31. 姫は『専属』のようです
そしてオレは玲奈ちゃんに連れられて別の部屋に連れて行かれた。そこは空き会議室で誰もいない。
「どうしたの玲奈ちゃん?」
「颯太さん。もしかしてかのんちゃんと付き合ってるんですか?」
「ぶふっ!?」
突然の質問にオレは思わず吹き出してしまう。
「い、いや……そんなことないよ。ただのマネージャーだし」
「本当ですか?かのんちゃんは収録の間ずっと颯太さんを見ていましたし、それに手だって繋いでいたじゃないですか」
「あれは、かのんちゃんがすごいコミュ障で帰りたいって言い始めたから仕方なく……」
「……本当にそれだけですか?もしかしたら違うんじゃありませんか?私には分かります。きっとかのんちゃんは颯太さんのことが好きなんですよ」
鈴町さんが好きなのは『姫宮ましろ』であって、オレじゃない。そう……憧れの眼差しや嬉しそうな笑顔、配信の時の楽しそうな姿。どれもオレに向けてじゃない。
「安心してくれ。オレとかのんちゃんはそんな関係じゃないから」
これは本当のことだ。だからはっきり否定しておく。すると玲奈ちゃんは笑みを浮かべながら口を開いた。
「あはは。冗談ですよ冗談」
「は?」
「少しからかっただけです」
「大人をからかうのは良くないぞ」
まったく……この子は。まぁJKに言われるオレもオレだけど。
「ごめんなさい。本題は『姫宮ましろ』の件なんですけど」
「え?」
なぜ『姫宮ましろ』の名前が?まさかオレが『姫宮ましろ』だとバレたのか……いやそれはあり得ない。じゃあ一体……冷静を装うが内心では動揺していた。
「実は……お礼を言いたくて颯太さんに」
「お……お礼?」
「はい。颯太さんに相談したあと、明日の企画に呼んで貰えましたし、なのでお礼を言わせて下さい。ありがとうございます」
玲奈ちゃんは頭を下げてお礼を言ってくる。なんだそういうことか。よかった……一瞬焦ったぞ。
「いや……お礼なんていらないよ。オレはただ提案しただけだから」
「それでも……です。こんなに早く姫先輩と一緒の企画に参加できるなんて思ってなかったですし」
「そうか。喜んで貰えて良かったよ」
そんなことを話していると鈴町さんがやって来る。
「あの……ま……マネージャーさん終わりました……その終わるの……待ってます」
「お疲れ様。かのんちゃん」
「かのんちゃん。颯太さん借りちゃってごめんなさい。もう用事は済んだから」
すると鈴町さんは何となく安堵の表情を浮かべたようにも見えた。もしかして、玲奈ちゃんに呼び止められて話してたことを心配してたんだろうか……それからオレは鈴町さんと一緒に帰ることにする。
帰り道、鈴町さんはいつも以上に距離感が遠くて、また不機嫌なのかもしれない。もしかしてオレが玲奈ちゃんと話していたからか?オレは思い切って聞いてみる。
「あの鈴町さん?怒ってる?」
すると……鈴町さんは立ち止まり、こちらを向いたかと思うと、そのまま何も言わずに俯いてしまう。やはり年上の男が女子高生と話しているのは嫌だったのだろう。ここは素直に謝るしかない。オレは鈴町さんに向き合い、そして謝罪をする。
「ごめん。さっき玲奈ちゃんと話をしてたんだけど、それが気に障ったなら悪かった」
「違います……ただ……不安になったんです……もしかして……他のライバーさんのマネージャー……になるんじゃないかって……」
「そんなわけないだろ。オレは鈴町さん……『双葉かのん』専属だよ」
「でも……私みたいなコミュ障陰キャ女よりも……その……可愛いライバーさんの方が……いいって思ったり……しないですか?」
そんな風に思われてたのか。オレは鈴町さんの言葉を聞いて、思わず笑ってしまう。なんで笑うんですか……と言わんばかりに鈴町さんは拗ねた顔で見つめてくる。だって、そんなの当たり前だ。オレが鈴町さんを選んだ理由。それは……。
「しないよ。オレはVtuber『双葉かのん』を頑張る姿を見て担当したいと思ったんだよ。そしてオレに勇気をくれた『姫宮ましろ』のファンの鈴町さんを支えたいしな。それにコミュ障でもいいじゃないか。オレがカバーするし。それに鈴町さんも可愛いよ」
そう言うと、鈴町さんは驚いた顔をしていたが、すぐに頬を赤く染めて恥ずかしそうにオレを見上げてきた。というかさりげなく可愛いと言ってしまったが……
「約束……ですよ?」
「ああ、もちろん。任せてくれ」
「あの……ましろん先輩……あそこ……コーヒー飲みたいです」
「コーヒーショップ?ああ。それじゃ買って、飲みながら帰るか」
オレと鈴町さんはコーヒーショップでコーヒーを購入し、明日の配信について話ながら帰ることにした。横を歩く鈴町さんは頬を赤くしながら嬉しそうにしていた……と思う。
ちなみに鈴町さんは一番大きいサイズの「ベンティ」を注文していたけど……。こういう意外なところも彼女の魅力なのかもしれない。こうしてオレと鈴町さんの距離は少しずつ縮まって行った気がした。