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168. 姫は『1人じゃない』そうです

168. 姫は『1人じゃない』そうです




 時間は23時。オレは1人で事務所のレッスンルームにいる。すたライに向けて練習をするためである。


『姫宮ましろ』と知られるわけにはいかない以上、この遅い時間にするしかないのだ。歌詞割りと振り付けはある程度覚えてきたし、明日の朝配信も休みにしている。何とか形にしないとな。


 ちなみに彩芽ちゃんが練習に付き合ってくれると言っていたが、自分の練習もあるし配信もある。だからその気持ちだけ受け取った。本当に優しくて可愛いよな。


「……ん?」


 そんな時、ガチャリと扉が開く音がした。誰か入ってきたようだ。こんな時間に誰だろう?桃姉さんには誰もこないようにしてもらっているはずなんだが……


「お疲れ様」


「え?立花さん?配信入ってなかったでしたっけ?」


「休みにしたわ。ほら音源用意して、練習するんでしょ?」


「もしかして……オレのためですか?」


「……1期生のため。Fmすたーらいぶのため、リスナーのため。初めてのオリジナルユニット曲なんだから成功させたいでしょ」


 そう言う立花さんは少し頬を赤くしながら顔を背ける。本当にこの人も素直じゃないよ。でも正直助かる。1人じゃ心細かったところだ。それにオレのために時間を割いてくれるなんて本当にありがたいことだ。


 その後、2人で黙々と練習をする。時々アドバイスや指摘をしてもらいながら進めていく。そして1時間くらい経っただろうか。流石に喉が渇いたので休憩を挟むことにした。


「立花さん。飲み物どうぞ」


「ありがとう」


 2人とも壁に寄りかかり水分補給をする。ふぅ〜……結構熱中していたのか汗かいてるなぁ。横目でチラッと立花さんの方を向く。彼女の方を見ると、タオルで顔についた汗を拭いていた。それだけなのに色気を感じるのは何故なのか。


 ……違うんだ彩芽ちゃん!立花さんはオレより年上で、大人っぽい雰囲気があるからそうなるだけだ!決して下心とかはない!! 変なことを考えていたせいか、視線を感じた立花さんがこちらを見た。目が合ってしまったため慌てて逸らす。うわ……なんか恥ずかしいなこれ……。


 すると、彼女はクスッと小さく笑った気がした。恐る恐る見るとやはり微笑んでいる彼女がいる。何というか普段あまり見せない表情だった。


「あ、あの……」


「ごめんなさいね。そういうところ、ちょっと可愛らしいなって思って」


「……可愛いって言われても嬉しくないですよ」


「あら?颯太は『姫宮ましろ』でもあるんじゃないの?」


 からかわれているなこれは。確かに『姫宮ましろ』なら嬉しいけど、今は神崎颯太だからな。


 その後はまた練習を再開する。さっきよりも集中できていたと思し、ミスもほぼなくなっていた。時間は深夜1時を回ったころ突然レッスンルームの扉が開かれる。


「お疲れ様~飲み物買ってきたよ」


「2人してましリリィ始めてるじゃんw」


「七海!また変なこと言って!始めてないでしょ!」


「月城さん、日咲さん……どうして?」


「マネージャーから聞いてさ?颯太君と紫織ちゃんが練習してるって。それにみんなで合わせた方がいいでしょ?あ。深夜のタクシー代高いんだよ颯太君?頑張ってもらわないと困るな」


「はは。ありがとうございます」


 1期生が全員揃って深夜のレッスンが始まった。それから3時間ほど練習を続けた。そろそろ終わりにしようかというところで、立花さんが口を開く。


「これなら収録本番も上手くいきそうね」


「そうだね~。こんな朝方まで身体動かしたことないかもw」


「大丈夫?紫織さん?」


「年寄り扱いしないで。別に平気よこのくらい」


「あの!みんな……ありがとうございました」


 オレは頭を下げる。オレのために集まってくれて本当に優しい人たちだ。感謝してもしきれない。


「いちいち気にしなくていいから」


「そうそう。同期なんだから当然だよ」


「あのさ颯太。もっとあたしたちに頼ってくれていいって。Vtuberの仕事も、プライベートのことも。もう1人じゃないんだからさ?」


 そうだ。オレは1人じゃない。仲間がいるから頑張れる。支えてくれる人がたくさんいる。だからこそ、オレは『姫宮ましろ』として、Fmすたーらいぶの一員として活動していくんだ。


 こうして練習は朝まで続いた。ちなみに帰りに、日咲さんに『練習付き合ったんだから何かおごって』と言われ、アイスやお菓子をおごることになった。こういうところはきっちりしてるよな。それが日咲さんの良いところでもあるけどさ。

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