスのお花畑の脳みそでもすぐに理解できた。


 兄もまた、この学園では浮いているのだという事を!


「はわわわわ」


 これは平穏に学生生活を送るにはノアの側に居ない方がいいのでは? そう思うのに、当のノアはと言えば挙動不審なアリスのおでこに手を当てて首を傾げている。


「アリス、お腹減ったの? もうちょっと待とうね。もうすぐ前菜が来ると思うから」

「う? うん、だ、大丈夫」


 妹の心、兄知らずである。


 今すぐにでも食事を持ってキリの元へ行きたい。こんな人達に囲まれて食事なんてとてもではないが出来そうにない。だって、何だかルイスとノアの後ろに大きな虎と龍が見えるのだ。 


 そんな三人の元へ攻略対象達が続々と集まってくる。


(み、皆何か背後に背負ってるんだよ~! 怖いよ~!)

「ノアじゃ~ん! あれ~? このカワイコちゃんどこの子?」


 遠慮も何もなしにカインがアリスの隣に座った。アリスの内心は汗ダラダラである。何せ過去アリスは毎度毎度このカインに振り回されていたからだ。


「僕の妹だよ。手出したら、ただじゃおかないからね」


 優しい口調なのにノアのセリフは冷え切っている。このギャップ! 萌え~! どころではない。怖い! 


 けれどノアのこの反応はあの本を読んだ後では正解なのかもしれない。断罪イベントでアリスを最後まで執拗に追い詰めたのは、カインだったのだから。


(そう思うと何か腹立ってきた)


 アリスはキッと隣のカインを睨みつけると、フンと鼻息を荒くした。


「おお? なになに、急に好戦的! 流石ノアの妹。根性座ってんね」


 楽しそうにアリスの髪を弄ろうとするので、その指先を噛む振りをしてやった。威嚇の仕方がまんま犬である。


「えーなにコレ! いいな~俺もほしい~」


 何が良かったのかカインのアリスに対する好感度が1上がった。


 そこへカツカツと小気味の良い靴の音が聞こえてきた。ふと顔を上げると『花冠1』の悪役令嬢、キャロライン・オーグが真っすぐこちらに向かってくる。


 思わず身構えたアリスとノアだったが、キャロラインは呆れたような顔をしながら近くまできてルイスの隣に腰かけようとして、ふと視線を上げた。


「ひっ⁉」

「ひ?」


 アリスを見た途端、不思議な単語を発してキャロラインは後ずさる。


「キャロ? どうした?」

「キャロライン?」


 あまりにも不審な動きに一同は思わず首を傾げてしまう。


 アリスの知っているキャロラインはいつでも毅然としていて堂々としていて、決してこんな動きをするような人ではない。ないのだが。


「キャ、キャロライン、どうしたんです? ぐ、具合でも悪いのですか?」


 ジリジリと後ずさるキャロラインの肩を誰かが掴んだ。アランだ。


「ど、どうして……こんな所で会うなんて……」


 意味深な言葉を残してキャロラインはアランの手を振りほどくと、足早にその場を立ち去ってしまった。思わずノアと顔を見合わせたアリスはまだ事態が飲み込めずにいる。


「これはもしかしたら……」

「お待たせしました。こちら、ホロホロ鳥のかば焼きコースでございます」


 何かに気付いたようにポツリと呟いたノアの声は、昼食を持ってきたメイドによってかき消されてしまった。ついでに、アリスの頭の中も綺麗さっぱりかば焼きに上書きされてしまう。


「はい! 私! 私です!」


 立ち上がって手を上げたアリスを見てカインは噴き出し、アランは驚いたように目を丸くしてルイスは目を細めて頷いている。


「元気なのはいい事だ。な、ノア」

「そうだね。ところでいい加減どこかに行ってくれない? 僕はアリスと二人で食事したいんだけど」

「お、お前、まだそんな事言うのか? いいや、どこにも行かない。俺もここで食べる。そうだろう? カイン、アラン」

「俺? 俺は別にどこでもいいよ」

「ぼ、僕もどこでも」


 そう言って席についたカインとアランだったが、そんな事にアリスは構わない。高燃費アリスが最優先すべきは攻略対象とのランチや挙動不審に去って行った悪役令嬢ではない。食事なのである!


