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16. 後輩ちゃんは『飲酒配信』がしたい

16. 後輩ちゃんは『飲酒配信』がしたい




 オレは1つ問題を抱えていた。鈴町さんの……いや『双葉かのん』の配信はよくありがちな夜型。オレこと『姫宮ましろ』は朝に配信することが多いから、そもそもの生活リズムが違う。オレが朝配信で鈴町さんが夜配信だとすれ違い生活になってしまう。つまり、話をする時間が限られているということだ。『鈴町さんと話せるの?』とかは言いっこなしだ。


 どちらかに合わせればいいのだが、一度ついたリスナーが離れてしまう可能性もある。そうなったら事務所にも迷惑をかけてしまうから、なんとか対策を練らないと。


 オレはいつものように朝の配信を終えて、『姫宮ましろ』に来た案件やらグッズの確認などの仕事をしていた。そして昼になり、そろそろ昼食を食べようと思っていると鈴町さんがリビングにやってくる。


「あ……あの……すいません」


「なんで謝るんだ?」


「その……今起きたので……」


「いや、別に気にしないでくれ。それよりお昼……いや鈴町さんは朝食か。食べるか?」


「はい……」


「それじゃ一緒に食べるか」


「はい……」


 こうしてオレたちはテーブルに向かい合って食事をした。


「そういえば鈴町さんは料理とかできるのか?」


「はい……一応……できます。卵焼きとか……お味噌汁とか……」


「なら料理配信とかもいけるかもな……」


 オレがそう言うと一瞬驚いて、声には出さないが『絶対無理』といわんばかりに首を横にブンブンと振る。


「いや……そんな否定しなくても……」


「だって……その……配信なんて……考えたことも……ないですし……別に上手って訳でも……ないし」


「そうか。まぁ気が向いたら考えてみてくれ。鈴町さんが料理してるところ見てみたいしな」


「ましろん先輩が一緒なら……がっ……頑張り……ます……けど」


 なんだか前向きに検討してくれそうだな。というより、オレと一緒なら何でもやってくれそうなんだが……


「そう言えば鈴町さんは自分の配信で飲酒配信とかやりたいとか言ってなかったか?」


「はっはい……お酒……飲んだことないので……」


「いや……いきなりぶっつけ本番はまずくないか?放送事故とかおきそうなんだけど……」


「……じゃあ……今日の……夜。ましろん先輩……一緒に……飲みませんか?私……休みなので……ダメですか?」


「え?」


 不意を突く鈴町さんの一言。思わずドキッとしてしまう。だがこれはチャンスだ。鈴町さんがアルコールに慣れることが出来れば、配信の幅が広がる。


 そう決して私利私欲でも鈴町さんが酔っぱらうとどうなるとか興味があるわけじゃなくて、Vtuber『双葉かのん』の配信のためだから。


「わかった。オレも付き合うよ」


「ありがとうございます……ましろん先輩」


 よし、これで一歩前進だ。ただ問題なのは、鈴町さんが酔うとどうなるかだよな。かなり不安だ……


 それから夕方になり、仕事を終えスーパーに適当にアルコールとつまみになるものを買いに行く。もちろんオレ1人だ。鈴町さんはお酒を飲んだことなさそうだし、あまり度数の高いものを飲んで急性アル中とかになったら洒落にならないから、チューハイやカクテルなどを中心に買っていく。


「良く考えたら……桃姉さん以外の女性と2人で飲むって初めてなんだよな……しかも年下。まぁ鈴町さんはそういうの気にするとか以前の話だろうけど」


 と少し失礼なことを考えてしまうが、オレだって緊張はしている。そのまま買い物を終えると、家に戻り早速準備を始める。といっても、缶ビールとグラスを用意するくらいだけどな。あとは鈴町さん用のチューハイとか氷とかな。


「よしできたっと」


「すいません……ましろん先輩……お手数を……かけてしまって……」


「いいんだ。鈴町さんも今日はオフだったのに悪かったな。せっかくだし、2人で『ましのん』結成祝いしよう」


「いえ……そんな……私……うれしいです……ましろん先輩とお話しできて……」


「そうなのか?あんまり話せてないような気もするが……」


「ましろん先輩は……とても優しくて……普段はお兄ちゃんみたいな……配信のときはお姉ちゃんみたいな……感じです……」


「それは褒めてるのか?」


「はい……すごく……尊敬します……」


「そうか。なら良かったよ」


 ……なんか少し複雑な気分だ。鈴町さんにとってオレは年上だから頼りがいのある存在であるのかもな。それが嬉しい反面、異性として見られていないことにちょっと寂しいと思ってしまう。


「さて始めるか。鈴町さんはどれにする?」


「はい……これを……」


 鈴町さんはピーチ味の酎ハイを選んだ。


「ピーチ味か。『姫宮ましろ』のピンクと同じだな」


 オレが何気なくそう言うと鈴町さんは顔を一気に赤くして俯いた。


「すっ鈴町さん?」


「ごめんなさい……その……意識したこと……なくて……恥ずかしい……」


「そっそうか。オレの方こそ変なこと言って悪い」


 鈴町さんは照れ隠しのように、プルタブを開けてゴクゴクと勢いよく飲み始めた。

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