36. 姫は『謝りたい』そうです
あれから数日が経った。オレと桃姉さんがリビングで仕事をしていると鈴町さんがやってくる。一瞬オレのことを見るが、すぐに目をそらして冷蔵庫から牛乳をとりだし、それを一気に飲み干すとそそくさと自室に戻って行ってしまった。
やはり鈴町さんはオレに対してぎこちないというか……よそよそしい態度をとっている。この前のことで怒らせてしまったのだろうか?でも、あれは事故だったわけで……。でも謝るべきだよな……。
「颯太。かのんちゃんと何かあったの?」
「え?」
「なんかかのんちゃん、あんたのこと避けてるような気がするんだけど?」
「そ、そうか?」
「うん。間違いないわよ。あんたは彼女のマネージャーでもあるんだから、仲が悪いのは困るわよ?」
確かにそうだ。鈴町さんとの仕事はこれからも続くわけで……いつまでもこのままだと今後に響く。
「3期生のオリ曲の件は伝えてくれたの?」
「いや……まだだけど」
「早く決めないと困るわよ。確かに『姫宮ましろ』としての活動もあるから大変なのは分かるけど、正直かのんちゃんは、あんたにだけは心を開いてると思うし、だから任せるんだけどさ。しっかりやりなさいよね」
「分かってるよ」
そう言うと桃姉さんは仕事に戻る。オレはパソコンを閉じ、気分転換をしようと散歩に出かける。
「ふぅー。ちょっと暑くなってきたな」
夏が近づき日差しが強くなっている。オレと鈴町さんが出会ってもう2ヶ月くらい経つんだよな。確かに……初めて出会った時よりは仲良くなったし、話すことも増えた。
そしてあまり気にしていなかったけど、今同じ家に住んでるんだもんな。改めて考えるとすごいことだし、会社の方針とはいえ鈴町さんも21歳の女性だし、もしかしたら嫌な可能性だってあるよな。
それに、最近よく思うことがある。それは鈴町さんが可愛く見えるということだ。もしかしたらオレは鈴町さんが気になっているのかもしれない。自分の気持ちを整理しながら歩いていると後ろから突然呼ばれる。
「ましろん先輩!」
「え?鈴町さん?」
そこには鈴町さんが立っていた。少し息を切らしながらこちらに向かって走ってきたようだ。
「あの……その……」
何かを言いたそうにしている鈴町さん。しかしなかなか言葉が出てこない様子だ。ここはオレの方から話を振った方がいいだろう。そう思いオレは鈴町さんに問いかけることにした。
―――『鈴町さん。この前はごめん。』 その一言が言えない。なんでだ?なぜこんなにも緊張しているんだ?まるで告白する前みたいじゃないか。なぜだ?どうしてだ?今までこんな気持ちになったことなんて一度も無かったはずなのに。オレが何も言わずにただ立っていると鈴町さんが口を開く。
「……買い物……一緒にしてほしい……です」
「買い物?」
「コンビニ……ですけど」
「あっああ。いいよ。一緒にいこうか」
鈴町さんと一緒に近くのコンビニまで歩く。その間、特に会話は無く、お互い黙々と歩いていた。コンビニに着くと、鈴町さんはお菓子コーナーに行き、あるものを箱ごと持ってくる。しかも2箱。
「ん?それは『Fmすたーらいぶチョコレート』?」
「はい……コラボチョコです……この中にカードが入ってるので……ましろん先輩を当てようかと」
少し頬を赤くしながら説明してくれる鈴町さん。可愛い。思わず見惚れてしまうほどだ。
「ましろん先輩も……買いますか?」
「うん。あのさ鈴町さん。せっかくなら他のコンビニも回ってみないか?コラボチョコの開封動画とか『ましのん』の配信枠でやりたくなったかも」
「楽しそう……ぜひ。やりましょう。あっ……でも配信終わったら、ましろん先輩のカードは……ください」
それから二人で近所の色々なコンビニやスーパーを回って『Fmすたーらいぶチョコレート』を買い占めた。その帰り道。オレと鈴町さんの両手には大量のコラボチョコが入った袋が握られていた。
「ちょっと買いすぎたかもな……これ食べれるかな?」
「はい……私……チョコレート好きなので」
鈴町さんは意外に結構食べたり飲んだりしてるよな。まぁ女の子は甘いものが好きだっていうし。
「あ……ましろん先輩……そこ段差があるので……気をつけてください」
「お、おう」
こうやってさりげなく心配してくれたりする。そんな鈴町さんを見てるとなんだか胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。やっぱり……謝らないとな……
「鈴町さん。この前はごめんな」
「あっ……謝らないでください。びっくりした……だけです。その……私の方こそごめんなさい。ちゃんと話せば良かったのに……つい逃げちゃって……」
「そっか。なら話はこれで終わりにしよう。お互いに誤解があったわけだし」
「はい」
よかった。鈴町さんはいつも通りに戻ってくれたようだ。オレはホッとして空を見上げる。いつの間にか綺麗な夕焼け空が広がっていた。