「アリス、僕のを待たなくていいよ。はい、ちゃんとナプキン置いて」

「ありがとう、兄さま! いっただきま~す!」


 膝の上にナプキンを置かれて、いざ実食。


 食事中のアリスは大変静かである。そして腐っても貴族。マナーはちゃんと叩き込まれているのだが、食べてる最中の表情は非常に煩いらしく、皆の視線が始終アリスに釘付けだった事は後からノアに聞いた。


 アリスはとても丁寧に、しかしたっぷりと、トロトロに煮込まれ焼かれて柔らかくなったホロホロ鳥の骨までしっかりと味わう。


 それを見ていたノアがギョっとした顔をしてアリスの頬を両手で抑えた。


「アリス? 今、骨食べた? 食べたよね? 駄目だよ骨は! ぺっしなさい! ぺっ!」

「……」


 首を振ってイヤイヤするアリスと吐き出させようとするノア。しばらくその攻防を繰り返していたが、アリスがゴクンと喉を鳴らした事で戦いは終わった。


 出された食材は骨までしゃぶりつく女、それがアリスである。しゃぶりつくすどころか食べてしまった訳だが。


「アリス、いつも言うけど骨とか添え付けの葉っぱとか、お皿に乗ってるの全部食べるのは止めようね。いくらマナーが出来ていても台無しだよ?」


 ノアの言葉にアリスは憤慨した。ちょっぴりだけど。


「兄さま、出されたモノは全て食べる。それが命を頂くと言う事だよ! 残すだなんて私には絶対に出来ないよ。それに、骨を食らわば皿までって言うでしょ⁉ 本当なら私だってお皿まで食べたいんだよ!」

「お嬢様、尤もらしい事を仰ってますが、僭越ながらそれは毒を食らわば皿まで、ですね。世の中にそんなお嬢様に都合の良い言葉はありません。お嬢様はただの高燃費食欲魔人ですよ」

「ひいっ! キ、キリ! いつ戻ってきたの⁉」

「今です。早目に戻って正解でした。危うくお嬢様に皿まで食べられる所でした」


 淡々とアリスの食べ終わった食器を片付けながらそんな事を言うキリは、馬鹿にしたような視線をこちらに送ってくる。


「ふ、ふぬぅ!」

「おかえり、キリ。アリス、キリの言う通りだよ。お皿まで食べだしたら流石の僕も引くからね? 骨がギリギリだよ?」 

「うぅぅ……」


 にっこり笑ったノアにアリスは渋々頷いた。隣から「いや、骨もアウトだよね」なんて笑い声が聞こえてくる。カインめ……覚えてろ! 


「お待たせしました。本日のAコースになります」


 そこへメイドがアリスが食べたものよりもずっと豪華な食事を持ってやってきた。


「ああ、キャロのか。彼女は戻った。下げてくれ」


 さも当然かのようなルイスの声にアリスはギョっとした。思わずノアの腕を引っ張って耳打ちしてしまう。


「に、兄さま、ご飯残すとどうなるの?」

「ん? おそらく廃棄じゃないかな。勿体ないけどね」

「は……はいき……」


 世界で最も嫌いな言葉、廃棄。フッとアリスの意識が遠のく。実際に覚えている訳でもないのに本に書かれていた餓死寸前までいった過去アリスのエンドを思い出す。


 けれどここで、それ私が食べます! とは言えない。それはよく分かっているのだが、お残しを廃棄されると聞いたらこうしちゃいられない。


「兄さま! ご馳走様でした! それじゃ!」

「え? ちょ、アリス! どこ行くの⁉」


 アリスは急いで立ち上がるとキャロラインの食事が乗ったワゴンを追った。ワゴンは角を曲がり生徒立ち入り禁止の区域に入っていく。アリスはキョロキョロと回りを見回して誰も見ていない事を確認してその後を追う。


