35. 『ましのん』バトル配信③
そのあとも色々チェックをしたり、Twitterに今日の配信のことを投稿したりしていると部屋がノックされ、鈴町さんがやってくる。
「あの……お疲れ様です……コーヒー淹れたんですけど……飲みますか?」
「ああ。ありがとういただくよ」
オレはベッドから起き上がり腰掛ける。鈴町さんはオレの配信する椅子に座りコーヒーを飲む。それから少しの間沈黙が続く。何か話した方がいいのだろうかと思いつつもなかなか話題が見つからない。何か話さないと。
「鈴町さん。配信楽しかったか?初めての複数人コラボだったけど」
「はい……とても……緊張しましたけど……ましろん先輩と一緒に……お仕事できて嬉しかったです」
「そっか。それは良かった。これからもよろしく頼むよ」
「はい……こちらこそ……あの……その……」
「どうした?」
鈴町さんは俯きながら何か言いたそうにしている。それから意を決したように顔を上げ、目を見つめてくる。
そして鈴町さんは言った。いつものように優しい声色で。しかし、どこか恥ずかしそうな表情で。それはまるで、恋する乙女のような顔で……。
「……ビジネスなんですか?私とましろん先輩……」
「え?」
突然の言葉に一瞬思考が停止してしまう。『ましのん』のカップリングのことだよな?それとも……オレとのこと?なぜこんなにもドキドキするのだろう。今まで感じたことの無い感情だ。
「あっあれは、そう言った方が配信が盛り上がるしリスナーの反応もよかったからで……深い意味は無いんだ」
自分で言っていてなんだか悲しくなってきた。何が悲しいってオレが必死になって弁明していることだ。なぜか少しだけ悲しい気持ちになってしまった。
「それなら良かったです……」
「あっああ」
嬉しそうにする鈴町さん。再び沈黙が流れる。気まずいな。すると、鈴町さんは何かに気づいて話しかけてきた。
「あ。その……ポスター……」
「これ?こっちが『姫宮ましろ』1周年記念、でこっちが2周年記念の時のポスターだよ」
「近くで見てもいいですか?」
「どうぞ」
鈴町さんはそう言ってベッドの横に貼ってあるポスターを眺めようと近づいてくるが、その時に足がもつれてバランスを崩してしまった。
「きゃっ……」
「危ない!」
間一髪、オレは鈴町さんの身体を支えることができた。が。ちょうど鈴町さんがオレのことを押し倒すように覆いかぶさっているような形になっていた。柔らかい感触と女の子の良い匂いが伝わってきて心臓がバクバク言っている。これはやばい。
「あの鈴町さん?」
「……。」
なぜか無言で動かない鈴町さん。もしかしてあまりの出来事にパニックになっているのかもしれない。すると少しだけ強く鈴町さんに抱き締められたような気がする。とりあえずこのままではマズイのでオレは鈴町さんに声をかけることにする。
「鈴町さん。とりあえずゆっくり起き上がろうか?」
「あ。はっ……ごごご……ごめ……なさい」
慌てて離れる鈴町さん。オレも起き上がる。お互いになんとなく視線を合わせられないでいる。その空気に耐えられなくなったのか鈴町さんが立ち上がる。
「ましろん先輩……ごめんなさい!」
「あっ!鈴町さん!」
そう言ってそのまま鈴町さんは部屋を出ていく。不可抗力とはいえ……嫌な思いをさせてしまったかな?鈴町さんが出て行った扉を見ながらそんなことを思った。