64. 姫は『声』が出ないようです
オレは今Vtuber『姫宮ましろ』になって初めてピンチを迎えている。時間は朝6時30分。この時間から午前8時の朝配信に向けて準備をしていくのだが……
「まずい……ごえがでない……」
夏風邪だろうか。声がガラガラで出にくい。昨日は熱帯夜でエアコンをガンガンつけて寝たのも原因かもしれない。
「じがだない(仕方ない)、はいじんをやずむわけにはいがないし(配信を休むわけにはいかないし)」
少し掠れ声でマイクテストをしながらパソコンを立ち上げていく。
「おはようございます……姫宮ましろでず……」
やっぱりダメだ。こうなったら……文章で対応するしかない。タイピングが得意なわけじゃないけど、これしかない。とりあえずツイートして……
姫宮ましろ@himemiyamashiro
『おはようございます。ごめんなさい親衛隊のみなさん。本日体調不良で声が出ないため、パソコンで筆談配信になります(-_-;)』
いつもならこんなことはしない。体調管理も仕事のうちだと割り切っているからだ。とか、夏風邪をひいたオレが言えた立場ではないけど。
Twitterには『姫無理しないで』とか『オレがましろんの喉になる』など心配の声が寄せられていた。そして配信が始まり、慣れないタイピングで今日の配信をなんとか乗り越えることができた。
しかし、こんな配信をしても意味ないので改めてTwitterで喉が治るまで朝配信を1週間くらい休ませて下さいとお願いをすることにする。
姫宮ましろ@himemiyamashiro
『観に来てくれた親衛隊の皆さん。今日は本当にごめんなさい_(._.)_喉が治るまで朝配信を1週間くらい休ませてください(>_<)また元気になったら、ましろとお喋りしようね(^-^)/』
「とりあえずごれで……」
すると数分も経たないうちにリプが来た。『1週間かぁ……寂しい』『ゆっくり休んでください』など優しい言葉ばかりだった。そして意外な人からディスコードからチャットがくる。それは朽木ココアちゃんからだった。
ココア:「あのあの!ましろ先輩大丈夫ですか?」
ましろ:「大丈夫だよ。夏風邪だね。熱はないし、声が出ないだけだから」
ココア:「ましろ先輩。ココアたち3期生が朝配信をピンチヒッターしちゃダメですか?かのんちゃんが集めてくれて今3期生のグループで話してるんです。それでココアが聞いてみるって言って今チャットしてるんですけど。」
突然の申し出にオレは戸惑ってしまう。だから鈴町さんは来ないんだな。こんなことがあればすぐにでも来そうだもんな。でも……あのコミュ障の鈴町さんが3期生に声をかけてくれたのか。嬉しいな。
ココア:「今日は火曜日なので、明日から毎日3期生が一人ずつ配信すれば……それにましろ先輩には助けてもらいましたし、今度はココアが助けたいんです」
そんなことを言われてしまうと断れないじゃないか。それにこうやって動いてくれただけでも嬉しいよな。
ましろ:「そっか。ありがとう。それならお願いしようかな?」
ココア:「ありがとうございます!」
そのままチャットを終えて、オレは3期生のために少しでも力になれればとさっきのココアちゃんとのやり取りをコピーしてTwitterに貼り付けておく。
姫宮ましろ@himemiyamashiro
『ましろ。今感動してます。優しい後輩ちゃんたちが、代わりに水曜日から日曜日まで朝配信します!親衛隊のみなさんもそうじゃない方もぜひ観にいってあげてください!今度コラボしようねみんな」
これでよしっと。すると鈴町さんが部屋にやってくる。
「あの……勝手に……ごめんなさい」
「いや、ありがど」
「あ。喋らなくて……大丈夫……ですから。その……」
すると鈴町さんはモジモジし始め、何か言いたげな様子だった。オレは首をかしげる。
「あぅあぅ。あの……ですね。アイス……昨日買ってきたので……その……食べませんか?一緒に」
アイス?どうやら気を使ってくれてるようだ。オレが頷くと嬉しそうにしてアイスを取りに行く鈴町さん。配信でも言ったけど、もしかしてオレが日咲さんとアイス食べたから……?まさかな。でも、鈴町さんの優しさは嬉しいなと思うのだった。