 やがて辿り着いたのは厨房だった。そっと中を覗くと中にはコックが二人、顔を突き合わせて何か話している。


「はぁぁ……またか。どうせ食えねぇんだから、こんなにもいらねぇんじゃねぇの?」

「全くっス。これだからお貴族様は。こんだけ飯があればどんだけの人間が飢えずに済むか」

「そういや聞いたか? 今日また一人辞めさせられたらしい」

「またっスか? 今度は何したんスか?」

「何か、希望するデザートがなかったんだと」

「はあ? ただの我儘じゃないっスか!」


 アリスは壁に耳をピッタリとつけて聞き耳を立てていた。どうやらコック達の怒りは最高潮のようだ。これはとても頼みづらい。


 一瞬引き返そうとも考えたのだが、ふと視界の端に食べ残しが入った大きなバケツが見えた。中にはアリスからしたら到底考えられない程の量の食べ残しが入っている。それを見た途端、アリスの体は勝手に動いていた。


「たのもー!」

「おおっ⁉ な、なんだ? どっから入った⁉」

「だ、誰っス? せ、制服着てるんスけど!」


 突然現れたどこかの貴族令嬢にコック達は慌てふためくと、すぐに帽子を取って首を垂れた。


「私はアリス・バセット! 美味しいご飯、ご馳走様でした! ホロホロ鳥の骨、トロトロで最高でした! つきましては一つお願いがあるのですが!」


 突然の大声と賛辞にコック達は揃って顔を上げて首を傾げている。


「骨? 骨食ったのか?」

「いや、流石に聞き間違いっスよね?」


 コック達が疑うので、アリスはもう一度大きな声で言う。


「骨、美味しかったです!」

「ほらやっぱり! この子、骨食べちゃってる!」

「や、やべぇのが来た……お、お嬢さん? えっと、何か御用っスか?」


 コックの視線は完全に危ない人を見るそれなのだが、一度火のついたアリスはもう誰にも止められない。


 色んな理由で食べられなくて仕方なく残す事もあるだろう。しかし! ただ捨てるだけなのはもったいない! 何かに活かしたい! 幸いアリスにはなんとなく農業の知恵(主にバートから得た知識)と苗(バートから貰った)がある!


