138. 後輩ちゃんは『歩きたい』ようです
そして翌日。オレはいつもの時間に目覚める。『姫宮ましろ』の朝配信は休みだが、彩芽ちゃんと遊園地に初めてデートに行くから妙に緊張してしまって起きてしまったのだ。
「遊園地までは……まず駅まで15分、電車で30分。そこから歩いて15分。計60分か」
なるほど。いつもの朝配信の半分か。焦る必要はない。なんなら配信と同じに考えよう。これは『ましのん初デート』配信だ。
「とりあえずトークデッキを作ったほうがいいか?」
そんなことを考えながら、時間まで準備をしてリビングに降りていくと、彩芽ちゃんが準備を終えてそこにいた。普段とは違う私服姿にドキッとする。
「おっおはよう。彩芽ちゃん」
「おはようございます颯太さん」
……なんか彩芽ちゃん落ち着いてる?あ、あれ?もしかして楽しみにしてるのはオレだけだったりする?……どうしよう。なんか急に不安になってきたんだけど?
オレはソファに座って落ち着こうとするが、彩芽ちゃんが隣に座ったのを見て余計に心拍数が上がる。
「あの……もう行きませんか?」
「そっそうだね。じゃあ遊園地にいこうか!」
そう言うと玄関を出て駅に向かって歩き始める。最寄り駅に着くと、ちょうどいいタイミングで電車が来た。それに乗って目的地である遊園施設のある駅まで移動する。
その道中も、会話はほとんどなく……オレの考えたトークデッキは全く役に立たない。なんかお互いに緊張しているのか、いつもより距離感を感じるというか……。いやオレだけか?この緊張は?すると、彩芽ちゃんが口を開いた。
「遊園地楽しみですね?」
「あっああ。遊園地なんて両親が生きてた時に連れてってもらった時以来だよ」
「あ。……ごめんなさい」
しまった……変に気を使わせちゃったかな? そう思いながらも、目的の駅に到着しそのまま向かった。
園内に入ると、様々なアトラクションがあって、どの乗り物から乗ろうか迷ってしまうが……ここは昨日、日咲さんから色々聞いているから。まずは彩芽ちゃんに聞くのがセオリーだ。
「彩芽ちゃんは何乗りたい?絶叫系とか大丈夫?」
「その……苦手です」
「そっか。ならお化け屋敷とか怖いのは平気?」
「怖いのは……ちょっと……」
「……じゃあメリーゴーランドとかコーヒーカップとかかな?」
「回るのは酔うので……あまり……」
……何も乗れないんだが。なんで遊園地に行きたかったんだ彩芽ちゃんは?
「その……園内を歩きませんか?」
「え?」
「ここは……ファンタジー世界の街並みも人気らしいですし……だから……お散歩したいなって……思って……」
そう言って顔を赤くしながら俯く彩芽ちゃんを見ると、なんだか愛おしくて仕方がない。その姿を見て緊張はどこかに行ってしまった。
でも確かに、こういうテーマパークはそういう雰囲気を楽しむ場所だし。歩くだけでも十分楽しいかもしれないな。
「そうしようか。彩芽ちゃん手を貸して?」
「え?」
「デートは……男がエスコートするもんだし……普段は『姫宮ましろ』のオレが姫だけど、今日は彩芽ちゃんがお姫様みたいなものだから……さ?」
そう言って手を差し出すと、彩芽ちゃんは少し微笑みながらも手を繋いでくれた。その手はとても小さくて柔らかくて暖かくて。ずっと握っていたくなるような気持ちになる。
オレたちはゆっくりとした足取りで、ファンタジーの街並みの中を歩いていく。本当に異世界に迷い込んだみたいだ。それからは園内を散策しながら写真を撮ったり、彩芽ちゃんはお店にあるぬいぐるみに興味津々だったり、ショーを観て楽しそうな笑顔を見せていたりと、色々な表情を見せてくれた。
その時間がとても幸せで、本当に夢の中のような感覚になっていた。