59. 姫は『笑顔』になるそうです
時間は夕方16時。オレは今、日咲七海さんことポアロさんと共にコンビニに向かっている。なぜか急にアイスが食べたいと言い始めたからだ。まぁ別にやることはないからいいんだけど。ちなみに鈴町さんはグッズ担当の武山さんと事務所のスタッフさんとのリモート打ち合わせ中だ。
最近はまだオドオドしているが、1人で対応できるようになっている。まぁ知っている人だからっていうのもあるかもしれないが。
「あのポアロさん?」
「七海。外ではそう呼んでよ身バレするじゃんポアロは」
確かに彼女の言う通りだ。ただでさえ声が似ているのに名前まで同じだと特定される可能性がある。とはいえ……いきなり名前で呼ぶ勇気はオレにはない。
「じゃあ……日咲さんでいい?」
「名前でいいけど?でもあたしは颯太って呼んでもいい?年下だけど敬語苦手でさ」
「構わないよ。1つしか変わらないし、ほぼ同い年みたいなもんだと思うし」
「1期生の若い組みだもんねあたしたち!」
そう言ってはしゃぐ日咲さん。見た目も言動も子供っぽいところがあるなこの人は。そんなことを考えながら、歩いて行く。
「ねぇ颯太?聞いてもいい?」
「なんだ?」
「彩芽ちゃんと付き合ってんの?」
「……はい!?」
日咲さんの急な質問に思わず足を止めてしまう。
「いやほら、一緒に住んでるんでしょ?いくら『ましのん』のためだと言っても21の若い女の子がだよ?」
「それは仕事のために仕方なく……会社の指示だし。それに鈴町さんとはほとんど家の中でも一緒にいないから」
「そうなの?それは彩芽ちゃんがコミュ障だからじゃなくて?普通なら異性の人と同棲なんて無理じゃない?」
「せめて同居と言ってくれ。オレと鈴町さんは別に付き合ってないし、そういう関係性もないよ」
オレの言葉を聞いて安心したのか、日咲さんはホッとした表情を浮かべる。
「じゃあ、別にあたしと2人きりでも問題ないね?少し心配したんだよね。オフコラボ配信だと、颯太の部屋で2人きりになるからさ?変に誤解とかされたらどうしようって」
「安心しろ。鈴町さんが好きなのは『姫宮ましろ』であってオレじゃないし、ガチ恋でもないからさ」
ガチ恋。その言葉を口にした瞬間、心の奥がズキリと痛む。オレは……『双葉かのん』の配信を見て応援しよう、一緒に頑張ろうと思った。だから鈴町さんの事は支えてあげたいと本気で思っている。
ただ……やっぱりどこか違うんだよな。オレの本当の気持ちは……。黙り込んでしまったオレを心配したのだろう。日咲さんは優しく微笑みながらオレに話しかけてくる。
「コンビニ着いた。仕方ないからあたしがアイスおごってあげるね」
「オレは子供かよ……」
「少し待っててね」
そう言い残して店内へと入っていく。しばらくして戻ってきた彼女は手にカップのバニラアイスクリームを持っていた。それをオレに手渡すと再び歩き出す。
「はいこれ。食べてみてよ美味しいよ?特にこの季節のフレーバーは最高だね!」
笑顔で話す彼女にオレもつられて笑ってしまう。
「ありがたく頂くよ。でも、こんなに暑いのにわざわざアイス買いに行かなくてもよかったんじゃないか?」
「まぁ気分転換かな。あとは……颯太と話したかったしさ」
「日咲さん……」
日咲さんはとても明るい性格で、周りを元気にする不思議な力を持っているのかもしれない。彼女と話していると自然と笑顔になってしまう。
「……それよりオフコラボ配信どうするんだ?何も聞いてないし決まってないけど?」
「どうしよっか?サムネは出来てるんだよね。あとは内容さえ書き足せばいいんだけど、なかなか思いつかなくってさ」
「なら……やりたい企画があったんだけど」
「え?マジで!なになに?」
「オレと日咲さんならぶっつけでもいけると思うからさ。えっと『わらしべ逆凸』って内容で……」
『わらしべ逆凸』。内容は『Fmすたーらいぶのライバーに聞きたいこと』として最初のトークデッキをリスナーに決めてもらい、そのあとは逆凸をする。次のトークデッキをその逆凸された人が考えていくというもの。ちなみにこのトークデッキは絶対なので、逆凸された人はある意味地獄。
「なにそれ?面白そうじゃん!やろやろ!それにしよ!」
目を輝かせて喜ぶ日咲さん。そんな姿を見てオレも嬉しくなる。こうして『青嶋ポアロ』との初オフコラボ配信の内容が決まったのだった。