「廃棄になった食材をもらえませんか!」

「……はあ⁉」

「え? 大丈夫? この子大丈夫⁉」

「大丈夫! 私は正気です!」

「いや、自分でそういう奴が一番危ないってじっちゃんが言って……」


 一体何が起こったのか、コック達が気づいた時にはアリスと名乗った少女は、生ごみが入ったバケツの中身だけを持ち去って行ってしまった。


 コック達は訳が分からず顔色を悪くして呟く。


「な、なあ、あれ、まさか食うんじゃねぇよな?」

「いや~流石に……でも、骨食っちゃったぐらいだから……」


 サーっと青ざめた二人は、今日起こった事は誰にも黙っていようと心に決めた。


 しかし、この日からアリスは頼んでも居ないのにちょくちょくここへやってくる事になるのを、二人のコックはまだ知らない。


 いわゆる生ごみを大きな袋に入れて、アリスは意気揚々と厨房から出たところでノアとキリに捕まった。


「ぎゃんっ!」


 キリに首根っこをギュっと掴まれたアリスは大人しく首を垂れる。


「アリス! 突然居なくなったらビックリするでしょ⁉」

「お嬢様、ここは領地じゃないんですよ。もう少し抑えてもらえませんか、色々と」

「ご、ごめんなさい。ところで兄さま! この辺に土がある場所は無い⁉」

「つ、土?」

「そう! 土!」


 一応は謝ったものの、すぐにいつもの調子を取り戻したアリスの持っている袋を、目ざとくキリが見つけた。


「お嬢様、私はお断りします」

「まだ何も言ってない!」

「何も仰ってませんが、ロクな事じゃない事だけは分かります」

「いいもん! 一人でやるもん!」

「あ、こら!」


 フンとそっぽを向いたアリスはとりあえず校舎を出て外をグルリと歩いて回る事にした。チラリと後ろを見ると、なんだかんだ言いながら二人はついてくる。


 しばらく歩いていると、庭いじりをしているおじいさんを見つけた。


「お仕事中にすみません!」

「ん? おや、どうしたお嬢ちゃん。校舎はあっちじゃよ?」


 突然現れたアリスにおじいさんは目を細めて校舎を指さす。


 アリスはブンブン首を振って手に持っていた袋をズイっと見せる。


「これを地中深くに埋めたいので、ミミズとか微生物が沢山いる場所を教えてください! ついでにスコップも貸してもらえたら嬉しいです!」

「ア、アリス……」

「はぁ……やっぱりロクな事じゃない……」

「ミミズ? 微生物? ん?」


 目を瞬かせたおじいさんはアリスの手に持った袋の中身を見て笑った。


「なんじゃ、お嬢さん肥料でも作るのか?」

「はい!」


 自信満々に頷いたアリスを見て、おじいさんは目を丸くした。


「お、おお、そうか。変わったお嬢さんじゃな。こっちじゃ、ついといで」

「ありがとうございます!」


 おじいさんは呆れながらも歩き出す。アリスもその後をついて行くが、後ろからノアの「キリ、諦めよ」という声が聞えてきた。


 やがて辿り着いたのは森の入り口だった。奥に小さな小屋が一つあり、そこがおじいさんの作業場らしい。その裏手は領地でよく嗅いだ腐葉土の匂いがしていてアリスはピンとくる。


「ここ! ここ借りてもいいですか⁉」

「構わんよ。生ごみはまずしっかり洗うんじゃよ。味の濃いものはあいつらには毒じゃから。ほら、これ使え」

「はい! キリ、これ洗ってきて」

「……はぁ……一人でするんじゃ無かったんですか」


 生ごみと洗う為のザルを受け取ったキリは、渋々表の水場に向かう。


「アリス、穴掘るのこのへんでいい?」

「うん! 私も一緒に掘る!」

「はは。無理はしないでね」


 文句タラタラのキリとは違い、ノアは既に穴掘りの準備をしていた。本当に出来た兄である。


 どれぐらい穴を掘っていたのか、側で穴掘り監修をしていたおじいさんからようやくオーケーのサインが出た。それを受けて額の汗を拭いながらキリ(途中でアリスからキリへと交代したのだ)とノアが穴から這い出してくる。


「ほれ、嬢ちゃん、それを入れな」

「はい!」


 深く掘られた穴に生ごみを全て入れ、せっせと土を被せていく。最後の仕上げとばかりにアリスは土に魔法をかけた。イメージするのは、推しのライブに行った時の熱狂だ。これできっと、ミミズも微生物も元気になるだろうが、ミミズ達からしたら迷惑意外の何物でもない。


「ほっほ! お疲れさん。ほれ、これでも飲んでいくといい」


 おじいさんが持ってきてくれたのは冷たい紅茶だった。アリスはそれを受け取って笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます!」

「すみません、妹がお世話かけました」

「本当に、お仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありませんでした」

「なんのなんの。仕事はもう終わってたから構わんよ。儂も久しぶりに楽しかったしの」

「おじいさん、また遊びに来てもいい?」

「アリス!」

「お嬢様!」


 二人は眉を吊り上げてアリスを止めようとしたが、意外な事にお爺さんから助け船が出た。


「別に構わんよ。お菓子も何もないが、それでも良ければ」

「やったぁ! ありがとう! おじいさん」

「ほっほっ! こりゃまた随分可愛らしい友人が出来たわい」

「……」

「……早くもお嬢様の被害者が……」


 喜ぶ老人と少女を、一体誰が咎める事が出来よう。


 ノアとキリは肩をすくめて嬉しそうな老人とアリスを見守る事しか出来なかった……。


 泥だらけで寮の部屋へ戻ってきた三人は、取り急ぎ泥にまみれた顔や体を拭いて服を着替えた。入浴は学年毎に時間が決まっていて、夕方からしか入れない。


 ちなみに、公爵家、侯爵家、伯爵家の部屋にはそれぞれお風呂がついているというから驚きである。


 寮の部屋にはさほど広くないホールがあり、真ん中には頑丈そうな木で出来たローテーブルと柔らかそうなソファが置いてある。


 ホールの奥に三つの扉があり、アリスの部屋は真ん中の部屋だ。ノアの話では、その部屋だけ鍵がかかるので、そこをアリスに譲ってくれたらしい。


「アリス、明日の準備したらここに戻ってきて。少し気になる事があるんだ。キリもだよ」

「はい」

「? うん、分かった」

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